第205話 新たな指針
開戦の火蓋が切られ、最初に動いたのはラトーナ。
背面頭上に数十の魔法陣……否、砲門を展開しそこから数多の光線を発射する。その光景はさながら、現代のアーティストのライブ照明のようであった。
「凄まじい展開速度……!」
そんな光景を目にしたセコウが、隣で感嘆の声を漏らす。
それもそうだ、俺の『弾丸』並に複雑な魔術を複数同時高速展開、しかも俺みたいに魔導具の補助を受けることなく自力でやっているのだから、天才というより最早そういう機械だ。
速度、威力、数、全て申し分ない、魔術師の手本とも言えるような素晴らしい攻撃。
だがそんな天才の攻撃も、鬼神と呼ばれる男の前では……
「でも速いだけじゃ無駄だな」
ロジーの言う通り、ラトーナが放ったレーザーは全てリディの纏う結界に受け止められ、その強みを発揮することなく霧散した。
半径一メートルのあらゆる魔術を弾くドーム型結界、彼の纏うそれを突破できなければ、攻撃は決して届かない。
かといって物理攻撃を狙って近づけば、彼の不可視の刃を用いた英級の剣術の錆にされる。
加えて彼がその身に宿す『未来視(?)』の遺産によって不意打ちや死角からの攻撃も意味を為さない。
これが不死鳥含む数多の戦士を押し除けてミーミル最強と評される『鬼神リディアン』、まさに理不尽の化身だ。
「技量は認めるけど、その程度の攻撃ならディンでも出来るね」
開始から一歩も動かないまま、昇った土煙の中でリディアンがラトーナを煽る。
あまり俺をヨイショしないで欲しい。実際魔術師としての俺はラトーナに劣るか、良くて互角なのだから。
「そんなこと言われずともわかってるわ」
チャラけたリディの煽りに乗ることもなく、ラトーナは依然として平常を保ったまま再び魔術を放つが……
「また同じ魔術か?」
「一辺倒だなぁオイ」
そう、彼女が次に放ったのも、先程と同じレーザーの魔術。
力尽くで結界を破るつもりかとも考えたが……よく見れば違う。さっきよりもレーザーの本数が少ない……!
おそらくレーザー自体に何か仕込んだんだ!
「な!?」
「え? 隊長に当てやがった!?」
予測は当たっていたようで、再びリディに向けて放たれたレーザーは結界に阻まれるどころか、それを打ち破ってリディ本体に直撃しのだ。
「あら失礼、ご自慢の鎧が台無しね」
「言ってくれるじゃん、面白い……!」
月をバックに悪女のような笑みを浮かべて煽り返すラトーナ。
その美しさもそうだが、フィノースの精鋭魔術師十数名を無傷で皆殺しにしたあのリディアンにたとえ浅くとも傷を与える魔術師がいること、その事実に何よりも痺れた。
「ラトーナは一体何をしたんだ?」
「光線自体に『反魔の呪詛』を付与したんじゃないですかね」
なんとなくの考察をセコウに教える。
レーザーの数を減らしたのは、威力重視に変更したように見せるブラフか。
正直、レーザーに魔術破壊効果をつけれるなんて思ってなかったので、自分で言っておきながら驚愕だ。
「まさかラトーナが勝ったりしねえよな……?」
そんなロジーの呟きを、流石にそれは無いとセコウが否定する。
確かにそこは俺も同意だ。
『魔術を弾く魔術』と『魔術を打ち消す魔術』がぶつかったが、これはまさに矛盾。
おそらくリディが魔術的な意味で油断していたから偶然ラトーナが押し勝ったが、警戒体勢に入ったリディにそれを再び放っても次は良くて相殺程度で終わるだろう。
というかそもそも、リディは様子見のための棒立ちをやめて、レーザーを避けつつ距離を詰めて仕舞えばいい話だ。開始から一歩も動かないとかいうかなりの舐めプには、ラトーナも少し憤っているように見える。
「少し驚かされたけど、次は難なく相殺できるよ。これで終わりかな?」
傷も浅く、結界の再展開も完了し余裕綽々と振る舞うリディを前にして、有効打を持ち得ない筈のラトーナ勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。
瞳が紫色に変わっている、おそらく『読心』で何か突破口を掴んだな。
「相殺できれば十分……よ!!」
