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第209話 いつもの朝


 早朝、ベッドから出て着替えを済ませた俺達は家を出て、静かな王都の街を走る。

 日が昇ってきたとはいえ、未だ路上の人気は少ないので、道を広々と使ってゆっくりと身支度を始め出す街の景観を楽しみながら汗を流す。

 

「おはようさんオード夫妻! 今日も精が出るね!」


 あまりやり過ぎるとラトーナが保たないので、休憩がてら開店前の市場を歩いていると顔馴染みの魔導具屋の店長が気さくに声をかけてきた。


「おはようございます! 何か面白いもの入りましたか?」


「ここんとこは新しい入荷は無しさ。職人はアンタらに感化されたのか工房に篭りきりさ」


「それは期待できそうですね」


「はっ、流通の革命児は余裕たっぷりってか? こちとら商売上がったりさ」


 披露宴から一週間、朝のランニングだけでなく家の内装決めでもちょくちょく市場には顔を出していたことや、現代魔術研という肩書きもあったおかげでここの店長連中とはかなり親しくなれた。

 氷結魔導具の普及に伴って市場が受けた恩恵は想像以上にあるようで、買い物どきに割引やおまけしてもらったりと、かなり良くしてもらっている。こうして朝から市場の様子を知れるのも良い。


「それじゃ、これ以上邪魔しても悪いですし俺達はここあたりで失礼します」


「おう! また顔出してくれ!」


 ラトーナの息も戻ってきたところで、ランニングを再開。雑談もほどほどに俺達は市場をあとにした。


「ふー……お疲れラトーナ」


 そこから約一時間、いつものコースを一通り走り終えた俺達は、ようやくマイホーム前へと戻ってきた。


「はぁっ……はぁっ、貴方……よく毎日こんなに走れるわねっ……うぅ……」


 顔を真っ青にして肩で息をしながらブツブツと文句を漏らすラトーナ。

 リディに身体を鍛えろと言われた以上、こうした基礎的な運動による鍛錬を行う展開は避けられないが……


「なにも俺に合わせることはないんだよ? オーバーワークは逆効果って言ったじゃん」


 どうしてもトレーニングは俺と一緒にやりたいらしく、無理やりに着いてくるのだ。

 しかも根性だけでギリギリ喰らいつけてるのが彼女の怖いところだ。地味になんでも出来るんだよなぁ……この人。


「私がやると言ったら……やるのよ……!」


 こういう時のラトーナは言っても聞かない傾向があるので、危なそうだったら気絶させてでも止めるしかない。気を張っておかねば……


「ただいま戻りました〜」


「おかえりなさいませ、旦那様」


 ボロボロのラトーナに肩を貸しながら家の戸をくぐると、タオルを持ったジーナスが迎えてくれた。


 そう、この家の住人は俺とラトーナだけではない。なんと専属の住み込みメイドさんが居るのだ。

 なんでもヴェイリル王宮でラトーナの侍女をやっていた人らしく、国の混乱もあって支えていたラトーナに着いてきたとのこと。

 ちなみに、帰りの馬車を引いていたのも、披露宴の料理を作ったのもこの人だ。既に我が家は彼女に頼りきりなのだ。


「あれ、俺のタオルは……」


「申し訳ありません、旦那様はこの程度で汗など流さないものかと思い、準備を怠っておりました」


「そ、そうですか……」


 しかし、そんな感謝も念も掻き消えるようなことを平然と言いつつ、ジーナスは俺からラトーナをひっぺがして彼女の顔に浮かぶ汗を甲斐甲斐しく丁寧に拭い出した。

 故意かどうかは別にしても、この対応の差である。なぜかジーナスは俺に対してどこか冷たいのだ。

 理由はわからないし、心当たりもない。正直絡みにくいことこの上ないのだが……あのラトーナが気を許しているだけに悪い人ではないのだろうし、歳もそこそこ近いわけだから今後ゆっくりと打ち解けていくしかない。


