第200話 嵐穿つ閃光
【ディン視点】
最大の障壁であった金ピカ鎧は、ラルドのお陰でなんとか突破することができた。
レイシアとクロハの離脱は痛手だが……ここから先は俺達三人で何とかなると信じたい。
「この先が式場か!?」
「ああ、そうだ!」
現在俺達は三階に到達。
場内の図を把握しているアインとリオン曰く、三階は式典などに多く利用されるため構造は二階や一階と比べてシンプル。なのでこの先の廊下の交差点となる広間を通過すれば、ほぼゴールしたようなものだ。
「侵入者だ! お前は報告に行け!」
「はっ!」
広間まであと少しと言うところ、そこそこ広い廊下には両端に衛兵が二人。
一人は足止めに残り、もう一人は応援を呼ぶために背を向けて走り出した。
「させねぇ!」
「うん!」
それを見るや否やアインが足止めの近衛兵に斬り掛かり、リオンが逃げた衛兵の足を迅速に射抜く。
「ナイスだ!」
そうして動きの鈍った衛兵二人を俺が射殺。これで増援を呼ばれることはない。
「弱いな」
三階に上がって最初の接敵だったが、出た感想はその一言だった。
一階、二階の衛兵と比べると警備が薄いのも気になる。
考えられるのは罠……もしくはここまで敵が来ることを想定していない? あの金ピカ野郎が出張ってるから問題ないと思ってるとか?
あとは式典の警備は最小限に留めたい慣習や宗教的な要因があるのかだな。
「急ごうぜ、式はもう始まるぞ」
ともあれリオンの言う通りなので、再び走り出す。
どんな理由があろうと俺たちに好都合なのは変わりないんだ。
誓いのキスとかがあるかは知らんが、そんなクソイベが始まる前に早く彼女を奪還せねば。
「……止まれ」
廊下の合流地点である比較的小さな広間に着いたところで、続く二人を制止した。
衛兵の類は一人として見られないが……
「なんだあの爺さん……」
広間の中央には老人が一人。
装飾の多さや整った頭髪や髭からして身分は高いように見える。服の色が茶色に統一されてるということは、式典の参加者だな。
なんか立ち姿からして武人には見えないし、ここは無視して——
「ディン!!!」
止めていた足を再び動かそうとした時、突然アインが俺を押し退けて前に出て……
「え」
その直後、俺達の背後の壁には袈裟斬りされたようなでかい亀裂が入った。
「戦士であればやはり気づくか。面倒な……」
淡々とした雰囲気で悪態をつく老人。
なんだ今の攻撃は……全然反応できなかった。
壁に刻まれたやけに綺麗な亀裂は斬撃の痕? つまり今のは見えない飛ぶ斬撃……?
「ディフォーゼ家の人間か……!」
「ふん、賊如きに名乗る名など持ち合わせていない」
なるほど魔術師か。道理で武人の気配がしないわけだ。
そのくせして武人の如く殺気を決して攻撃してくるとかどういうことだよ。
アインが守ってくれなきゃ、俺は今頃真っ二つになってだぞ。
「全く、三階に張られた結界を破るほどの輩が何者かと思えば、斯様な童と娘だとは……」
「結界?」
何言ってんだ?
結界なんか張られてなかったぞ?
範囲を絞って慌てて張り直したのか? それならやけに手薄な警備にも納得がいくが……いや、今はどうでもいいな。
「アイン、あいつの魔術が見えてるのか?」
「見えてはないけど……肌で感じるよ」
「俺も気づけるけど、体が追いつかねえ……」
武人であるアインと狩人のリオン、語感の鋭い二人は相手の斬撃を感じ取れる。でも魔力的な感知は不可能。
フィノース家の水魔術と違って、相変わらず仕組みが理解不能もいいところだが……
「アイン、リオンを守ってくれ」
竜巻を体に纏いつつ、アインの前に出る。
ディフォーゼの斬撃は風の鎧で軽減できることはわかっている。この手練れ相手にどこまで通用するのかはわからないが、手負のアインを混ぜるより、魔力にかなり余裕のある俺一人で相手するべきだろう。
「斬撃にも気付けぬ未熟者が前に出るか。蛮勇も行き過ぎれば滑稽だな」
「そうかもな!」
ーー電磁弾・連ーー
悠長に髭を撫でている老人に向けて、磁石弾をマシンガンのごとく連射する。
片手で磁力付与を担う分、放てる弾丸の総量は減るが、ラトーナやアセリアと改良したこの魔道具はそれを感じさせない連射力を見せてくれる。
しかし放たれた弾丸は、老人に向けられたものは彼に届くことなくその手前で粉微塵。狙いがずれていた弾丸だけがその形を保ったまま老人の背後の壁にめり込んでいく。
やはりというか、風の盾を展開して防いできたか。
「ふん、力に任せた勢いだけの魔術。品性の欠片もない」
老人は表情ひとつかえず、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「殺しの道具に品性がいるかよ!」
だが別にこれは想定内。
少しサイドステップを踏んで、壁にめり込んだ弾丸と俺の対角線を老人に重ねる。
ーー磁場魔法陣ーー
あとは例の如く最大出力の磁力を展開し壁の弾丸を再度引き寄せ、その軌道上にいる老人を背後からつらぬ——
「チッ……」
背後から老人に向かって高速で迫った弾丸も、着弾することなく先ほどと同じように粉砕。
魔力に頼らない背後からの二重射撃、魔力感知に頼らない武人でもなきゃ気づけないこれを防いだ……?
