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第217話 船上にて


 英王歴418年夏、来たるヴァナヘイム共和国との大戦に向け、魔大国連盟との軍事同盟締結を目的とした部隊が王都北端アウグス港より出航。

 王女派大臣5名、王立寄宿所属研究者1名、王国騎士18名の総勢24名が任務に当たった。


ーーー


 ——また、本項においては任務内にて発生した被害を以下に報告する。


 •大型帆船1隻 沈没

 •船員    20名中15名死亡

 また、同行した王国騎士1名(リディアン・リニヤット七番隊所属)の死亡も現場で確認されたとされている。


※ノイマン・ノーランド二番隊 サラ・ルイゼルハンド制作の報告書より一部抜粋

 



 鼻を突く潮風!

 寄せる高波、猛る飛沫!

 煌々と照った空を駆ける海猫(?)の声!

 

「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!!!」


 船酔いで死にかけてるリオン!


 リディに任務を言い渡されてから二日、俺は魔大国へと向かう船に乗っていた。


 感無量とはこのことか、前世を含めて約四十年俺は生まれて初めて船というものに乗ったのだ。

 思えば、物心ついた時からとある漫画の影響で海……特に船への憧れは強かった。俺も腕が伸びないかなと、よく切望したものさ。

 まさか第二の生でその悲願を叶えることになるとは思いもよらなかった。


「さてさて、ルーデルはどこか——」


「やっほーディン! 元気してたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


「うおぁ!?!?」


 感慨に浸りつつ甲板で伸びをしていると、頭上から黄色い何かが視界に飛び込んできて勢いよく目の前に着地した。


「ルーデルさん、今なんか骨が砕けた音しませんでした?』


「うん、思ったより高くて踵が砕けちゃった。でも治ったから気にしなくていいよ」


「どっから飛び降りたんですか!」


 そう尋ねるとルーデルは徐に上を指さしたので目で追ってみると、そこは帆の上にある見張り台だった。目算でも高さ50メートルはあるように見えるのだが……


「バカなんですか!? ちゃんとハシゴ使ってください!」


「オエッ、ウッ、オロロロロロロロロロロロロロ」


「誰も怪我してないし、この方が速いからいいじゃないかー」


「またそんなこと言って……この前リディがお淑やかな雰囲気の子がタイプって言ってましたよ」


「え、うそ!? 本当にそう言ってた!?」


「なんならセコウさんあたりに確認してもいいですよ」


「…………以後気をつけるよ……ます」


 御年26のルーデル、獣族の婚期オーバー年数が二桁台に乗り出して本格的に焦り出したというセコウの話は本当のようで、こうして何かにつけてリディの名前を出すと素直に言う事を聞くようになったらしい。


 わからないものだ。インコのような黄色と赤の混じった髪は綺麗で見応えがあるし、顔も結構整ってる上にスタイルも抜群。少々ガキっぽいところはあるが、言い換えれば天真爛漫。これほどの優良物件のアピールを受けて十年近くノータッチを貫いているリディをむしろ不気味に思うよ。


「ゲェェェェェ」


「っと、そんなことより俺セコウさんに言われてきたんですよ。なんでもルーデルさんにストックを作ってもらえって」


 せっかく運搬作業が終わって一休みしようと思ったところでセコウにこのでかい船の中からルーデルを探せと言われたものだからかなり億劫だったのだが、すぐに見つかったのはラッキーだった。

 これが船乗りの勘というやつだろうか。


「ああストックね。そうだよねディンってば一応魔術師だもんね……ます」


「いや俺の前では無理しないでいいですよ」


「わー! ディンが私のこと口説いてるー!」


「はいはい、それより〝ストック〟ってなんなのか教えてくださいよ」


「ぶー冷たいなぁ……ほら。これがストックだよ」


 ルーデルが頬を膨らませつつ指先で虚空を引っ掻くと、それをなぞるようにして空間に亀裂が走る。

 彼女は躊躇いなくその亀裂に手を突っ込んで、中からリンゴを引っ張り出してみせた。


「じゃじゃーん! これが私の持つもう一つの『遺産』の能力でーす!」


 推し測るに、異空間に物を収納する能力か。

 なんでも収納、魔術師ならと言う発言、推測するに俺の魔力をストックできるのかな?

