第201話 譲れないもの
「ッッッ……!? おのれ……っ」
『禁魔領域』によって魔術を、龍脈術と俺による拘束で身体の自由を奪われたスペクティアは、その背中をアインに切り裂かれ地に伏した。
肩から腰にかけての袈裟斬り。
傷は深く、倒れたジジイの背中からはダラダラと血が流れ出している。致命傷だ。
祖父は倒れ、俺はまだこうして立っている。
勝った。
そう、エリート魔術一家のトップ、最強クラスの魔術師に俺たちは勝ったのだ。
「助かったよアイン」
「ううん、力になれてよかったよ」
刀身の血を払いながら笑う彼女の、なんと頼もしいことか。
まさか叫んですぐに駆けつけてくれるとは思ってもいなかった。
「なんとか……勝て、勝て……」
「ディン!?」
安堵した瞬間に全身の力が抜けて、膝から崩れ落ちかけたところでアインに支えられた。
「その腕……! 他に怪我は!?」
「平気、それに腕の血は止まってる……」
ところどころ治しきれてないが、身体の傷は左腕以外ほぼ問題ない。
左腕に関しては……うん、感覚がない。マトモに使えそうにないな。
「おいディン! 大丈夫か!?」
リオンが遅れてやってきて、俺のことを見てギョッとしていた。
そんなにボロ雑巾状態だったのかな。
「リオン君! ディンを運ぶから手伝って!」
「お、おう!」
「待て……まだジジイにトドメを……痛っ!」
「どう見ても致命傷だ! ほら早く行くぞ!」
リオンに頭を小突かれ、そのままアインと二人に担ぎ上げられた俺は広間をあとにした。
ーーー
「ありがとう、もう良いから二人とも」
少し進んだところで降ろしてもらい、自分で走る。
体力はかなり持っていかれたが、左腕以外の傷は完治、魔力も半分近く残っている。魔術中心の戦闘ならまだまだやれる。
「本当に平気なのかよ……左腕とかひでえぞ?」
「式場はあと少しなんだ。今更引き返すかよ」
祖父ことスペクティア•D•リニヤットは、万全の俺が挑んでも絶対に勝てない相手だった。
高い防御力、敏捷、そして多角的な攻撃とその破壊力。全てが高水準な魔術師の完成系とも言うべき男。全てにおいて俺を上回っていた。
ああして勝てたのはたまたま俺がラルドの息子であったから、そしてたまたまアインが近くで待機していてくれたからだ。
そんな奴と戦って左腕と魔導具の片割れだけで済んだのは、むしろ安いとも思える気がする……のはアドレナリンのせいじゃないはず。
「式場はすぐそこだ。行こう」
「改めて聞くけど、あくまでラトーナの奪還をしたらすぐ逃げるんだよな?」
「……場合による」
本当は問答無用で皆殺しにしてやりたいが……そうだな、二人が協力してくれてる以上は控えよう。
ゴールである式場に繋がる気取った装飾だらけのどデカい扉の前まで辿り着いた。
「なっ! 止まれ貴様ら!!!」
ーー死神之砲哮ーー
両脇に立っていた守衛二人がドアの前に立ち塞がったので、砲弾でそいつらごとドアをぶち抜いた。
「ラトーナ……」
ぶっ壊した扉を潜って最初に目に入ったのは、式場の奥で黒い礼服を着た男の隣に並び立つ、黒いドレスを着た彼女だった。
こちらを見て目を見開いてる彼女、記憶にある姿より大人びているが、均整のとれた美しい顔立ちはやはり彼女そのものだ。
「くっ、曲者!!!!!!」
ラトーナの所に向かってバージンロードをゆっくりと歩き出したところで、慌ててやってきた衛兵どもが俺達を取り囲んだ。数は八……十四人ほど、そこそこ多いな。
