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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第10章 魔大陸紀行〜黒き騎士の誕生〜

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第218話 漂着


「綺麗な空だなぁ……」


 気づけば、俺は砂浜で大の字になって蟹さんと日光浴をしていた。


「んしょっと……」


 水浸しになった服の重みに思わず顔を顰めつつ、体に不調がないか確かめるようにゆっくりと立ち上がる。

 幸い、骨折や打撲の気配はない。そして服に砂が入って気持ち悪い。

 記憶も多分大丈夫。

 俺は任務で船に乗ってて、そんで海が急に荒れて、波に引き摺り込まれて、それで……


「ッ!」


 そして意識を失う直前まで手を握っていたアセリアのことを思い出し、慌てて周囲を見渡す。


「アセリア!」


 少し離れたところに同じく打ち上げられている彼女を見つけ、慌てて駆け寄る。


「起きてください先輩! 大丈夫ですか!?」


「………」


「おいおいマジか……! ダメだダメだ!!!」


 何とか逸れずに済んで安堵したのも束の間、気絶している彼女に呼吸がないことに気づいて背中からゾッと体温が抜け落ちるような感覚に襲われる。


「くそっ!」


 とはいえ絶望なんてしてられない。

 ある程度の心得がある俺はすぐさまアセリア顔をのけぞらせて気道を確保し、人工呼吸を行う。

 ラトーナと先輩には悪いが、この有事に細かいことは言ってられない。


「頼む……」 


 人工呼吸と心臓マッサージをひたすら繰り返す。

 くそ、胸の脂肪が邪魔でやりにくい。まさか先輩の巨乳を疎ましく思う日が来るなんて……

 

(そうだ、冷やさないと……)


 この夏の暑さで臓器が傷むかもしれないと思い、氷結魔術で彼女の体全体を冷やしつつ、ついでに治癒魔術も当て続ける。

 彼女の呼吸が止まってからどれだけ経っているかによっては……いや、そんなこと考えたくない。とにかく集中だ。


「頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む……!」


 持てる力を惜しみなく使って、ひたすら彼女の命を繋ぎ止めようと足掻く。


「くそ! 何で起きない!!!」


 だというのに、これだけ頑張っているというのに、先輩の容態は一向に好転しない。


「なんで……なんでなんでなんでなんでなんで!!!」


 どうすれば起きる? 

 治癒魔術は中級までしか出来ない。

 他に蘇生といえば……電気か!? 

 電気ショックを与えればいけ——


「うっ! ゲホッ、ガボゴホッッッ!!!」


 切羽詰まって危ない橋を渡ろうかと思いかけたその時、奇跡的にアセリアが息を吹き返した。


「ガハッ、ゲホゲホッッ!!!」


「落ち着いて先輩! 肺に水が入ってるんです!」


 肺の水を吐き出そうと苦しそうに疼くまる彼女の背を摩りながら、繰り返し声をかける。


「ゆっくりで良いです! 慌てな——」


「嫌!!!」


 少しでも落ち着いてもらおうとアセリアの顔を覗き込んだ瞬間、彼女は血相を変えて俺を突き飛ばした。


「嫌……やめて! 来ないで!!! 触らないで!!!」


「先輩……?」


「なんで! なんで私なんですか!!!」


 瞳孔が開き、金切り声を上げて何かを追い払うようにして虚空に両手を振り抜くアセリア。

 明らかに蘇生直後の混乱によるもの……だけではない異変が彼女に起きているのは確かだった。


「先輩!」


「やめて! お願いやめて!!!!!!」


「俺です先輩! ディンです! もう大丈夫です安心してください!!!」


 暴れる彼女の肩を強く抑えて、俺はディンです、もう大丈夫、安心してとひたすらに呼びかける。

 一度気絶させようかと迷ったが、幸いなことに彼女は次第に落ち着きを取り戻していった。


「大丈夫ですか先輩」


「……ディン君、ですよね?」


「そうですよ。グッドルッキングガイ、あなたの自慢の後輩ですよ!」


「そう……ですか、ディン君ですか……」


 ようやく平常心を取り戻したように見える彼女だったが、その表情は安堵とは程遠い……絶望に似た何かに見えた。


ーーー


 なんとかアセリアが正気を取り戻したところで、俺達はまず状況の整理を開始した。


「改めて、ご迷惑をおかけしました。もう、大丈夫です……」


「一時はどうなることかと思いましたが、良かったです」


 まだ少し混乱が抜け切ってないように見えるが、特に障害も残っていないようで心底安心した。

 人工呼吸の件は……うん、墓まで持っていってあげよう。


「まずは、ここが何処なのかについてですかね」


「それに関しては付近の植生から見るに、魔大陸ということは間違いないと思います。問題はここがどの地域に当たるのか、です」


 確か、魔大陸もとい魔大国連盟は中央都市を含めて七つの大規模民族帯が支配する大地なんだったか。

 