そう言いながら彼女はかっこよく持っていた杖を回しながら地面に突き立てたが、何かが起こっている様子はない。
ただのハッタリ、それともミス? はたまた、俺に認識できない何かが起きたか……
「! 結界の術式が書き換えられた!?」
そんな考察が浮かんだと同時に、セコウの様子が豹変した。
おそらく、なんらかの意図でラトーナがコート内に張られた流れ弾防止用の結界をハッキングしたのだろう。
だがなんのために……
「おい、結界ん中が変だぞ!」
ロジーに言われて二人が戦うコートの隅々に注意を凝らしてみると、確かにそこには異変があった。
「二人の足元に霜が降りているな……」
セコウのその一言で、ラトーナの意図を理解した。
結界と氷結……全く違うように思えるこの二つの事象は繋がっている。
「ディンの氷結魔術をどうやって……」
「超強化した『耐火の加護』を結界に付与してるんでしょう」
そう、これはいつかの迷宮で見つけた手記にあった、四百年ほど前の冥助王が使用したおそらくこの世界最初の氷結魔術。
『耐火の加護』の本質は対象を熱から守るのではなく、対象から熱を奪うこと。そこに『強化の加護』を掛け合わせることで効力を増大させたものを結界に付与し、『内部の熱を奪う結界』に書き換えてしまったのだろう。
なんという豪快さと発想力……そしてなにより、それを土壇場でこなす技量。これが同い年の魔術師のやることかよ、自信無くすわ。
ともかく話は戻り、リディは今、再構築した対魔結界で必中化した氷結術式を防いでいる。
つまり、ラトーナがもう一度あのレーザーを当てて彼の結界を相殺すれば氷結術式がリディに直撃して決定打になる。
まあそれも、リディの纏う結界が一重だったらの話だが……
「俺がそっちに着くまでに削り切ってみな!!!!」
嬉々とした表情でラトーナを煽るリディが見せたのは、まさに脳筋戦法。
対魔の結界を何重にも展開し、レーザーに結界を相殺されたそばから再構築。それをひたすら続けながらゆっくりとラトーナとの距離を詰めていく。
ここからは単純、リディの結界の再生をラトーナのレーザー連射が上回れるかで勝敗が決まる……!
ーーー
「むううううううううう……」
「まあまあ、ラトーナは十分すごかったよ」
押し合いの末の結果はラトーナの敗北。
いくら彼女の技量が高くとも、レーザー魔術の術式が複雑すぎてそもそも連射には向かず、結局リディの多重結界の再生を上回ることは出来なかったのだ。
まあそんなわけで、勝負もついたから現在は詰所のリディの執務室(ただの書類置き場)に戻ってきたところ。
ラトーナはどうやら本気で勝つ気だったようで、帰ってきてからずっと俺の隣で死ぬほど悔しそうな顔をしながら貧乏ゆすりをしている。
正直、俺からすればラトーナが一方的にやられると思っていたので、めちゃくちゃ善戦したことに驚いているのだがな。
「ディンの言うとおり、年齢の割には素晴らしい熟練度だった。それこそ騎士団所属の魔術師の上澄みくらいの実力はある」
「ですよね。ほら、あの鬼畜リディさんが褒めてますよ」
「もちろん褒めるに値する力は持っている。でもね、足りないよ」
「!」
ラトーナの表情がこわばる。何が足りないのだとでも言いたげな顔だ。
勝負後のリディの態度は思いの外好感触かに思えていたが、どうやら彼のお眼鏡には適っていないらしい。
「君の優秀さは全て『魔術師』という部分にかかってしまっている。『魔術師』って言うのはあくまで後衛、前衛がいることが前提の役職だ。あくまでディンと肩を並べて戦いたいなら、君は魔術師ではダメなんだよ」
リディの言う通り、『魔術師』が主に戦闘で担う役割は広範囲に及ぶ殲滅戦、魔術的な攻撃のレジストや回復、俺のいた世界での認識で言うなら『兵士』と言うよりは『兵器』に近い。だから戦うというよりは、使われる存在だ。
ラトーナが言うように自分から進んで戦いたいと言うなら、剣士などのスピードに対応できる身体能力が必要になるわけだ。
まあつまるところ、リディが言いたいのは……
「つまりは身体を鍛えろ、ということですね……?」
「何よりもまずは、だね。実際、俺は結界なんか使わなくてもあの程度全て避けられた。そういう敵に魔術を当てるにはやっぱそれなりに相手の動きを見切らなきゃいけない。それに必要なのは何だいディン」