賓客どもは状況が掴めてないのか、座ったままこちらを見て呆気に取られている。
「動くな! 両手を上げ膝を——」
何やら警告を始めた衛兵だったが、喋り終えるのを待たずして射殺した。
それを見て賓客共はようやく状況を理解したのか、悲鳴を上げて逃げ惑い出した。
なんともめでたい連中だ。俺のことをサプライズゲストとでも思ってたのだろうか。
「静まれ!!!!!!」
そんな賓客の貴族共を一喝したのは、ラトーナの横に立つ礼服の男だった。
茶髪のしかめ面が張り付いた青年……そうか、この男が第三王子アルバートか。
「剣を」
「は、はい! こちらに……!」
神父のような男からやけに洒落た剣を受け取ったアルバートが、祭壇をゆっくりと降りる。
「たかが賊三人、この私が直々に葬ってみせよう! 残る衛兵は客人達の警護に注力せよ!」
「王子自らが……?」
「ここは大人しくしていた方が……」
アルバートの高らかな宣言によって会場は再び騒然としだすものの、彼はそれに構わずこちらに向かって構え、そして……
「うおっ!」
一息のうちに俺の元まで接近して、その派手な剣を振り抜いてきた。
想像より少し速くて反応がズレたものの、ボロボロだった左腕を囮にしてなんとか回避。
弾丸で間を潰しつつ改めて距離をとる。
今ので底は見えた。それなりの腕なのだろうが、今の俺どころかアインにも及ばない速さだ。
「ん? 貴様、あの時の……!」
弾丸を剣で弾きつつ、アルバートは目を見開いた。
どうやら近づいた時に俺の顔を見て、昔会ったことがあることを思い出したらしい。
「いつぞやの社交会ぶりだな。赤っ恥王子様」
「そうか、貴様は……ふふっ、はははははははははははッッ!!!」
コイツにとっては苦い記憶だろうに、何が面白いのかアルバートは、剣を構えたまま顔を押さえて肩を振るわせ出した。
隙だらけじゃないか。今すぐ撃ち殺そうかと思ったところで、遠隔通話にてリオンが耳元で囁いた。
《ディン、ソイツの剣も魔剣だ……!》
思わずどこかの青タイツのように『まるで魔剣のバーゲンセールだ』なんて言いたくなった気持ちを抑えつつ、思考を切り替える。
俺を前にしてこの余裕、まさか魔剣に相当の力が眠っているとか……
「やっと〝らしい〟ことをするようになったではないか。まさかとは思うが、目的は我が妻か?」
「……テメェの妻じゃねぇよ」
「はあ……品性を欠いた美しくない物言いだ。やはり貴様は相応しく無い」
「あ゛?」
「そして、貴様は私の質問に答えなかったな?」
「は? だからどうし——」
そう言いかけたところで、左手の違和感に気づいた。
そう、違和感だ。ボロボロで感覚がひどく鈍くなっていたはずの左腕に感じた酷い脱力感。
「ッ!?」
違和感の発生源に目を向けると、そこには鼠色に変色して硬化した俺の腕があった。
一言で表すなら石化。
先程アルバートから受けた傷がトリガーか、そこを中心に石化がかなりの速さで広がっている……!
ーー散弾ーー
このままじゃ全身石化する。
そんな思考が頭を過るよりも先に、俺は反射的に散弾で自分の左腕を跡形もなく吹き飛ばしていた。
「ぐっ……ううぅっ……!!!」
「「ディン!!!」」
前後からはラトーナとアインの叫ぶ声。
大丈夫、腕の感覚が鈍いおかげで痛みはそこまでじゃない。
魔剣の能力は石化。トリガーは相手の質問を無視することか……? 嘘をつくとかが本来のトリガーか?
