第220話 亜人の乱入者
『亜人系の魔術師なんぞ連れてホンマにどういうスジや……?』
ベタな任侠ポーズで名乗る俺を前に、槍兵は鳩が……いやこの場合はトカゲが豆鉄砲を喰らったかのような表情で首を傾げた。
さてさて代表だなんだと聞かれているが、ここでどう答えるべきなのかはサッパリだ。
『お前……なんで来たんだ』
とまあ、返答に悩んでいると背後からアルクが苦々しそうな声で俺の肩を掴んできた。
『アセリアの頼みを聞いたまでですよ。アンタを連れて撤退します』
『ッ、俺の邪魔を——』
一層俺の肩を握るアルクの腕に力が籠ったのを感じ取り、俺は前方にも気を配りつつ振り返って彼の胸ぐらを掴み、額が擦れ合う距離までアルクの顔を引き寄せた。
『アンタの了承なんか必要ないんですよ。逆らえば問答無用で殺します』
『ッ……』
俺の向けた殺意を本物と理解し瞠目するアルク。
何を勘違いしているのか、別に俺はコイツの生存に固執などしていない。
現在地の把握という目的は先程果たせたから最悪ガイドは要らないからな。
こうして加勢したのはあくまでアセリアとの心象を良好に保ったまま且つ、現地ガイドを生存させられたらラッキー……くらいの意図だ。
元から危ない橋渡ってる以上、共に渡るヤツが非協力だとするならば俺は容赦なくそいつを突き落とす。
『ワイを無視とはいい度胸じゃあッッッ!』
『ッ!!』
痺れを切らした槍兵によるアルクを狙った、突進を交えた刺突。
咄嗟に風魔術でアルクを吹き飛ばして的を逸らしつつ、間合いに飛び込んできた槍使いはアルクが寸前で空中に手放した大剣を掴み取ってそのまま振り抜いた。
『ぬぁッ!?』
流石の腕前と言うべきか、予想外の方向からぶち込まれた大剣の横薙ぎを槍使いは寸前で受け止め、鍔迫り合いに似た力の測り合いが始まる。
『!? 魔術師んクセして何ちゅう馬鹿力や……』
押し合いの最中、槍兵が俺のパワーに目を見開く。
なにせ今の俺は左手が特別性の義手。刻印の身体強化に加えて、これを人形魔術で操作することによって見た目以上のパワー発揮できているのだ。
とはいえ、拮抗こそ出来ているものの力は向こうの方がやはり上か。
ならば少しやり方を変えるまで!
「ハッ!!!」
早々に押し合いを辞め、退くと見せかけ磁力ジャンプで相手の頭上を飛び越えると同時に体に回転を加えて相手の肩口を切り付ける。
続く着地からの回転斬り。体に竜巻を纏って速度を急激に上げて不意打ちを狙うが、ギリギリで防がれた。
——ので、そのまま磁力反発と風魔術を交えつつ疾風流の動きをトレース。大剣のまま高速連撃を叩き込む。
『ッ! コレが魔術師のスジかッ!?』
大剣を扱った経験はなくとも、某ソルジャーの背中を見て育った前世の記憶を利用するのだ。
後のことを一切考えずに全力の連撃を叩き込んで防戦に回らせ、なんとか相手の動きを抑え込む。実際攻め手には欠くが、それによりなんとか戦場を膠着状態にすることができた……が、しかし——
『テメェら! 親父が銀髪止めてるうちに緑髪の方を仕留めるぞ!』
リーダーの劣勢を見兼ねてから、部下達の狙いが丸腰のアルクへと向く。
ここに来てこれまで不干渉を貫いていた外野が突然動き出したことにより、停滞はあっさり壊されたのだ。
咄嗟に彼の剣を借りたのが仇となった。よく考えればタイマンの形を壊したのは俺なのだから、こうなることを想定しておくべきだった……
流石に俺のせいで死なせるというのは許せないので已む無く槍使いへの攻撃を中断。
『アルク使え!』
すぐさま大剣を投げ飛ばしてアルクに返却。
そして当然、ここで生じた隙に槍使いは飛び込んでくる。
『取ったッ!』
直後、武器を手放した俺に向けて対面至近距離から放たれる高速の一突き。
来ることはわかっていた。狙いは心臓、消耗度外視の今ならその軌跡を予測できる。
そして両手では奴に向き直るより先に土魔術による鉄剣の生成が終わりかけている。
あとは一足先に出した右手に左を追い付かせ——
『受けるな!!!!』
刹那、俺の思考に突如飛び込んできたアルクの叫び。
そしてその意図を読み取る間も無く、目の前で答えが示される。
