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第222話 密林を越えて①


 長いようであっという間だった夜が明け、俺たちは中央都市を目指して移動を再開した。

 現在は川を見つけたので、そこで休憩がてら軽く水浴びをすることになった。


『着替え用の小屋を作りますんで、よかったら使ってください』


『ありがとうごさいます。覗いちゃダメですからね?』


『覗きませんよ。殺されるんで』


 昨晩心の膿をありったけ吐き出したアセリアだが、特に態度が変わったわけではない。

 頑張ると言っていただけに、デキるお姉さんムーブを続けるつもりのようだ。

 まだ不安は残るが、顔色は良いので様子見だな。


『そんじゃあ……ほい、どうぞ』


 ひとまず気を取り直して、川辺に土魔術で簡易的な小屋を作り上げる。


『相変わらずお見事です。でも魔力の方は大丈夫ですか?』

 

 パチパチと拍手しながら尋ねてくるアセリアに問題ないとサムズアップ。

 年齢的に成長期真っ只中というのもあって、体に合わせて魔力量もちょっと増えたからな。昨日の消耗込みでもまだ6〜7割の余力がある。


『……フン』


 と、そんな俺達のやりとりを傍で大人しく見ていたアルクが、徐に俺の建てた小屋の隣にしゃがみ込んで地面に手を添えた。


『アルク君、どうかしまし——』


 そんなアセリアの言葉を遮るようにして、しゃがみ込んだアルクの手から魔術の発動を表す淡い光が溢れ出し、彼の前に半透明の立方体が形成された。


『なんですか、これ?』


『そんな軟弱なボロ小屋では危険だ。今しがた、ここに結界を張ったからここで着替えるといい』


『え——』


『できるかアホが。ほぼスッケスケじゃねえかふざけんな!!!』


『フッ、なんだ負け惜しみか亜人? あんな貧弱な魔術でアセリアを守ろうなんて考えいるお前の姿はお笑いだったぞ?』


『ちげえわ! 着替えの隙を守るんじゃなくて隠すものなんだよ! あんな丸見えじゃ意味ないだろ!!!』


『フッ、安全なら問題ない。透けてても俺なら気にしない』


『先輩が気にするんだよバカ魔族が!!』


『ディン君、もう良いですから……見張りはお願いしますね』


『あ、はい。ほら行くぞバカ魔族』


『指図するな下劣亜人』


 昨日の今日とはいえ、アルクとはどうにもウマが合わない。

 アセリアは対等な関係だと言っているが、どうにもコイツは自分の立場をわかっていないというか、態度がでかいというか……まあとにかく気に食わないのだ。これとしばらく一緒ってのは先が思いやられる。


ーーー


 休憩と水浴びを終えて、俺達は川に沿って北上を始めた。

 この川は中央都市を経由して北部の海に繋がっているものらしく、最悪これを辿っていれば目的地につけるそうだ。

 ならもう案内はいらないならアルクはクビでいいんじゃないだろうか。


『ていうか、本当にこのまま進んで平気なのかよ。集落ってのは大概川に面してるからそこを通るのは勘弁だぞ』


 俺達の現在地は魔大陸南東部の平原、ここら辺はアスガルズ神聖国との戦争で他所者に敏感になっている可能性があるだけに、自らサメの水槽に飛び込むような真似は避けたいのだ。


 そんな俺の心配も虚しく、アルクはフンと鼻を鳴らしながら残酷な現実を告げる。


『ここから最短で中央に向かうならばどのみち集落付近を通ることは免れない。おそらく戦闘になるだろうから、その時は契約の通りに——』


『チッ……あーはいはい、わかってますよ戦えば良いんだろ戦えば』


 今回アルクと交わした「血戦の破壊を手伝う」という契約、儀式を破壊しろとはなんのこっちゃと思ったがアルク曰く、本戦が始まる前に敵陣営に奇襲をかけて事前に潰すことで、自分とジャランダラのタイマンを目的としているそうな。