何にせよ、能力の概要は掴んだ。
「来るな!!!」
肩口を止血しつつ、俺の方に来ようとしているであろうアインに、背を向けたまま言い放つ。
「こいつは、俺が、一人でやる……」
こいつは俺の前で、ラトーナを妻と呼称したのだ。
ならばこれは、俺とこの男の戦いだ。
「躊躇無しに己が左腕を捨てるか……修羅をその身に背負うだけはある、ということか?」
「お前なんて、右腕だけでもお釣りがくるってことだよ……」
「はは、言ってくれるな。だが、私は貴様のような大義なき蛮族に屈するつもりは毛頭ない。妻をくれてやる気もな」
いかにも強張った表情浮かべながら、アルバートはその派手な魔剣を構える。
おそらく、魔剣の石化による初見殺しが唯一の勝算であったのだろう。それを破られたとあれば、確かに顔も引き攣るものだ。
「そうか、なら押し通る」
土魔術で剣を生成し、俺も剣を構える。
魔剣のネタが割れた今、魔術で一気に制圧することも出来なくはない。
おそらくアルバートもそれはわかっている、わかった上で尚、逃げずに俺に剣を向けているのだ。
ならば俺はせめてもの礼儀として、コイツと同じ土俵……剣のみの決闘にて、正々堂々正面からねじ伏せよう。
「「……」」
いつの間にか、会場は静まり返っていた。
周囲の視線が集まっている。
アルバートと俺の視線がぶつかり合う。
中段に構えた剣と、重心の置かれた先足。
アルバートが見せたのは剣聖流『居合』の型、つまり先に動くのは……
「ハッ!!!」
アルバートだ。
先程と同じく、一足の跳躍にて俺の元まで肉薄し、そこから慣性を上乗せした横薙ぎの一撃が繰り出される。
どうやら口だけではなかったようで、それは王子という肩書きに似合わぬほど、洗練された動き。
剣聖流の初太刀は必ず外せ、なんて言葉があるくらいには彼らの一撃一撃は重い。
片腕の俺じゃ、この剣を正面から受け流すことは容易ではないだろう。
だからどうした。
俺が今までどんな化け物達と戦ってきたと思ってる。
「ふっ!!!」
ーー瞞着流受け手•飛沫ーー
素早く片膝をついて重心を落としつつ、逆手に持った剣の腹でアルバートの横薙ぎを頭上に受け流す。
居合を空振ったアルバートの胴はガラ空き。
しかし、こちらも片膝を突いたのですぐには攻撃に移れない。
なので、このまま崩しにかかる。
ーー疾風流•風車ーー
剣を地面に突き刺し、それを軸にしてアルバートの足を払う。
「うっ!?」
アルバートが体勢を崩して転びかけた隙を使ってこちらは立ち上がり、突き立てた剣は捨て置いて新たに短剣を生成して追撃に出る。
ーー疾風流•連撃剣ーー
片腕で威力が足りない分とにかく間合いを詰めて、速度重視の連撃を叩き込む。
「っ……軽いぞこの程度!」
速度重視とは言いつつも、所詮は片手のみのバランスの悪い連撃。苦い顔はしつつも、アルバートに捌かれてしまう。
やけに小回りの効く守り方……これはただの剣聖流ではないな。おそらくサラとかいう魔剣士が使っていた、対人用に改造された分派の太刀筋だ。
ーー獣王流・刈り払いーー
守りに回って剣聖流の命である踏み込みが甘くなったアルバート。
そこでダメ押しとばかりに魔力で形成した擬似尻尾を鞭の様にしならせ、アルバートの足を払う。
「くぉっ!?」
流石に尻尾を生やすのは想定外だったか、足を取られたアルバートは体勢を崩して地に背をつけた。
ここでトドメを指すことはせず、倒れたアルバートに剣を向けて俺は問う。
「もう終わりか?」
「ッ! 調子に乗るなッ!!!!!!!」
剣を振りながら再び立ち上がるアルバートからバックステップで距離を取り、間合いをリセット。
振り出しに戻ったところで短剣を捨て、新たに片手剣を再生成する。
そして第二ラウンド開始。
腰を落として剣は中段、剣聖流『居合』の型と見せかけて……
ーー剣聖流•空斬りーー
その場で剣を振り抜いて斬撃を飛ばす。
「っ!!」
斬撃に反応したことでアルバート受けのリズムが崩れたので、すかさず距離を詰めて剣を振り下ろす。
振り下ろした剣は受け止められた。
ーー獣王流•窮鼠の槍ーー
ので、剣は手放してその流れでアルバートの剣を握る右腕を掴み、その身を引き寄せると同時に顔面に肘打ちをぶち込む。
「んぐっ!?!?!?」