 いや、今はそんな考察どうでもいいな。それよりも……


「……ルーデルさん」


「ん?」


「それってなんでも入れられるんですよね?」


「まあ、そうだね。強い魔力を帯びた生き物は無理だけど」


「しまったものを取り出す際は、勢いよく射出したりできますか?」


「できるよー! こうね、ビューンって!」


 そう言って、ルーデルは実際に剣を射出してみせた。


「……」


「あれ、どうしたのディンったら黙り込んじゃって……もしもーし?」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 なんだよそれ死ぬほどかっこいいじゃねえか! 

 あれですか!? ゲート・オブ・ルーデルってやつですかあこれはあああああああああ!?!?!?

 

「ルーデルさんそれ貸してください!!!!」


「うえええ!?」


「大丈夫ですよすぐ返すんで! ほんとちょっとで良いんで! ちょっとでいいんでやらせてください!!!!」


「いや無理だよ!? そもそも『遺産』を貸す方法なんか私知らないよ!」


「相手のDNAを摂取すればいけます! あとは渡すって意思があれば!」


「でぃーえぬ? ど、どういうこと!?」


「体液とかですよ!!! ほら早く——」


「ふん!!!!」


「ゴフッ!?!?!?」


 努めて丁寧にお願いしていたはずが、突然のストマックブロー。

 不意打ちにルーデルの怪力が加わって、俺は一撃で膝をつかされた。


「ディンのばか! 変態!! 節操なし!!!」


 遠のく意識の中で俺は動くこともできずぶっ倒れたまま、プンスカと肩を怒らせて去っていくルーデルの背中をぼんやりと眺めるのだった。

 俺は一体、何を間違えたのだろうか……


 この後、気絶した状態の俺が同乗していた二番隊の騎士に発見され、侵入者がいるのではないかとちょっとした騒ぎになった。


 ルーデルが顔を真っ赤にしてみんなに謝っていた。

 俺は皆んなに軽蔑の眼差しを向けられ、セコウからゲンコツを喰らった。

 ちくしょう、絶対俺ならかっこよく使えるのに……


ーーー


「先輩先輩〜」


「なんですか後輩君?」


 船内の一部屋でソファに寝転んでいた俺は暇を持て余し、近くで静かに本を読んでいたアセリアに声をかける。


「二番隊の連中、俺に対して当たりが強いように思えるんですけど気のせいですか? なんかあの人達ピリついてません?」


 

「そうですねぇ、ディン君が二日前にみんなを騒がせたこともあるのでしょうが……やはり今回の任務は魔術師が多いからじゃないですか?」


「おーおー職業差別ですか。騎士の風上にも置けませんね」


「仕方のないことです。魔術師は基本的に持久力が低いものですから、こうした大移動を含む任務ではお荷物になりやすいですしね。戦争ならともかく、本来なら20人に1人でいいんですよ」


 なるほど、確かに今回のメンバーは戦闘員18名の内俺、ラトーナ、リオンと後衛が3名もいるからな。お荷物が3倍になったという認識をされているのだろう。なんならセコウが結構魔術できるクチだから、マジで不要と認識されていてもおかしくない。

 

「一応、体力には自信があるんですけどね」


「ディン君もラトーナちゃんも、魔道具師や魔術師としての知名度が高いですからね。なんなら私と同じオマケの現地調査員思われてしまっているかもしれません」


「はえ〜」


「ではディン君、私からも一つ質問していいですか?」


「何なりと」


「乗船してから二日間、どうして私の部屋に入り浸っているのですか?」


「そりゃあ、尊敬する先輩の——」


「真面目に答えてください。大方、ラトーナちゃんと喧嘩でもしたのでしょう?」


「……」


 見事なまでに図星疲れた俺の顔を見て、アセリアは確信したとばかりにため息を吐きながら本を閉じた。

 