朝餉あさげのご用意が出来ておりますが、どうなされますか? それとも先にお着替えなさりますか?」


「いいえ、空腹で死にそうだから先に頂くとするわ……」


 最早、朝食の是非もラトーナにしか聞いていない気がするのだが……

 ともあれ俺も腹が減ったのでそこは特にツッコまず、さっさと食卓へと向かった。


「おっ、もう起きてたのか」


「んぅぅ……おはようディン……」


 食卓にたどり着くとそこには、豪華な朝食を前に寝ぼけ眼で着席しているクロハがいた。

 彼女もまた、この家の住人である。

 理由はわからない。気づいたら当然のように我が家の一室に住み着いていたのだ。律儀に家賃を払ってくるし、頼めば家事も手伝ってくれるし、ラトーナも彼女を歓迎しているので別に構わないのだが……

 全く、この子の行動は毎度予測できないな。


「今日は一段と眠そうだな、夜更かしでもしたのか?」


「んん……リオンを叩いて伸ばしてた」


「パン生地じゃないんだから……」


 まだ完全に目が覚めてないのか、言ってることが支離滅裂である。


 クロハに対しては几帳面で規則正しい生活を送っているイメージを抱いていたのだが、一緒に暮らしてみると飛んだ誤解をしていたことに気がついた。


 まず、ひどく寝起きが悪い。ラトーナも同様に朝には超がつくほど弱いが、彼女はせいぜい自力で起きられない程度で済んでいる。それに比べると、クロハはやばい。

 まず起こそうと体を揺すると、寝たまま反射で顔面にストレートを打ち込んでくる。鬼族由来の怪力によるストレートなので威力も洒落にならない。

 初回に一度くらったが、脳を揺らされてしばらくノックダウンする羽目になったぐらい危険だ。仮に攻撃を回避して再度起こそうと試みても、彼女は絶対に起きない。

 そんな経緯のもと、朝のクロハには近づいてはいけない、という伝承が我が家に生まれたのだ。

 伝承は他にもあるが、彼女の名誉のためこの程度にしておこう。


「それじゃあ、いただきます」


 ひとまず全員が揃ったところで、朝食をいただく。

 今日のメニューはフィッシュカツサンドと豆のスープ。朝から激重もいいところだが、ミーミル語圏の地域は朝にしっかり食事をとる文化なので、これが普通なのだ。最初この世界に来た頃は慣れるまでだいぶストレスがかかった記憶がある。懐かしいな。

 そういえば、前世での朝飯と言ったら食パンとコーンスープだったな。こっちでもブレンダーとか作れば再現できそうだし、暇な時にやってみようかな。


「ディン達は今日何するの?」


「この後は朝の鍛錬をして、その後研究室かな。今日から色々動き出すから、俺もラトーナも帰りは遅くなる。クロハは?」


「私はいつもの」


「そうか、くれぐれも気をつけてな。危なくなったらすぐ逃げろよ」


「ん」


 学園では騎士科に所属していたクロハだが、既にリディの団へと内定が決まっており通学はしていない。なので暇な彼女はここ最近、リディから頼まれた仕事をずっとこなしているのだ。なんでも諜報活動がメインだそうで、たまに暗殺もこなすとか。


「では、お夕食の方は旦那様方がご帰宅してからお作りいたします」


「お願いします」


 それにしてもクロハのことが心配だ、すごく心配でしょうがない。出来るなら着いて行きたいが……仕事場に保護者同伴は流石に親バカ過ぎるし、うざがられちゃうよな。

 我慢だ我慢……


ーーー


 ということで午前の鍛錬を終えてやってきました現代魔術研。

 このベンチャー企業みたいな部屋には相変わらず慣れないままだが、やはり広いのはいいな。自分が凄いことをやってる気分になれる。

 