「終いか」
「いいや!!!」
まだ攻めてくる様子はない。もう完全に舐められているな……だが好都合!
ーー死神之砲哮ーー
老人の四方に魔法陣を展開。そこからノータイムで砲弾をぶっ放す。
響く轟音と漂う土煙、そしてその中には老人の影がある。
「若いな」
そう言いながら、風で土煙を払う老人。
やはりと言うべきか全く通用してない。
でもわかったこともある。
おそらくこの老人は俺と同じく、身体に竜巻を纏うことで全方位からの攻撃を防いでいるな。
いや、俺と同じというか、俺が見様見真似でやってるから、本家であるあっちの方が練度は圧倒的に上だけどね。
あっちの方が範囲広いし、俺が鎧なら向こうはバリアだな。
「もうよい、程度が知れた」
老人の眼光が鋭くなり、俺は咄嗟に纏っている風の出力を高めた。
「ッ!!」
直後には、俺の体の節々に裂傷が刻まれる。
致命傷じゃないが、傷はかなり深い。
全力の風の鎧で威力を軽減してこれってことは、無防備なら腕とか両断されてるってことか……? 怖すぎる。
「くっ……!」
後ろでリオンを守っていたアインに一瞬目を向けると、いくつも傷を負っているのが見えた。
俺達が二人揃って足を止めざるを得ないとかこのジジイ……いったい一度に幾つの斬撃を飛ばしてるんだ。
「平気か! もっと下がれ!」
「で、でも……!」
「いいから!」
ーー治癒刻印ーー
攻撃に耐えられないアインを戦線から離脱させつつ、体中の傷を治療する。
血文字を描くことによる刻印の発動を無詠唱の治癒魔術か何かと勘違いしたのか、ジジイの目が少しだけ見開いた。
まだ確定じゃないが、このジジイは珍しい魔術を目にすると、観察しようとして攻撃の手をやや緩める気質があるかもしれない。
実力差からくる余裕と、極まった魔術師としての本能的なものだろうか……
何にせよ、俺が固有の魔術を使えばそれだけ突破口を考えられる時間が増える、かもしれないということだ。
ーー土槍ーー
仮説を検証する時間はないので、すぐさまジジイの足元に魔法陣を展開。
「む」
速い。
魔法陣から円錐の岩が突き出すよりも早く、ジジイが横に飛び退いた。
ほぼ魔法陣が展開された瞬間にその存在に気づいていたように見える。そんでもってあのスピードは風を利用しているのか?
「練度が甘いな」
言われなくてもわかってるわ!
くそ、これでも上級魔術の速射は練習した方なのに……って違う、そうじゃない!
とにかくあの風の鎧の攻略法を考えろ。そして攻撃の手を止めるな!