視覚よりも先に感じたのは妙な手応え。
奴の一刺しを受け流そうと振り向きながら抜いた右手の剣から手応えを感じなかったのだ。
もちろんこの期に及んで狙いを外すなんて間抜けなミスはしない。
そう、こっちの刀身は正しい軌道で槍の柄を通過……いや、すり抜けたのだ。
「オォォッッッ!?!?」
アルクの叫び、直前に感じた妙な違和感によって無意識下で引き上がった警戒心。
それらが先出した右手によっていち早く現実と結びついたことにより咄嗟に方針転換。
続く左手による受け太刀を中断して風魔術に切り替え、紙一重のタイミングで後方に飛び退いてなんとか致命傷を逸らすことに成功する。
『痛ッ……!!』
攻撃を逸らしたことで受けた脇腹の傷の痛みに顔を顰めつつも射撃で牽制しながら距離を取って、外野を相手していたアルクに背中を合わせる。
『無事か』
『こっちのセリフだっつーの……』
まるで他人事かのような言葉に誰のせいでこうなったのだとぶん殴りたくなる気持ちを必死に抑えて、軽い憎まれ口を返す。
アルクは魔術を使えるのか知らんが肩の傷を治療して立て直したようだし、動く分には問題なさそうか。
そして相手の能力だ。物体を透過する特殊な槍……下手したらアレもソロモン魔剣の一振りの可能性がある。能力も完全に把握できていない以上戦うの危険。
ならば取るべき手段は一つだ。
『……なんのつもりじゃおどれェ』
剣を捨て徐に両手を挙げた俺を見て、槍使いは構えたまま停止して眉根を寄せる。
『これ以上やってもお互い特にならないだろうと思いましてね。ここは一つ手打ちという事でどうでしょう、もちろん賠償金も払いますよ』
そんな提案をした直後、周囲からの視線が重圧そのものとなって俺に降りかかる。
もはや答えは言わずともといった感じで、外野は今すぐリンチしてやるとばかりにリーダーの槍兵の答えを待ちきれないといった様子だ。
『構わんで? しかしこちとら若い衆をやられとるんじゃ、そのケジメは付けてもらうがな。それがスジっちゅーもんやろ?』
しかし予想外なことに、呆気に取られる舎弟達をよそに槍使いは落ち着き払った様子で俺の交渉に応じてきた。
『では、そのスジというのは? 指でも詰めろと?』
『あ? んなもんで足りるかボケが! おどれらのタマに決まっとるやろがッ!』
悪魔じみた笑みで槍兵が再びその穂先を俺達に向け、それを見て湧き上がる舎弟達。
そこかしこから飛んでくる殺気、さながら飢えた獣達の檻に放り込まれた気分だ。
そらそうよね、先に奇襲仕掛けたのに見逃せなんて虫が良すぎるもんね。
だが肩を落とす事はない、嬉しいくらいだ。
『準備完了、ってね』
——だって、ここまで時間稼ぎに乗ってくれるとは思わなかったから。
『ッ!? 退がれェッ!!!』
『遅い』
直前で魔術の起こりを察知して警戒を引き上げる槍使いだが、もう手遅れだ。人数、座標ともに仔細把握している。
ーー鎖を操る魔術ーー
包囲を築く敵全員に向けて俺の足元から生成された複数の鎖が高速で伸びていき、一人一人その体に絡み付いて縛り上げる。
龍脈から汲み上げた魔力によって形成される細い職種を内部に通すこの鎖は俺の手足と同義。その気になれば大抵の魔術を発射するなり纏わせるなり出来る。
そして魔大陸の龍脈が思いの外強力だったこともあってその速度と力は普段の比じゃない。
『ッ! おどれやりよったな——』
『動けば殺す!!!』
唯一槍使いはその拘束から逃れたが、奴の仲間全員が人質になったことをすぐに理解して槍を手放した。
一瞬肝を冷やしたが、予想通り情のある人間であったようで良かった。差し違え覚悟で突っ込んでこられるのが一番まずかった。
『チッ……殺んならはよせえや』
『アンタを殺す気はない。こちらの要求は少しの食糧と、さっきも言ったように停戦の要求。条件は人質の解放です』
たしかにこの状況ならコイツを殺せるが、それは本来の撤退という目的から逸れる。
それに何よりも、俺はコイツらの立場や因縁を理解していない。
武装して中央都市を目指している辺りめちゃくちゃ怪しいが、仮に弱っているとはいえジャランダラ達中央勢力をこの10名そこらで制圧出来るわけがないからその線は薄い。