 さてさて、新生活のこともあって本格的に今日から活動再開、手始めに凍結されていた飛行魔導具の実験を再開と行きたいところなのだが……


「困りましたね……装着できません」


 二年で俺の体も成長したことで、装着するジェットパーツのサイズが合わないときた。

 いやまあ、設計図もあるわけだしそれは新たに作り直せば良いだけだ。もっとも問題なのは俺の左手だ。

 この飛行魔導具のプロトタイプ、四肢に寸胴のようなジェットアーマーを装着することで姿勢制御と飛行を同時に行うのだが、今の俺には左腕がないためアンバランス、そして単純にジェットが一つ減ることで出力も25%減なので、まともに飛行を行うことが出来ないのだ。


「私がやるのはどうかしら」


「「却下で」」


 満面の笑みで挙手したラトーナの提案を、アセリアと揃って突っぱねる。

 そもそもこの魔導具はあくまで補助であり、核となる術式は俺自身が担当するので俺以外扱えない。それに……


「ラトーナはなんだか心配だからやめよう」


「待って、それどういう意味かしら」


「新婚の身でもし怪我でもしたら大変ですからね。妊娠していた場合、胎児に治癒魔術を使うのは難しいですし……」


 不穏な空気を感じ取ってアセリアがスマートにフォローしてくれたが、今度は空気が気まずいものへと変わってしまったので慌ててラトーナが話題を切り替える。


「まっ……まあ良いわ。ここはアセリアに免じて見逃してあげる」


「それよりどうしますか? 俺の左手に直接噴出口を取り付けちゃいます?」


 見た目が完全に某赤タイツのスペースギャングになってしまうが、このままでは研究を再開できないからな。

 待てよ? 寸胴だからどちらかと言えば某猫型ロボットの空気砲……いやどうでも良いわ。


「いいえ、やめておきましょう。今のディン君には肘がないので、右に比べて噴出口の可動域が狭くなってしまい不安定です」


「ならどうするんです?」


 そう尋ねるが、アセリアも答えまでは出ていないようで口元を撫でながら考え込む様子を見せた。

 手詰まり、開発の再開を断念しかけたその時、ラトーナが素っ頓狂なことを口にした。


「腕がないなら、アセリアの魔術を使えば良いじゃない」


「私の魔術……? もう少し詳しくお願いします」


「簡単よ。アセリアが持ってる人形の腕みたいな義手を左手に付けて、それをディンが魔術で操作すれば良いの」


「いや、そんなパンがないなら〜みたいなこと言われても」


「だってあなた、大体の特級魔術は再現出来るじゃない。ロジーとかいうチンピラのだったり、ランドルフのだったりを使ってるのだから、アセリアのも頑張れば出来るんじゃないかしら」


「原理がわからないのは無理だよ」


 そもそも、再現できないから特級に分類されているのであって、俺があの二人の魔術を再現できたのは、たまたま日本の義務教育の範囲で理解できる程度のものだったからだ。

 ロジーの磁力なら電気由来、ランドルフの魔術なら振動が元だと理解できるが、セコウの時間を巻き戻すやつなんかはさっぱりで、アセリアも同様だ。

 実際、特級魔術の論文を書くときこの二人はかなりのノイズになった。

 一応、セコウは治癒魔術が得意なので時間魔術は治癒の派生、人形魔術は風の派生ということになったが、その具体的な仕組みがわからないので考察の域を出ないものだ。


「良いからとりあえずやってみなさいよ。特別に二人きりでの練習も許可するわ」


「うーん……じゃあお願いして良いですか? アセリア先輩」


「はい。構いませんよ」


 ともあれ、それぐらいしか打開策がないのなら仕方ない、とりあえずやるだけやってみよう。

 今まで鍛えてきた武術を今更捨てるのも勿体なかったし、左腕の復活は俺自身にとっても急務だったからな。


「とりあえずこの件はディン君の成果が出るまで保留ということで、今後しばらくは家庭用魔導具の開発に専念しましょう」


「魔術の練習日程は追って後ほど、ということですね」


 方針も決まったところで会議は終わり、次は新しい研究室を案内してもらおうと室長室から出たのだが……


「ラトーナ様! 私に魔術を教えていただけませんか!?」


「自分、宮廷魔術師志望です! どうかラトーナ様とお手合わせ願いたく!」


「いや待て僕が先だ! この中で一番強いだろ!」


「グリっ……ディンさん! 例の論文についてのお話を!」


 なんとまあ、室長室を出た途端に研究生達が俺達の元に雪崩の如く押し寄せ、あっという間に包囲されてしまった。

 困るなぁ、俺には妻がいるというのに、第二のモテ期が来てしまったか。

 