「身体強化によって底上げされた動体視力ですね」
「ディンに師事してもらっても良いから、とにかく身体を仕上げること。話はそれからだね」
「では、一年待っていただけませんか」
「一年? ダメダメ、そんなに待てないよ。せめて半年、半年はディンを大きく動かすつもりはないから、それまでに力をつけるんだ」
中々食い下がらない上に、謎の期限まで付け出したと思ったらなるほど、俺を一人で任務に行かせたくなかったわけね。
別にリオンとかロジーとかが居るから大丈夫なのだが……まあ、その気持ちは嬉しい。
「わかりました。元よりそのつもりです」
「お、ふっかけたね?」
「ふふ、どうでしょう」
俺が妻の愛に触れて一人ときめいている間に話は終わったようで、二人は悪人のような笑みを浮かべて握手を交わしていた。
色々と思うことはあるが、まあ二人の納得する形になったなら良しとしようか。
「よし、それじゃあ本題に移ろう。これからの話だ」
リディがパンと手を叩く。ここからは真面目な仕事のお話だ。
二年近くこの国を離れていたわけだし、色々と変化がありそうだが……さて、一体どんな話が最初に——
「君は魔術界を支配しようか」
「ぴえ」
「リディアン卿、もう少し具体的にお願いします」
「わかってるよ。まずは何より、今の国際情勢についてだ。君達も一枚噛んでいたのか知らないけど、ヴェイリル王国が滅んで新たにヴァナヘイム共和国が起こったのは知っているね?」
「はい」
「此処で問題になるのが、旧ヴェイリル王国領は誰の土地って話」
「依然我々ミーミル王国の植民地であるか、それとも新たなヴァナヘイム共和国の領地であるのか……ですね?」
この話で一番最初に浮かぶのは、俺の故郷の村だ。
あそこはヴェイリル王国領にありながら、ミーミル王国統治下の開拓地であった。
まさか自分の故郷が領土問題の火種になるとは……
「昨今拡大している民主化の風潮とかを考えて、当然ながらミーミル王国は領土を譲らずに徹底抗戦の意を示すわけだが……なんとアスガルズ王国がヴァナヘイムに肩入れし始めたんだ」
なるほど、つまり植民地を渡さないとすると、ミガルズ共和国とヴァナヘイム共和国、そしてアスガルズ神聖国の三国を相手にしなきゃならないわけか。
「ダメなんですか? リディさんとルーデルさん、それに四大貴族や騎士団が総出なら、三国相手でもなんとかなりそうな気もしますが……」
「それがまた複雑でね、第一王子の派閥はあくまで共和国側との融和を望んでいるから戦争には消極的なんだよ。具体的には国の戦力の三分の一ちょっとが出し渋られるだろうね」
話ではアスガルズはミーミルにも勝るとも劣らない戦力を保持していると聞くし、先進魔道国家のミガルズ共和国も未知数だ。新興のヴァナヘイムはともかく、その二国に七割の戦力で挑まなければいけないのは確かに危ないのかもしれない。
「連日続いてる会議って、ひょっとしてそのことについてのものですか?」
「そういうことさ。これまた中々話が進まないんだよ」
「それで、その話と魔術会の支配(?)とやらになんのご関係があるのですか?」
「ああそれね。さっきマルテ王子の派閥は戦争に反対していると言っただろう?」
「はい」
「簡単に言うと、王子派の融和姿勢に反対する奴らも出てきてね、融和に反対している王女派との同調が起きているんだよ」
「寝返りみたいなもんですか?」
「いや、あくまで様子見の段階。こちらが何か大きなアクションを起こして力を強めたら寝返ろうという魂胆だろうさ」
ようやく話が読めてきたぞ。
リディ達王女陣営の力を強めるために、俺の魔術論文や魔道具の商標などを利用して魔術ギルドや商人ギルド、多数の貴族への影響力を持てと言うことか。
「だいたいわかりましたけど、研究室の方とかはどう確保すればいいですか? 前みたいに学園のものを使うわけにもいきませんし」
「大丈夫、君はムスペル王国のバルジーナ家のお家問題に巻き込まれて急遽帰国する必要ができたてことにして休学申請を出しておいたから」
まじか、そんなことしてくれたのか!