 だからそれに備えて温存するために俺達にも敵の殲滅を手伝えとさ。


 正直アルク程度の自力しかないなら、普通他者と共謀してジャランダラを集中狙いしたほうが勝率が高いだろうに……

 まあ、自滅しようがコイツの勝手なので俺は口出しするつもりは無いがな。


『そんで、どんな奴らの集落を通るんだよ』


『「フィセントマーレ」……中央都市南部に広がる超巨大森林を縄張りとする狩猟民族の集落だ。女のみで構成されているが全員が屈強な戦士、であり狩人。侮らないことだ』


『アマゾネスみたいな感じか。言われなくても侮らねーよ、捕虜にされて種馬にされんのやだし』


『あまどれす……? まあ良い、とにかくそいつらの森林を抜けて中央都市で代表戦士を待ち伏せするのが俺の策だ』


『森林は突破に重点を置くってことで良いんだな?』


『ああそうだ。森に入れば奴らはおそらく得意の矢を使ってくるだろうから、俺の矢避けの加護をかけてやらんでもない。フッ、感謝しろ』


『いらねーよバーカ。それぐらい自分で出来るわ、バーカ』


『2回言ったな。あ、魔物……』


『ハッ、誰がそんな古典的な罠に引っ掛か——うおぁホントにいたッ!?』


 俺の背後を指差すアルクを無視しきれずに念の為振り向くと、今まさにデカいカエル型の魔物が川辺から這い上がってくるところだった。


 あの大きさの魔物になぜ気づけなかった、何処からやってきたと次々に疑問が浮かぶが、ひとまずその大半の思考を停止して目の前の魔物に意識を集中する。


ーー死神之糾弾バレットーー


 何はともあれ先手必勝、間髪入れずに二体のカエルの眉間目掛けて弾丸をぶち込むが……


『なっ!?』


 直後、弾丸がカエルの眉間を滑って明後日の方向に飛んでいく。

 そのふざけた光景には、「ヌルッ」という擬音の幻覚が見えたほどだ。


『その魔物は粘液のせいで飛び道具や打撃を受け付けないぞ』


 遅れてそんな説明を付け加えたアルク。

 もっと早く言えと悪態をつきそうになるものの、それより先にも彼の行動に目が入った。


『エンチャントねぇ……』


 アルクは齧った自身の親指で大剣に血文字を刻んで魔術を発動、その刀身に業火を纏わせて見せた。

 刻印魔術による付与魔法だ。昨日から思っていたが、こいつ……


『あの魔物の粘液は熱で効力を失う、攻撃はそれからにするんだな。頼まれれば焼いてやらんでも——』


『余計なお世話だヘッポコ魔族。カエルとダンスでも踊ってろ』


『フッ、そのまま返すぞ偏屈亜人が』


 カエルの片割れに高速で切り掛かっていったアルクを横目に、俺も敵に意識を戻——


「って、おあ!? 危な!!!!!!」


 カエルに視線を戻したその瞬間、俺の視界の九割をピンク色のナニカが埋め尽くしていた為に、反射的に腰を逸せてそれを回避する。

 そうだよなカエルなんだから舌伸ばしてくるわな! 思ったより長くて速かったけども!


「なろっ!!」


 上体を起こして距離を取るのと同時に、伸びてきたカエルの舌を風の刃で切断する。

 うえぇ、血が黄色だよ。気持ちわる……


『そいつの血液には神経毒がある!』


『だから早く言えよッ!!!』


 毒を持っているならチンタラやっていられん。俺はともかく、カエルが急にアセリアに狙いを変えたら洒落にならない。

 すぐさま磁力ジャンプで距離を詰め、氷結魔術でカエルを氷の中に閉じ込めた。


「ふう……」


 最初からこうすればよかったと思いつつアルクの方をチラリと見ると、どうやら俺より一足先に倒したようだった。くそ、先を越された。


『お疲れ様です二人とも、お怪我はありませんか?』


『はい。あの程度なら問題ありませんよ』


『フッ、俺の方が速かったがな。どうだアセリア』


『え、あ、流石ですアルク君……!』


『てめえ先輩に色目使ってんじゃねぇぞ』


『なんだ嫉妬か亜人? アセリアはお前のものじゃない、話すのも俺の自由だ』


『ま、まあまあ二人とも! 他の魔物が来ちゃうかもですし行きましょう!?』


『そうだな。ぼさっとするな亜人。置いていくぞ』


「…………』


ーーー


 あれから三度の夜を迎え、ようやく目的地である巨大森林が目前となった。

 道中何度か魔物に遭遇したがこれといった苦戦もなく、問題は起こらなかった。強いていうなら何回か俺がアルクを殺したくなったことぐらいだが……アセリアのためにも大人の対応で耐えた。誰か俺を褒めてくれ。


『これから森に入る。事前の「矢避け」を忘れるな』


『先輩は俺が抱えて走りますね』


『え、ひゃぁッ……!?』


 投擲物を弾く「矢避け」の刻印魔術は一度発動すると再度掛け直す必要がある。だからアセリアはできるだけ近くに置いておきたい。


「大丈夫ですか……? 私、結構重いですよ……?」


「全然平気ですよ。無骨な腕で申し訳ないですが、楽にしててください」


 そう伝えるとアセリアは目を見開いてこくりと頷き、俺の首に手を回してきた。お姫様抱っこの体勢だと動きやすいので助かる。

 

『それで動けるのか? ダラダラ歩くようなら置いていくぞ』


『余裕だわノンデリ魔族が。先輩なんか綿のように軽いっつーの』


『いっ、言い過ぎです……!』


『雑談は後にしろ。行くぞ』


 お前が始めたんだろという言葉を飲み込んで、俺達はついに森林へと突入した。


 アセリアを抱えながら小走りで先行するアルクに追従する。索敵はアルクがやるので手持ち無沙汰となった俺は走りながら周囲をキョロキョロと見回す。

 最初な訪れた巨大樹の森林と違って、こちらの木々は背が低い。「巨大」とついているのは、その広さからだろう。大規模な民族帯の集落一個をすっぽりと取り囲めるくらいだからな。