ーー閃光弾ーー
「!?」
今度は目眩し。
ーー死神之糾弾ーー
そして目が眩んで直立不動となったジジイの足元に展開した魔法陣から弾丸をぶっ放す。
「だめか!」
やはり、魔法陣を展開した瞬間に回避行動を取られる。
追撃で飛び退いた先に魔法陣を設置しても、直前で方向転換して避けられる。
目潰し状態でも余裕で避けるあたり、とにかく魔力探知の精度が高いんだろう。
「お返しだ」
ジジイの前に魔法陣が展開され、そこから半透明の球体が出現した。大きさにして一メートル、かなりデカい。
「!」
背筋が凍るような感覚に襲われ、咄嗟に磁力の反発で横に飛び退く。
するとそこから一秒としないうちに、俺が立っていた場所を半透明の球体が駆け抜けた。
「ひぇっ……」
思わず小さな悲鳴が漏れた。
直感は当たっていたようで、球体が通って軌跡と重なる床は、ものの見事に抉れていた。
触れたものを粉微塵にする球体か、またとんでもないものを……
なんて思っていたら、その球体が俺を取り囲むようにして更に三つ出現した。
「いっ!?」
ジジイの手掌の動きに連動して、計四つの半透明の球体が俺を押し潰すように各方から迫る。
ーー濃霧ーー
咄嗟に広間を霧で覆い尽くして身を隠し、磁力の反発ジャンプで球体の方位から抜け出す。
霧は数秒と経たずに払われ、半透明の球体が再び俺を追尾し始めるが、更なる攻勢に出る。
ーー発石ーー
ジジイの頭上に魔法陣を展開、そこからノータイムで重金属の塊を叩きつける。
材質の高度は俺の知る限り最高、あのフィノース家の『神槍』をも受け止めたタングステン。
落下した黒色の金属塊がジジイの風バリアと衝突し、ギリギリと耳をつんざくばかりの金属音が周囲に響き渡る。
しかし、金属塊が破損する気配は無い。やはりタングステンならばあのジジイのバリアに耐えられ——
「うおっ!?」
死角から飛んできた半透明の球体を、身を捩って紙一重で躱す。
自分を押し潰さんとのしかかってくる金属塊を持ち上げるので手一杯だと思ったら、普通に球体の方の操作も続行かよ……いやそれとも、自動追尾なのか? なんにせよ止まってくれないのか!
「ふん!」
四つの球体から逃げ回りながらジジイの様子を見ていると、しばらくしてジジイはバリアにのしかかっていた金属塊を跳ね除けてしまった。
その際の衝撃波はジジイの足元に小さなクレーターを作り、余波が俺の体を揺らしたほどだ。
空いた口が塞がらないとはこのことか……重金属すら吹っ飛ばす魔力出力は流石に想定も良いところ。
しかし、そうして絶望する時間すらジジイは満足に与えてくれないようだ。
「猪口才な!」
「うぐっ!?」
怒涛の勢いで迫る不可視の斬撃の嵐が、再び俺の身を削る。
さらにそこに、触れたら終わりの球体が追い打ちの如くやってくる。
風の鎧による斬撃の軽減。
刻印による傷の即時治療。
磁力の反発を利用した高速移動による球体の回避。
とにかくその三つだけを一心不乱にこなし続ける。
今はなんとか凌げてるが……このままじゃまずい。
風の鎧も磁力の操作もここ最近得た技術だから、いつミスが出てもおかしくない。
どっちか一つでも失敗すれば、ドミノ倒しのようになって致命傷へと特急券となる。
ーー岩礫ーー
このままじゃジリ貧。
なんとか現状を打破しようと、拳大のタングステンの塊を数発、ジジイに向けてぶっ放す。
重いから飛ばすためにそれなりの魔力を持ってかれたが流石はタングステン、風のバリアに触れても崩れず拮抗している。でもバリアを突破とまではいかないのか……
「なら!」
こんどは弾数を一つに絞り、ありったけの魔力と回転を加えた礫をジジイに撃ち込む。
「む!?」
今度は成功か、放たれた礫はバリアにぶつかって速度を落としつつも、その不可侵を破って着実にバリアの奥に突き進んでいく。
これならいける。
刹那の中でそう確信して次弾の準備に入ろうとしたその時。
ジジイは礫を受け止めるのではなく、受け流したのだ。
己を中心とした時計回りの風の流れを作ったのか、俺の放った礫はグルリとジジイの周りを半周してそのまま俺の元へ跳ね返ってきた。
「うっ!?」
高速で戻ってきた超硬度の礫だったが、咄嗟に避けることは出来た。
でもそのせいで、足元の磁力操作に失敗し、俺は体勢を崩す。
そして無防備になった俺の元には、未慈悲にもあの半透明の球体が飛んでくる。
慌てて不安定な体勢から無理やり回避したので避け切る事ができず、球体に掠った俺の左腕は魔導具ごと半分近くが抉られた。
「あ゛あ゛ぁぁぁっ!!!」
痛い、痛い、熱い。抉られた腕から体の芯なかけて不快な衝撃が駆け巡る。
意識が飛ばなかったのは、拷問のせいで痛みに少し慣れていたからか。
ーー治癒刻印ーー
体勢を立て直しながら治療を試みるが……ダメだ、傷が深すぎて刻印魔術じゃ止血程度にしかならない。
ああくそ、寒気と吐き気が遅れてやってきた。
しんどい……でも攻撃を避けるために足は止めない。そして痛みを誤魔化すために思考も回し続ける。
考えろ、格上のこいつをどう殺す?
