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第214話 最大のピンチ


「それでは最後に、国王マルス•ペレアス=ミーミルからの御言葉を以て閉会といたします!」


 ミーミル王国に帰ってきてから早いものでもう半年が経過し、俺はこの王立寄宿の学園を卒業することとなった。

 一年半以上この学園を空けてしまっていたので、最初はてっきり留年するものかと思っていたが……研究をはじめとした諸々の功績が評価されてストレート卒業できる運びとなった。


「閉会の挨拶を預かる、マルス•ペレアス=ミーミルである。この良き日に未来の英雄達を見送ることが出来ることを、なによりも——」


 相変わらずDQNのような派手さで壇上に立つ王様の話を適当に聴きつつ、俺は改めて両隣の席にちらりと目を向け、そこに立っていて欲しかった人物に思いを馳せる。


 やはり、ラトーナとも一緒に卒業したかった。リディに根回ししてもらった俺と違って彼女は真の中退扱いだから仕方がないのだが、やはり色々研究を頑張ってきた仲だからこそ、寂しく思える。


「……コホンッ、長くなってしまったが、諸君らに輝かしい未来が待っていることを、国民を代表して願っている」


 それっぽい言葉で王様が話を締めると、遅れて劇場が拍手に包まれる。

 退壇して片付けを始める教師陣と、続々と席を立っていく周りの生徒達を目に、本当に終わってしまったんだなと今更ながら実感する。

 前世での灰色の青春を本物にしてくれたこの学園に感謝し、俺も席を立つのだった。


ーーー


 とまあ、センチな気分になりはしたものの、何も学園に全く来なくなるわけじゃない。

 なにせ、魔術の研究は今後も俺の強化に必要なのだから続けない手はないからな。


「お疲れ様ですディン君、卒業式はどうでしたか?」


「今までこういう事を寂しいと思ったことなんてなかったんですけどね。歳のせいかもしれないです」


「む、それは私を年増だと言ってるように聞こえますよ」


 そんなわけで卒業式を終えた足でやってきたのは、最早第二の家とも言える現代魔術研究室。

 室長室の戸を潜ると、聖母のような笑みでアセリア先輩が迎えてくれた。

 そういえば、彼女が卒業したのはちょうど俺が学園を飛び出した少し後だったな。


「良いじゃないですか、先輩モテるんだし」


 湧いてきた罪悪感を表に出さないよう、茶化すような笑みをつくろって返す。


「フォローになってないですぅ……」


 とまあ小君良い会話で気を紛らわせつつ、俺は室長室のソファに腰掛けて書類を片付ける先輩を眺める。


「まあ真面目な話、俺って結構ここでの生活が好きだったんだなぁって知りましたよ」


「それは良かったです。ディン君、出会ったばかりの頃はかなり擦り切れた顔してましたから。いきなり私の……を揉んできたぐらいですし」


「あれは誤解です……それよりもささ、今日もお願いしますよアセリア先生」


 雑談もほどほどにして、毎週恒例秘密の特訓が始まる。


 内容は以前ラトーナから提案されたアセリアの人形魔術の模倣。目的は左手につけた義手を人形魔術を応用することで手足のように操ることだ。

 

「お願いしますと言われても……もう見ればわかりますよ」


 義手をウネウネと自在に動かしながら教えを乞う俺を前に、アセリア先生は呆れ半分嬉しさ半分といったようなため息を吐いた。


「ありゃ、なら合格ということで良いんですかね?」


「全く、ディン君には毎度驚かされますよ。本当に習得しちゃうなんて……」


 数日前からそろそろだとは言われていたが……五ヶ月に及ぶ弛まぬ努力がようやく報われ、ガラにもなく子供みたいに飛び跳ねそうになってしまった。


 五ヶ月、そう五ヶ月だ。今まで色んな他人の魔術を模倣してきたが、その中でも今回の『人形操作』は特に困難を極めた。

 ロジーの磁力も実用までには同じくらいかかったが、今回はそもそもの習得に五ヶ月もかかったのだ。


 まず、元となった属性の特定だろう?

 これは元の研究データから風と特定出来ていたから躓くことはなかったが、それ以降はダメダメだった。


 そもそもアセリアの人形魔術の仕組みだが、風魔術の根幹である『エネルギー』操作という点にフォーカスされたモノであり、所謂対象を限定した念力ってやつだったのだ。

 つまり俺がやるべきは、風魔術における操作対象である『空気』を『人形』に変更するという非常にシンプルなことだ。そう、原理だけ見ればな。


 まあ現実はそう上手くはいかず、この単純な術式対象の変更に三ヶ月近くかかってしまった。

 それからも繊細で複雑な操作を中々モノにできず、いつも傍でアセリアに補助してもらいながらゆっくりと感覚を覚えることでようやく形になったわけだ。


「それで人形自体はどこまで動かせますか?」


「手掌を起点に30センチ以内でしたら動かせます。それ以上離れると操作が効かなくなります」


 しかし悲しいかな、これほど努力しても本家には遠く及ばず。俺は人形を手元で操るのが精一杯なのだ。


 ……いやそもそも、アセリアがおかしい。

 1キロ近く離れた場所の人形も操れるし、複数の個体を同時に精密操作できるし、なんなら人形と感覚まで一部共有しているしで、その高みを見ていると思わずため息が出てしまう。