「俺、実は魔大陸の風土にあんま詳しくないんですけど……行くとまずい地域とかって先輩わかりますか?」


 くそ、ここに来てラトーナと喧嘩していたことが悔やまれる。彼女から寝る前に色々聞くはずだった予定も白紙になっていたからな。


「えっと、実のところ私もあまり詳しくなくて……せいぜい東側にはクロハちゃんと同じ血族を中心とした民族帯があるという事ぐらいです」


 鬼族ね……

 そういえば迷宮で見た手記によれば、英雄王の妻も鬼族だったからミーミル王国には友好的かと思うが……


「あと、東部や南部はアスガルズ神聖国との戦争が記憶に新しいですから、余所者……特に純人に対して敏感になっている可能性があります。もしここがそのどちらかなら、遭遇は避けたいですね」


 なるほど、そういう考え方もあるわけか。

 確かにこの状況で小競り合いは避けたいな。


「とはいえ、それも動いてみない限りわからない事なので、一度置いておきましょう」


「そうですね」


 とりあえず話題を変えて、そのほかの事項を確認した。


 お互い体力的にかなり消耗している事。

 アセリアの人形を含め、装備の大半が紛失してしまっていること。

 砂浜は横方向に対しては果てしなく広がっており、その後ろには樹海が広がっていること。

 仲間は俺達意外には付近にいないこと。

 そして仲間の生存に関してだが……


「断言できるのは、ラトーナの生存のみですね」


「なぜですか?」


 そう問うアセリアに、俺は左手薬指にはめてある指輪型魔導具を見せた。

 中心部の宝石が淡く紫色に発光する指輪。

 これは共鳴の指輪であり、俺が魔力を込めた場合は対となる物と揃って赤く光り、ラトーナが魔力を込めると二つとも青く光る。

 そして互いが同時に魔力を込めている場合は……


「紫色に光る、という事ですね」


「その通り。なので現状、ラトーナは生きていてかつ意識がある状況という事です」


 何か危険な状況に晒されている場合は点滅させるように伝えてあるので、身の安全も確保できているようなのでひとまず安心だ。


「大方こんな感じですかね、おそらくみんな無事なら各々中央の都市を目指すとは思うんですが、どうすかね?」


「私もそう思います。なのでやはり現在地の把握が最優先となりますが……」


 アセリアは元々の体力もないことに加え、今は酷く消耗している状態だ。加えて自衛力も低いので、未開の地を歩くことへのハードルはかなり高いのだろう。船内でも、彼女自身がお荷物となる懸念を示していたしな。