「君が逃げた時はそう言う手続きに苦労したよ。ルーデルにはまたムスペル王国を往復してもらったし、金もかなり使ったなあ〜」
「その節はご迷惑おかけしました。その、大変申し訳ありません……」
「うんうん。謝罪は良いから、是非ともその働きで返してくれ。細かいことは任せるから、次の指示まではアセリアやラトーナと協力して良い結果をね?」
「あ、はい! わかりました!」
ひとまずは学園でまた研究に励むということで今後の俺の方針決定し、その他の細かい話をしたことでリディとの話は終わった。
その後は夜も遅く、俺とラトーナには家もないと言うことで、騎士団詰所の一部屋を貸してもらうことになったのだが……
「まじか……」
うん、ベッドが一台しか無いのだ。
ラトーナと、俺が、同じ部屋を使うのに、一台しか、ベッドが、無いのだ。
いやいやいやいや、わかるよ?
リオンやレイシアも詰め所に泊まるから空き部屋が一つしかないのも、そこを夫婦の俺達が使うのはわかるよ?
でもなんでベッドが一つなんだよ。しかもこれ、ダブルならまだしも普通にシングルベッドじゃねえか! 狭いよ!
「ベッドもう一つ借りれないか聞いてくるね」
とはいえ俺はクレバーな男。
動揺は一切顔に出さず、スタイリッシュに対応す——
「まっ、待って!」
部屋を出ようとノブに手をかけたところで、ラトーナに服の裾を引っ張られた。
「え、えっと……その、もう夜も遅いし……みんな寝る支度で忙しいと思うの。だからその……ディ、ディンさえ良ければ……おおっ、同じベッドで寝たいわ……なんてね? あはは……」
先程までリディに見せていた毅然とした立ち振る舞いは何処へやら。耳まで真っ赤にして恥ずかしげに笑うラトーナを前に、思わず息を呑んだ。
「良いの……?」
緊張で裏返った声で、恐る恐るそう尋ねる。
据え膳食わぬは男の恥と言うが、こういう時にはガッついては相手を怖がらせてしまう。わずかに残った理性でそう自分に言い聞かせるのだ。
「あっ、でもその、子作りとかは出来れば別の機会にして欲しい……わ。帰ってきたばかりで体も清められていないし、心の準備もまだというか……」
エロいことは無し。
そう言われたのにも関わらず、俺の心拍は上がっていくばかりだ。
なんだよこれ、たかが添い寝でこんなドキドキしてんの? まるで俺童貞みたいじゃん。
あ、紛れもない童貞か。
「わかった。じゃあ寝ようか」
寝巻きに着替えて、二人で布団の中に潜る。
暖かい……レジスタンスにいた頃は一人だったし、布団は冷たかった。そして毎日のように悪夢にうなされていた。
「え、なんで泣いてるのよ……」
なんか天井が歪み出したと思ったら、そうか、いつの間にか涙がボロボロと溢れていた。
「あ、いや、なんか幸せだなって……こんな美人で素敵な人と夫婦になれて……」
「そうね、こんな美女は中々いないわね」
「うん」
「私だって、こんな良い男に娶って貰って果報者ね」
ラトーナはそう言って悪戯に笑った後、照れ隠しのように俺にキスをして背を向けた。
明日からまた忙しくなるので色々と憂鬱だったが、あの笑顔とキスが有れば年中無休で頑張れそうだ。
「おやすみ、ラトーナ」