『そういえばこの森って魔物いるよな!?』


『いる。だが獣払いの魔術を使っているからこちらに気づいても寄りつくことはないだろう』


『そりゃ頼もしい』


 魔物が来ないとなれば、あとはうまい具合に集落を避けつつ森を突破するだけだな。

 問題は敵に見つかる可能性だが……


『とりわけ探知に優れた種族じゃないんだよな?』


『ああ、だがアイツらは生粋の狩人だ。魔眼族のような直接的な探知は出来ずとも、俺達の臭跡、足跡などを確実に捉えてくる』


『見つかるのは時間の問題ってわけね。先輩少し揺れます』


『え、はい!』


 そうとなれば少しの消耗に目を瞑ってでも移動速度を上げるべきと思い、ただのダッシュから磁力魔法陣による反発を利用した高速移動に切り替える。


 

 先行するアルクとの差もあっという間に縮まり、それどころか追い抜いたので「ついて来れるか?」と煽ってやるとアセリアに手刀を喰らった。


『うおッ!?』


 全速力での進行を始めてから十分ほどが経過した頃、俺達は遂に攻撃を受けた。

 最初の標的は俺。背後から着弾する筈だった矢を「矢避けの加護」が弾いたことで気づけた。


『どこからだ!』


『位置は不明! 曲射だ!』


 俺を先に狙ったのはアセリアを抱えてる分、機動力が低いと考えたからか。

 そうなると、相手はこちらを目視できているということになるな。


『迎撃はしない! このまま突っ切る!』


 端的に方針を告げるアルク。

 曲射の腕は見事だが、矢の威力は加護で相殺できる程度。それを考慮したであろう彼の意見に同意し、このまま足は緩めないで行くことにする。


 次第に飛んでくる矢の量も増えてきて、着々と俺達の包囲が完成しつつあるのを感じながらも、今更引き返すわけにもいかず俺達は攻撃を無視して走り続ける。

 飛んでくる矢は依然脅威に値しないが、これだけは知っていると別の心配が脳裏に浮かぶ。


『俺達今どの辺だ! ホントに方向合ってんのか!?』


『集落の反応は近い! もう時期迂回ルートに入る!』


 即答しているあたり、どうやら嘘でもないらしい。

 たしか刻印魔術に探知もあったからそれを使っているのだろうか、ともあれ今は信じるしかないが……


『ッ……それにしてもしつこい矢だ。良い加減諦め——ッ!?』


『アルク君!』


 木々の合間を縫って飛んでくる数ある矢の内の一撃を受けたアルクが、ここに来てなぜか大きく体勢を崩した。

 考えられる原因は一つ。「矢避けの加護」で相殺しきれない威力の豪弓が、矢の中に混ざっていたに違いない。

 

『おい出血は——くっ!?!?』


 急いでアルクに駆け寄ろうとしたその時、俺の背中に強い衝撃が走る。見れば俺の背にも矢が突き刺さっていた。

 この短い間隔で二発目の豪弓……どうやら並以上の使い手が少なくとも二人はいるようだ。

 これだけの威力は流石に無視できないので、作戦の前提が崩れることになる……!


ーー濃霧ーー


『ッ! 俺を結界で守れアルク!』


 背中の矢を無理矢理引き抜くと同時に、この森一体を包むつもりで大量の霧を生成する。


『待て! 何をするつもりだ!』


『早く!』


 有無を言わさぬ俺の態度を見て反論を諦め、アルクが俺を結界で包むのを確認したところで、俺は深呼吸しつつ静かに目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。


ーー龍脈術•波紋の写しーー


 足を止め、結界により狙撃の心配の必要も無くなった今、ようやく行使することが出来る俺が持つ唯一の感知手段。

 土地の龍脈に知覚をリンクさせ、この地を踏みしめる魔力反応をまるで水中から水面に浮かぶ波紋を見るように感じ取る……


「全部で9人、1人だけ荒い反応……」


 1番俺から離れた位置に、荒々しい魔力反応がある。

 怒り、恨み……感情が伝わるほど強い魔力の持ち主、おそらくは手練れの1人だ。


『アルク! アセリアを頼んだぞ!!』


 アルクの返事も待たぬ内に、俺はその反応目掛けて全速力で霧の中を進む。


『ッ……! この視界で気づくのか!』


 流石は手練れと言うべきか、どうやらこちらの接近を感知したようで迎撃とばかりに豪弓が真正面から何発も飛んでくる。

 威力の割になんつー連射速度だ。まさか、さっきの二発もこいつ1人で? 

 じゃあ最初から手練れは1人? だとするとリオン並みの実力じゃないか……! 


「え」


 なんとか迎撃を乗り越えながら霧を抜け、目当て狙撃手を目視。

 しかし、同時にそこで俺の思考は停止した。


「リオン……なんで……」


 噂をすればとはこのことか、手練れの狙撃手の正体はリオンその人だったのだ。

 更新頻度が低い?

 全部ペルソナのせいです。

 私の心は怪盗団に盗まれてしまったのです。


 ——とはいえ、次回は早めに出すつもりなんで応援してください。

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