第24衝 試練の鑑連
「備中、来い」
「はっ」
主人鑑連は今日も府内の町を歩む。面会を求めて訪ねるのは吉岡邸だけではない。臼杵、志賀、雄城と有力者の家を巡っている。だいたい連れて行かれるのが森下備中であるため、
「なぜお前ばかりが連れ出してもらえるのだ」
と内田が妬みを撒き散らし迷惑な備中。が、僅かな思いやりを込めて、
「もはや、一隊を指揮する身ともなれば軽々しく外出もできないのではないか。責任ってやつさ」
「えー……」
納得しきれていない内田左兵衛尉だが、主人が自分を連れ出す理由について、備中自身にも明確な理由はワカらない。そもそも、なにもかも説明してくれるような上司でもない。
ある日、何度目かで吉岡邸へ向かう主従は、その方面から去りゆく二人の貴人を見た。
「殿、身なりの良い方々ですね」
「チッ」
「!」
なんと舌打ちをされるとは。が、鑑連は明らかに機嫌を悪化させていた。自分が原因ではないのがせめてもの救いか。
吉岡邸に着くと、例の門番が平和に暇を盗んでいくらかだらけていた。
「ひっ」
鑑連を見るや一気に歴戦の勇者の如く、姿勢を正した。そんな門番を無視して邸内に入る鑑連。備中は、門口で主人の用事が済むを待つ。こんな事の繰り返しで、多少仲良くなった門番と会話をして時間を費やす。
「あれからため息をつけなくなったよ」
「でしょうね」
「今日は特に客人が多いから、かったるいよ」
嘘つき、と腹で呟いた備中。先程見かけた貴人の話を向ける。
「先程すれ違いました。身なりの良い人でしょ」
「そう。一万田様だ」
「えっ!」
驚く備中。
「義鎮公に粛清されたあの?」
「そう」
「いき、生き残りですか」
「無罪とされた御子息だよ。一門の復活のため、死ぬ気で奮闘中らしい。見てて痛々しいほどだ」
「へえ……もう一人いたようだけど」
「それは筑後勢を率いて来た高橋様だよ」
「高橋様?」
「粛清された一万田ご兄弟のご舎弟……って戸次様の家臣のくせに」
「ふ、不勉強でして」
「本当に知らないの?義長公に付いて、普段は周防に行ってる方だよ」
自分の田舎無精を恥じる備中。恥をかかぬためにもっと大友家のことを勉強しよう、と決意する。
主人が外へ出てきた。帰るぞ、とも言わずに出て行く鑑連を追って、門番への挨拶もそこそこ走り出す備中。そんな下郎を気の毒そうに眺めていた門番が、ふと胸元に手を持ち不思議な仕草をしたのが見えた。
「夜討にございます!」
「夜討にございます!」
ある夜、悲痛な声が響き渡った。飛び起きた備中、苦手な刀を手に広間へ走り出す。
庭から夜闇を見てみれば、それは夜というのに紅く染まっている。
「うわ、火事……いや、夜討、放火か!」
邸の警護役、のはずの内田がやって来る。すでに鉢金を締めて気合十分だが、どこか寝ぼけ眼だ。寝巻きに愛刀千鳥を持った鑑連もやってきた。なかなか堂にいって似合う無作法である。そして、
「敵は」
全てを見通しているかのごとく、静かに語る。
「敵は本庄、中村ら素性賤しい輩共の兵だ」
なぜワカるのか。問う目を投げかける備中と内田。そこに乱れた格好の戸次叔父、戸次弟らが跳んで入り騒ぎ出すも、
「皆静まれ。邸宅周りはすでに由布が警護している。敵の狙いは義鎮公その人だ。故に、この邸宅が今すぐに戦場となることはない」
それを聞いて内田が叫ぶ。
「で、では、すぐに公の館へ駆けつけましょう!」
その言葉にまるで反応を示さない鑑連。外で歓声や悲鳴、鬨の声のような叫びが起こっている。広間では法螺貝の音、鐘の音も良く響いて聞こえる。
「て、敵は近づいております!兄上ぐふっ」
見っともなく叫ぶ弟の顔を叩いて黙らせる鑑連。
「何度も言うが、この邸宅がすぐに戦場となることは無い。義鎮公の館から僅かにでも距離があるためだ」
「むしろ……」
むしろ何か。という目で、その言葉を発した備中を広間の全員が見つめる。備中、意を決し口を開いて曰く、
「むしろご老中衆……吉岡様、臼杵様、雄城様の邸宅こそが戦場に近いはず。敵の狙いは、義鎮公とご老中衆の抹殺ですか!」
「だろうな」
何ということだろう。この国は内乱ばかり。府内が戦場になるのは、もう三度目だ。
「義鎮公もそうだが、各老中たちは広い邸にそれなりの兵を置いているものだ。敵が勢いに勝ろうが突破には苦慮するだろう。また、敵の本庄隊、中村隊の他にも叛逆者がいるかもしれん。迂闊には動けないが、ワシらは絶好の位置にいる。忘れるな」
「殿の動き一つで、全てが決まるということですね」
思わず口にした備中の名句に、珍しく満足したのだろう。ひまわりのような笑顔を向けてくる鑑連。パカ、と開いた口から、笑い声も聞こえてくる。ひとしきり笑ったのち、鑑連は戸次弟へ命じる。
「急ぐ必要はない。慌てず、確実に、いつもしているように出陣の仕度を怠りなく目配りしろ。出陣はそれからだ」
そして備中を見て、
「仕度が整うで、様子を見るか。ついてこい」
はひっ、と妙な声が漏れた森下備中。外は戦場なのだから再考を願いたいが、不服従はそれだけで地獄であり、絶対に勝ち目のない戦場に他ならぬ、と観念するしかなかった。
それでも、と森下備中は考える。やはりなぜ主人は敵の素性が本庄隊、中村隊だと知っていたのだろう。鑑連の背をジッと見つめていると、覚えのある気配を確かに感じる備中であった。