大量に吹き出た鼻血を抑えながら片膝をつくアルバートにトドメは刺さず、再び問う。
「終わりか?」
これは真正面からアルバートをねじ伏せる戦いだ。
故に、コイツが自ら敗北を認めるまで俺は戦いを止めない。
「……こんな、このような不条理は断じて認めない」
剣を杖にしてヨロヨロと立ち上がったアルバートが、俺を睨む。
「目前なのだ……今に至るまでに策を練り、敵を潰し、力を蓄え、汚名を被りながらも積み重ねてきたのだ。それが、貴様のような木端の蛮族一人に覆されるなど……あってはならない!」
そう言って鼻血を拭いながら構え直すアルバートの目には、依然として炎が宿っている。
これは長丁場を覚悟した方が良さそうだ。
「ましてや、高い知性と美貌を持つあの女の隣には、貴様のような血塗れの業を背負う者は相応しくない! あれは王たる者の伴侶でなければならない!」
「……それは、お前の方がラトーナに相応しいってことか?」
「貴様と比べれば、そうであろうな……! 戦場に花を植える阿呆がどこにいるというのだ!」
たしかにコイツの言う通り、俺みたいなクズの人殺しにラトーナは相応しくないのかもしれない。
そもそも、コイツは正式な手段を経て結婚しようとしてるわけで、常識的に考えれば俺はただの乱入者でしかない。
「そうだな……アンタが正しいんだろうな」
だいたい、恩人のリディを裏切って飛び出して、おまけに実家も消えてるもんだから、俺には帰る家がない。それで一体、どこにラトーナを連れ出そうって話だよな。
「だが譲らない。ラトーナは俺が連れていく」
たとえどれだけ相手が正しかろうが、俺……いや、俺達には関係ない。
俺は既に答えを持っている。彼女が託してくれた力によって得た確かな答えをな。
だから、俺が迷うことは、揺れることは決してない。
「わかったならとっとと剣を構えろ。降参ならさっさとそこをど——ッ!!」
立ち上がったアルバートは、俺が話終えるのを待たずして剣を振ってきた。
「おのれっ! おのれおのれおのれッ!!!」
しかし、その太刀筋に先ほどの精細さは感じない。体力もそうだが、ダメージを引きずっているのだろう。
だというのに、アルバートは剣を振り続ける。
「なぜわからない! 物事には正しき形があるのだ! それを私が整えようと言うのに! なぜ邪魔をする!」
「ヴェイリル王国をミーミル王国に売り渡すのが正しい形だとでも?」
もはやアルバートが落ちるのは時間の問題。
攻撃を捌く俺にこうして会話するほどの余裕が生まれているのが良い証拠だ。
「もはや滅びを待つばかりのこの国を! 継承権を持つ者の中で最も王に相応しいこの私が作り替えるのだ! そのために最適な手段を取ったまでだ!」
「お前が王に……ね!」
大振りを受け流しつつその胴体に蹴りを打ち込む。
足払いのダメージを引きずっていたのか、驚くほどにあっさりとアルバートは倒れた。
「かはっ……!」
「確かに、お前みたいに御託ばっかの嘘つき野郎には相応しいかもな」
「なんだ、と……?」
「お前、他人の才能を見抜けるんだかなんだか知らんけどさ、要は自分の才能がわからない不安を紛らわすためにそれっぽい地位が欲しいだけだろ」
「戯言を……知ったような口を聞くな」
「知ってるね、俺には他人の腹を暴く加護が宿ってるからな」
「ふっ……愚かな、私の『誠実之大鷲』の前で虚言を吐いたな? 再び石化が始まるぞ」
なるほど、質問を無視するだけじゃなく、嘘を言うのも魔剣の石化対象か……概ね予想通りだな。
だが残念。この能力はラトーナと別れたあの日、路地裏でのキスと共に譲渡された彼女の持つディフォーゼ家の『英雄王の遺産』に由来するもの。嘘でもなんでもない。
こうして石化が始まらないのが何よりの証拠だ。
「馬鹿な……私はそんな——うぐっ!?」
受け入れ難い事実を前に顔を歪ませ、立ちあがろうとしたアルバートだったが、再び膝から崩れ落ちて尻餅をついた。
「くそっ、足が上手く動か…………」
忌々しそうに己の足元に目をやったアルバートの表情が固まった
何事かとアルバートの視線を追うと、すぐに答えは見つかった。
「え……」
アルバートの足先から、石化が始まっていた。
そう、天秤の魔剣は静かに彼の敗北を告げたのだ。