「上々、ですね。義手の操作として運用する分には申し分ない成果ですよ。私のレッスンも卒業ですね」


「寂しくなります。でも、おかげでまた剣を握れるようになりました。本当、なんとお礼をしたら良いか……」


「お礼なんて…………あ! じゃあそうですね、私と少しお話してくれませんか? ここ最近は仕事ばかりでストレスが溜まってたんです」


「え? ああ構いませんけど……」


 突飛な要求に思わず二つ返事で了承すると、アセリアは軽い足取りでちゃちゃっとお茶の準備を始めてしまった。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 汲んでもらったお茶を喉に流し込み、お互い一息。


 ほんの少しの無言が続いたのち、妙な居心地な悪さから話を切り出そうか迷っていたところで、アセリアが先に口を開いた。


「ディン君はこの先、どんな道に進むんですか?」


「え? あー、リディの部下として王国騎士になるんだと思います」


「へぇ、ディン君はそれで良いんですか?」


 勤めて真剣な声音で俺の顔を覗き込むアセリア。

 予想と違った返答に俺は思わず言葉を詰まらせる。


 俺がリディの部下になるのは、クロハと共倒れしかけていた俺を救ってもらう為の対価だし、ぼったくられたとも思っていない。

 これで良いのかなんて、疑問にすらならなかったが……側から見れば飼い殺しにされているようにでも見えるのだろうか。


 ……いやいや、そんなわけないよな、アセリアだってリディの世話になっているんだし。

 そう、この人の立場的に考えるんだ。きっと俺という人材を手放したくないってのが本命だろう。


「ラトーナの件で我儘にやらせてもらったんです。これ以上義理に背くことはできませんよ」


「そうですか……じゃあこれからはあまり会えなくなっちゃいますね。寂しいです……」


 名残惜しそうにモジモジと身を揺らしながら上目を使うアセリア。

 どうやら勧誘とかではなく普通に友人としての会話だったらしい。

 それに恐ろしく可愛い回答……俺じゃなきゃ勘違いしちゃうね。


「ラトーナちゃんもディン君と同じように?」


「俺は止めたんですけど、そうなると思います」


「うぅ……また一人ぼっちですよ」


「ははっ、シーザーがいるじゃないですか」


「イジワルですねディン君。怒りましたよ、ディン君とラトーナちゃんは騎士団に入ってからも研究室には週4で顔見せてくださいね! 室長命令です!」


「えぐい無茶振り来た。暴君じゃないですか」


 ほんの少し睨み合ったのち、揃ってクスクスと肩を揺らす。

 不思議な気分だ。あの引っ込み思案なアセリアと冗談を言い合っている。2年前の彼女じゃ考えられないことだ。


「——ほんと、先輩は変わりましたね」


「そうですねえ……変わらなければ、この場所を守ることなんて出来ませんでしたから」


「っ……その節はすみません。俺が勝手なことをしたばかりに……」


「いえ、責めてるわけじゃありません。私が変わりたいと思ったから変わったんです、そこに誰のせいとかはありませんよ」


「そう、ですか……」


「むぅ、ディン君はいつも変なところで真面目ですね。結果として私は成長できて、ディン君も目的を果たせたのだからそれでよかったじゃないですか」


「そう言ってもらえると、助かります……」


 俯いたままそう答える俺の頭に、ソファを立ったアセリアの頭がポンと置かれた。


「よしよし、わかれば良いんですよ〜」


「なんで俺撫でられてるんですか?」


 顔を上げると、そこにはイタズラな笑みを浮かべて俺の髪をワシワシと撫で回す先輩の表情……そしてそれよりも一際強い存在感を放つのは、その少し下に位置する彼女の胸。


 否、それは 胸と言うには あまりにも大きすぎた

 大きく ぶ厚く 重く そして 神々しすぎた

 それは 正に 霊峰だった。


「おや、照れてるんですかディン君? 可愛いところもありますねえ」


「……既婚者を揶揄うのはどうかと思いますよ先輩」


「む、そういう言い方はずるいですね後輩」


 なんて圧だ。童貞を克服した俺でさえ顔が引き攣ってしまう……


 そしてなにより危険なのは、アセリアがグラマラスからかいお姉さんキャラになってしまったことだ。

 これはやばい……先輩、メガネ、美人、巨乳、むっちり、からかい、ママ属性の性癖欲張りコンボだと?

 

 俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった……!

 いや、この下半身から湧き上がるような感覚……

 ダメだ耐えきれていない!