「先輩、持ち出したバッグにスクロールが幾つか入ってると言いましたよね? アレを呼び出すスクロールはありますか?」


「えっと……あ! あります! 召喚してみます!」


 アレというのは、以前から着々と進めていた飛行補助魔導具の試作型のこと。

 そして彼女が現在取り出して魔力を込めているのは、船内に置いてあったそれを呼び出す術式を刻んだ転移魔術のスクロールだ。


 アレを使用すれば彼女を運びつつ、樹海を無視して上空から地理情報を獲得出来る。

 なんなら、そのまま目的地まで直行してもいいわけだが……


「あぁ、これはダメですね……」


「まっ、そんなことだろうとは思いましたけど」


 強い光と共にスクロールに現れたのは、ベコベコに凹んで大破した『鎧だったナニカ』。

 沈没に巻き込まれた時点で覚悟はしていたが、とても装着できるような状態じゃない。


「ディン航空本日のフライトは欠便ってか……」


「残念ですが、ひとまずこの鎧は埋めておきましょう。技術を漏らすわけにもいきませんし」


「……そっすね」


 まさか魔大陸に来て最初にやることが人工呼吸と可愛い発明品ベイビーの埋葬だとはな。

 全く、新たな冒険の予感は何処へやら……


「シーザーがいなくて良かった。アイツなら発狂してましたよ」


「そうですね、その姿がありありと浮かびます」


 張り詰めた俺達の雰囲気に、少しだけ笑いが加わった。

 ありがとうシーザー、お前の犠牲は忘れない。


「とりあえず、お互い服乾かしましょうか」


「あ、そうですね……ビショビショで体のラインが浮いちゃって恥ずかしいです」


「……」


 今更ながらモジモジと体に手を回して頬を赤らめるアセリア。

 たしかに、その暴力的なまでのスタイルが惜しげもなく晒されているのは大変目の毒ではあるのだが……すみません、見るどころか触っちゃってます、俺。

 まじで、すみません。


ーーー


 服も乾かし終わったところで、俺達は樹海へと足を踏み込んだ。

 初夏とはいえ砂浜で長居すれば暑さで体力を奪われるし、食料の問題もあるので休み休みでも動くべきだという俺の意見を元に行動を始めたのだ。


 しかしそう言いつつも、あくまで俺のサバイバル経験の九割は迷宮探索に由来するので、こうした屋外での活動は手探り感が否めないのが不安材料だ。


「大丈夫ですか? キツイなら休憩しますが」


「いえ大丈夫……! まだやれます!」


 現在は機動力のある俺が少し先行する形で樹海を進行中。

 正直、敵や罠の感知に関してもあまり得意じゃないんだが……つべこべ言ってらんないよな。無いよりマシの精神でいこう。


「それにしても、結構綺麗な森ですね」


 魔大陸と言うくらいだから、てっきりもっと地獄みたいな色合いを想像してたのだが……

 なんか普通のジャングルって感じだ。唯一異常を上げるとするならば、木々の一つ一つが馬鹿みたいにデカいことだろうか。

 

「ハァ、ハァ……おそらく、『ピランジット』という巨大樹です。木皮の通常状態は柔らかいのですが、強い衝撃に応じて硬化する性質を持っているので昔は盾に貼り付けられていたとか」


「へえー!」


 ダイラタンシー現象に似た反応を起こすわけだな。

 本家のそれは弾丸も防ぐと聞くし、この時代なら弓矢程度に使えば敵無しなんじゃないか?


「あれ、でも今は使われてないんですか?」


「熱に弱く、炎魔術を一度受ければその性質が消えてしまうためですね。そこから火矢が多く使われるようになったので、『火矢フレイムアロー』もまたその時に誕生したのではという説もあります」


 何この話、普通に面白いんだが。

 っと、いかんいかん……索敵のこと忘れて半分観光気分になっちゃってたわ。


 とりあえず気を引き締め直し、そこから10分ほど進んだところで休憩を取ることにした。


「ちょっと上に登って周囲を確認してきます」


「大丈夫ですか? 結構高いですよ?」


「ラトーナほどじゃないけど、空中機動はそれなりに自信があるんですよ」


 心配そうに上を見上げるアセリアをそう説得して、俺は鎖の射出と巻き取りを駆使して巨大樹を上へ上へと登っていく。


「おお、壮観だわ」


 てっぺんに辿り着いたところで、そこから広がる広大な景色を見渡す。

 周囲にはジャングルは思っていたよりも狭いようで少し後ろには先ほどの砂浜、前方右には灰色の山脈が見える。

 そしこのまま前進すれば、平地に抜けることができそうだ。

 あとは集落を確認出来ればいいのと、食糧の確保だが……


「きゃぁぁっ!?」


 次の一手を考えていたところで、足元からアセリアの悲鳴が響く。

 ただならぬ声、ちょっとしたアクシデントというわけではなさそうだ。


「先輩!」


 すぐさま飛び降りて木の葉を抜けると、地面ではアセリアがデカいイタチに似た魔物5体に囲まれている最中であった。

 

「ッ! 失せろ!」


 悠長にやってる時間はないので、落下しながらそのうちアセリアの正面にいる2体に向け砲弾をぶっ放す。


「グギャンッ!!!」

「ギィィィッ!?」


 頭上からの不意打ちでなんとか2体の撃退に成功。残りは3体。


 続けざま、彼女の背後に回り込んだ二体を狙うが……


「はや!?!?」


 先ほどの先制攻撃でこちらの存在に気付いた魔物は追撃の砲弾を目視したのちに回避してみせ、その内の二体がその勢いのまま木々を駆け上ってこちらへと迫ってきた。


 まずい、一体がまだ先輩の方に残ってる!


 迫る二体を無視して彼女の元に急降下しようとするも魔物はそこまで甘くなく、二体は早めに木から跳躍して落下する俺の眼前に躍り出てきた。


「ッ! 邪魔ァ!!!」


ーー土×風ーー


 流れ弾が下のアセリアに当たらないようにと咄嗟に放ったのは、大量の砂埃。


「グギャッ!?」


 反撃に警戒し目を見開いていた奴らには存外効果があった。

 目鼻を潰された二体は失速し顔を抑えたまま落ちていくのを尻目に、再びアセリアに目を向けるが……

 視界に映ったのは、ちょうど魔物が無防備なアセリアに踊りかかる瞬間であった。


(ダメだ、間に合わない……!)


「クソおおおおおおッッッ!!!!!」


 せめて一撃でも届けと、無情な現実を拒むように雄叫びをあげ魔術を放とうとしたその時——

 

 アセリアに鮮血の雨が降り注いだ。


 


 

明日もこんぐらいの時間に更新です

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