あのバリアだ。アレさえなければやりようがあるんだ。
唯一バリアが張られてないジジイの足元を狙っても避けられた。バリアを貫通できそうな弾丸は受け流された。
威力もスピードもこちらは全力……つまり正面突破は無理。
ーー抵抗刻印ーー
バリアの内側、ジジイの背後の空間に突如浮かび上がった、青白く輝く魔力の文字。
魔力感知の鋭いジジイはすぐにそれの出現に気づき逃れようとするが、それは叶わない。刻印の発動は普通の魔術よりずっと速いからだ。
「む!?」
ジジイが避ける間も与えずに空中に形成された文字からは光が溢れ、同時にジジイを覆っていた風のバリアが強制解除される。
「今!」
上手くいくとは思ってなかったので慌てて炸裂弾を放つが、少し遅かった。
弾丸が到達する前にジジイが風のバリアを再展開してしまった。
バリアを解除出来るのは一秒ちょい。大丈夫、次は完璧——
「え——」
突然、ジジイが俺の視界から物凄い速度で遠のいた。
「ガハッッ!?」
なんて思ったら直後、背中から全身にかけて強い衝撃が走り、思わず肺の空気を全て吐き出した。
あれ、なんで後ろに壁が……
いやそうか、俺は吹き飛ばされたのか。
全然相手の魔術に反応出来なかった。
「侮っていたことを謝罪しよう。教義に反するが、いち早く仕留めるべきと今判断した」
ジジイがゆっくりとこちらに歩いてくる。
俺は逃げようと背中を預けていた壁から起き上がろうとするが、身体にうまく力が入らない。
「賊ではあったが、最後に名を聞いてやろう」
刻印による治療でなんとか立ち上がった俺の前で足を止めたジジイが、偉そうに鼻を鳴らした。
舐められてる。もう勝ったも同然ってか。
「人に名を……尋ねる時は、まず、自分からだろ……」
最低限の治療は出来たものの、既にここはジジイの間合い。少しでもおかしな動きをすれば俺は真っ二つにされる。
躍起になった俺は未だ息も整わぬまま悪態をついた。
「私はスペクティア•ディフォーゼ•リニヤットだ。さあ名乗れ」
くそ、なんであっさり名乗るんだよ。
あ、でもこいつ……そうか、この人が……
「ディン、ディン•オード……アンタのかわいいお孫様だよ」
ジジイが目を見開いて、目の前の俺のフードを乱暴に剥がした。
「なっ……お前が……!」
唖然とはこのことか、ラルドによく似た顔と特徴的な銀髪を前に、ジジイは言葉を失っていた。
理由はわからんが、よほど衝撃なのだろう。目の前の爺さんは酷く隙だらけに見えた。
その瞬間、絶望で濁りきっていた俺の視界が、突然クリアになる。
あ、いける……勝てる……
そう思った時には既に、俺はジジイに抱きついていた。
「何を——」
「これより一切の奇跡を禁ず」
抱きつくと同時に行った詠唱短縮によって発生した結界が、俺とジジイを包む。
「む!?」
俺がなんの魔術を使ったのかに気づいたのか、ジジイの顔から途端に余裕が消える。
『禁魔領域』、結界内での魔術の行使を一切封じる欠陥魔術だ。
これでコイツは今、魔術を使えない。
「斯様なものでこの私が!!」
ーー龍脈術•棘の枷ーー
結界から出ようと抱きついた俺を振り解こうとするジジイを、俺ごと魔力の蔓でさらに縛る。
雁字搦め、これでジジイは完全な無防備だ。
「ッ……!」
でもダメだ、俺はジジイを抑えるので手一杯。
だから、誰かトドメを刺してくれる人が欲しい……!
「アインッッッ!!!」
もしかしたらもう退避してしまったかもしれない。
声は届かないかもしれない。
それでも最後の力を振り絞ってそう叫ぶ。
その直後、廊下の陰から閃光の如く飛び出してきたアインがジジイの背中を切り裂いた。
結構前から描写してますが、ディンはずっとフード付きの黒いコートを羽織ってました。