 まずい……

 そうだ、こういう時こそ思い出せ初体験の夜を!

 攻められた経験がないから受けに回った途端よわよわになってへにゃっていたラトーナの姿を……! 

 あの衝撃ならば、これしきの些細な動揺一瞬で掻き消せる……!



 

 そんなくだらない攻防を脳内で繰り広げながら、しばらく談笑は続く。


 今回最も白熱した議題は、クロハはあれだけ食べているのになぜ太らないのかについてだった。

 まじで何でだろう、あの子太るどころか腹筋バキバキだしな。何ならもう、俺よりバッキバキだしな……


「あ、そういえばそろそろじゃないですか?」


 会話も落ち着き、もうそろそろお開きかという頃に、アセリアがふと思い出したように呟いた。


「お察しの通り、今日がちょうど期限日です」


 そう、今日で俺がミーミル王国に帰還してからちょうど半年になる。

 半年、そう半年だ。俺と共に戦いたいと言うラトーナに、リディは半年待つから強くなれと条件を課した。


「朝、ポストにリディからの手紙が入ってましたよ」


「リディアンさんは何て?」


「今夜、ルイーズ高原で待つとありました。リディが直接彼女をテストするのでしょう」


「ラトーナちゃんは優秀ですけど……やはり心配です。リディアンさんって容赦ないですし」


「それは俺も同じです」


 だが、彼女の覚悟を無碍にすることだけはしたくない。

 俺に出来ることは、ラトーナの言うことを素直に受け入れてやることだけだ。


ーーー

【ラトーナ視点】

 

 淡い月光と、草原を静かに駆ける一陣の風。

 私は今、己の強さを示す為に約束の場所に立っている。


「体調は万全かい?」


「ええ、言い訳するつもりはないですリディアン卿」


 四方を囲む結界の中で向かい合うは、ミーミル最強の騎士『鬼神リディアン』。

 この国では『不死鳥』と並び、単独で一つの戦線を担うほどに突出した〝個〟であり、その力だけで政界でも影響力を持つほどの人物だ。

 

「条件の確認ですが、お互い一撃でも当てれば当てた方の勝ち……」


「そうだ。そしてこの結界の外に出たら例外なく負けだ」


 条件は前回と同じ。

 半年の期間を経て、私は再び最強に挑戦する。

 勝ちたい。

 勝ってディンの隣に立ちたいというのはもちろんだけど……なによりも、私はこの男に勝てる力を持っておかなければいけない。

 

 まだディンには言っていないけど、この男は私達にたくさんの嘘をついている。

 王女のために『遺産』を集めてるのは嘘。

 『未来視の遺産』を持っているのも嘘。

 ディンを偶然助けたというのも嘘。


 今はプラスになっていることの方が多いけど、もしこの男が敵に回った時は私がディンを守らなくちゃいけない……


 だから、ここで勝つ。

 それが出来なくとも、少しでもこの男の理解を深める……!


「ラトーナちゃん頑張ってー!」


「ラトーナ姉がんば」


「リディを一発ぶん殴ったれにゃー!!!」


 結界越しに友人達みんなの声援が届く。

 どうしようもない恐怖と不安が、少しだけ軽減された気がして驚いた。こんな科学的でも魔術的でもないただの言葉が、今は何より心の支えになるなんて。


「なんで俺への応援が一つもないのかは置いておいて……手加減は一切するつもりないからそこんとこ頑張ってね」


「言われずともわかっています。その上で、倒します」


「そうか、良い目だ」


 ニヤリと口角を上げて前傾姿勢に構えたリディアンからは噴火のように殺気が溢れ出し、その圧に思わず息を飲む。

 気づけば杖を握る手がカタカタと震えていた。


「それでは互いに構えて……始め!」


 息を整える間もなくセコウによって開始の合図が出される。

 でも大丈夫、息が乱れようが私は魔術師だ。思考さえ正常に回っていればいい。


 半年の肉体鍛錬によって修めた魔力による身体強化、『強化の加護』と併用することで高まった動体視力のおかげで、以前よりも戦士の動きをしっかり認識できる。


 流石に鬼神の動きを見切るなんて無理だけど、タイミングだけなら測れるはず……だから落ち着いて、まずは迫ってくるリディアンを迎撃——


「え」


 誤算。


 十分に距離をとってのスタートだったにもかかわらず、リデイアンはほんの一瞬で私の目の前まで到達した。

 想像の10倍……なんて話じゃない。迎撃する余裕なんて最初からなかった。

 圧倒的実践不足。強者の戦いを見たことがない私では、そもそも彼の本気の動きを想定なんてできるはずがなかったのだ。


「残念、これが現実だ」


 先ほどまでの笑みは消え、体の芯から凍るような冷徹な目で私を見下ろすリディアンはそう言って剣を振り抜いた。


急募:みんなに読まれやすい副題

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