「ちょっとみなさん! そういった私事は放課後に——」

 

「やっと見つけましたぞ! ラトーナ氏!!!」


 そんな場を収めようとしたアセリアだったがしかし、研究室にはそれを遮るほどの大声が響き渡った。

 みんなの視線が集まる先には一人の青年。絵画の馬並みにサラ艶の金髪を靡かせた長身の青年が、研究室の入り口に立ってこちらをビシッと指差していた。


「随分なご挨拶ね。失礼だけど面識はあったかしら」


「ありませぬありませぬ! そう、あれは2年前に拙が——」


「カットよカット。その回想はいらないから早く要件を言いなさい」


「やややっ!? それは残念……では手短に、ラトーナ・ディフォーゼ・リニヤット氏、貴殿に決闘を申し込みますぞ!」


 独特のリズムで捲し立てる青年を前に誰もが置いてけぼりを喰らう中、ラトーナはやや表情を引き攣らせながらも努めて毅然とした態度で問いを投げた。


「理由を伺っても良いかしら。心当たりがないの」


「わかりました。そう、あれは三年前に拙が——」


「ごめんなさい、長くなりそうだからやっぱり結構よ」

 

 再びの即切りによって回想を阻まれて肩を落とす青年。

 そんなコントまがいの茶番のおかげで二人の会話に間が生まれたところで、ようやく話に追いついた俺が滑り込む。


「ええっと、まず貴方は何者ですか?」


「む、人に名を尋ねるときはまず自分から名乗るものではありませぬか?」


 出そうになった拳を必死に抑えながら、努めて温厚な態度を維持して名乗る。


「なんと、貴方があのグリム氏であられましたか。これは失敬、拙の名は——」


「彼はシーザー。アスガルズ神聖国の小貴族出身で、現在は法陣科に所属してます。魔法陣の簡略化や刻時回路の開発で注目されている人材です」


「……以下同文でございますぞ」


 今度は自己紹介をアセリアに遮られてしまい、悲しそうにボソリとそう呟いたシーザー。

 さっきから悉く自分語りをさせてもらえないその哀れな姿を前に、少しだけ溜飲が下がった。


「ごめんなさい、また長そうな回想を始めるのかと思って……」


 アセリアの無自覚から放たれる辛辣な言葉にシーザーが首を落とし、なんとも気まずい空気が流れ出したので路線を戻す。


「んで、そんな天才様がなんたってウチのラトーナに決闘を?」


「そうでしたな。忘れもしませぬ、あれは拙が——」


「おい、手短にだ」


「…………拙は天才ゆえ、学園最強の魔術師を名乗っているのですが、拙が倒した者達は皆口を揃えて負け惜しみのようにラトーナ氏には勝てないと宣うのですが、なにせ打ち倒そうにも……」


「彼の実力が話題になった頃には、ラトーナちゃんもディン君もヴェイリル王国にいたというわけです」


「それは気の毒ね。でも困ったわ、現状貴方の申し入れを受けるメリットがこちらに無いの」


 含みのあるラトーナの発言、その意図を理解したのかシーザーはコホンと一つ咳払い。

 気前よく現実的に可能な範囲ならどんな条件でも飲むと宣言した。

 そんな彼にラトーナが提示した条件は一つ。

 

「こちらが勝ったら貴方には転属してもらうわ」


 なんとなく予想は付いていたが、ラトーナはシーザーという新戦力てんさいを引き抜くつもりのようだ。

 そしてそんな条件をシーザーは二つ返事で受諾。

 ここに、二人の決闘が成立したのであった。


よお、久しぶり……!

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