となればむしろその逆、中央への援軍や使者の可能性もあるのだからここで無闇に殺すのはやめておいた方が良いだろう。
『わかった。その条件、呑んだるわ』
一瞬驚きをその顔に浮かべながらも、即決で交渉を受け入れる槍使い。
少々欲をかいた提案だったと自省しつつも、やはり人質の効果は大きかったのだと実感する。
ひとまず停戦、これにて窮地は脱したと言えようか。
ーーー
『なんのつもりだ……!』
契約通り食料を受け取って連中が去っていくのを見届けて終えた直後、終始大人しくしていたアルクが俺の胸ぐらを掴んで静かな激情を向けてきた。
先ほども似た反応を見せていたが、今の戦いに割り込まれたことによっぽど腹を立てているようだ。
『あそこでアンタに死なれると困るから。ただそれだけですよ』
言い訳はいくつか浮かんだが、どう答えようがアルクの反応は同じであることは予想できたので、いっそ正直に答えた。
『俺があれに負けてたとでも言いたいのか……!』
『マゾかよ、一々言ってやらないとわかんないのか?』
『ッ!!!』
図星を突かれたことで目を見開いて勢い任せに拳を振り上げるアルク。
未熟。先程の剣技もそうだが、何から何までその身体能力と感情任せで隙だらけ。
しかし残念、俺にはその稚拙さを見逃すほどの器はない。
『グ……うがッ!?』
——ので、俺は胸ぐらを掴まれたまま容赦無くアルクの顔面にヘッドバットをぶち込む。
そして顔面を抑えて後ずさろうとするアルクの足を払って転倒させ、そのまま踏みつけた。
『アンタ刻印魔術を使ってただろ』
あまりに一方的な展開に驚きながら俺の足の下でもがくアルクにそう問いかけると、彼は途端にぴたりと動きを止めた。
おかしいと思っていたのだ、身体能力の高さにここまで技術の追いついてない剣士がいるわけがない。本来それらは多少の差があれど横並びに成長していくものだ。例外があるとすればそれは、俺のように外的要因によってバフを盛っているやつだ。
そんな考察を元にこっそりアルクの死角から『解除』の刻印を当てると同時に仕掛けてみればこの通り。
あの槍使いの攻撃に反応できていたくせに、不意打ちとは言え俺の真正面からの頭突きをもろに喰らってやがる。
なんとも奇妙だ。剣士のフリした魔術師が本職に襲いかかるって、一体どういう経緯があったんだ……?
『……いっそ、このまま尋問して——』
『やめなさいディン君!!』
——と、思考が煮詰まって少々物騒な思考になりかけたところで、急斜面を慌ただしく滑り降りてきたアセリアの怒号により現実に引き戻された。
『あ、先輩だいじょ——』
『いくらなんでもやりすぎです! それに拷問なんて絶対許しませんッ!』
普段のゆったりとした身のこなしからは想像もつかないほど急速に距離を詰めてきて俺の袖をグイッと引き、ものすごい剣幕で怒りを示すアセリア。
穏やかで包容力があって、いつもどこか甘えてしまう彼女に初めて本物の怒りを向けられた。そんな状況に体が強張り、思わず口をつぐんでしまう。
いますぐにその視線をやめさせたい、逃れたいと俺は必死に言葉を探そうとして——
『がッッ!?』
少しばかり意識を外していたアルクに足から抜け出され、そのまま反撃のアッパーを喰らった。
『フッ、隙ありだ。腐れ外道の亜人め』
歪む視界の中で憎たらしく笑う緑髪の青年を視界にとらえつつ意識を研ぎ澄まし、足取りを整え、切った口内に溜まった血を吐き捨てる。
『言うじゃねえかスカしたクソ魔族が……ぶっ殺んぶ!?』
ツケ上がったアルクの態度に怒りのボルテージが最大まで上がりかけたところで、なぜか唐突にアセリアが俺の口にパンを捩じ込んできた。
『皆んなお腹空いてるからイライラしてるんですよ! さあアルク君もご飯にしましょう!』
『え……いや俺は——』
『しましょう!!!』
結局アルクも俺もそんなアセリアの有無を言わせぬ勢いに押し負け、喧嘩の流れは有耶無耶となったまま夕食をとることになった。
忘れがちだけどディンは純人と龍族のハーフなので普通に半亜人。見た目に関しては龍族と長耳族のハーフなのでガチ亜人に見える。