「ダメですよディン君、夫婦とはいえラトーナちゃんも一人の人間なんですから尊重を——」


「なんで俺が悪いって決めつけてるんですか!?」


 そうツッコむと、アセリアはそんな俺の言葉が予定調和だったかのようにくすくすと笑みをこぼした。


「冗談ですよ。でも実際、ラトーナちゃんは口で素直に謝れない子なんですから、行動を見てあげないと」


 まるで俺達になにがあったかを全て知っているかのような口ぶりで、彼女はピンと人差し指を立ててそう語る。

 当然彼女は知らないはずだが……俺とラトーナのどちらともそれなりに付き合いが長いからだろうか、アドバイス自体は的確なあたりさすが俺が先輩と呼ぶ人だけはある。


 実際、先日の夜の営み暴露事件から俺とラトーナ間での空気は妙にギクシャクしており、お互い自然と距離をとっている状況が続いていた。


 今思えば正直ここまで怒ることじゃないが、普段からだらしないラトーナに対する不満もあって少し意地悪してやろうと思っていたんだろう。それに、任務の準備でドタバタして許すタイミングを見失ってしまったというのもある。


「ツンケンしてますけど、ラトーナちゃん内心結構困っていると思いますよ?」


 そう言われて、脳内にはデフォルメされたラトーナがオタオタと焦っている様子が浮かんだ。かわいい。


「仕方ない、ここは俺の懐の深さを見せる時ですね」


「そうですよ? わかったのならもうここに来ちゃダメですからね?」


「えぇ……もうちょっとだけ——」


「ダメです。大体、どうして私が避難所なんですか? セコウさんやリオン君がいるでしょうに」


「セコウさんは小言が多いの嫌です。リオンは船酔いとサラさんのせいで役に立たないんですよ」


 そう、今回合同で任務をこなす『記憶の守り手 二番隊』からはリオンの思い人であるサラが派遣されているのだ。

 俺との絡みといったら、学園時代の武闘会だけで『炎の魔剣を使う人』くらいの印象しかない人だが……何でも実家が外交上手の家だそうで、二年目の見習いながら通訳に抜擢されたそうだ。


 まあそんなわけで、振られたとはいえ意中の人と同じ屋根(船)の下なわけだから、リオンは緊張しまくりで船酔いとのダブルパンチでひたすらゲロを吐き続ける置き物と化しているのだ。カスのマーライオンだ。


「それに、結局一番頼りになるのは先輩なんですよ。先輩とは気楽にいられるんで」


「…………それは……私が…………らですか?」


 俺の言葉にピタリと固まったアセリアが何やらボソボソと呟いた。

 さっきから微妙にうるさい波音のせいかうまく聞き取れず、聞き返そうとしたその時だった。


「うおっ!?」


「きゃあ!?」


 突然船が大きく傾いたことで、俺たちはその場に倒れ込んだ。

 ひとまず四つん這いになったまま二人で揺れが治るのをしばらく待つが、一向に治る気配がない。


「様子が変です!」


「甲板に上がりましょう!」


 バランスをとるのに苦戦するアセリアに肩を貸しつつ、なんとか二人で甲板にまで上がることに成功するが……船の外には信じられない光景が広がっていた。


 弾丸の如き速さで雨粒を叩きつけてくる暴風と、絶え間なく船に打ちつける荒れ狂う高波。

 それに、遠くに見えるあれは竜巻か!? 真っ黒い空を支える竜巻の柱が一つ、二つ、三つ……うわ!? 雷まで落ち出したよ!?!?


「無事かディンとアセリア!」


 目の前の天変地異を前に呆気に取られていると、先にいたセコウが駆け寄ってきた。他にも見る限り全員が甲板に上がっているな……俺たちが最後だったわけか。


「なんなんですかこれ!? さっきまで穏やかでしたよね!?」


「わからん! 魔大陸の領海に入ってすぐに天気が急変し出し……って気をつけろ! 高波だ!!!」


「ッ!?!?」


 セコウが叫んだ直後、こちらが反応する間も無く船を2隻重ねても足りないほどの高波が甲板に叩きつけられ、俺達は船ごと海中へと引き摺り込まれた。


(アセリア!!!)


 激流に揉まれる中、何とか隣にいたアセリアに手を伸ばし繋ぎ止める。

 しかしできたのはそれまでで、俺は途切れそうになる意識保つのに精一杯で、ただこの奔流に身を任せる事しかできなかった。


(あ、無理だこれ……)


 そんな抵抗も長くは続かず、俺の意識は海の底へと消えていった。


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