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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
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第23衝 兇察の鑑連

 しばらく素寒貧状態余儀ない森下備中。仕事に専念する。


 一方、家督も譲り、用済みとなった古女房も追い出して、身軽になった鑑連はご機嫌そのもの。それは、くだらない話題に関心を向けている、ということからも明らかだ。


「備中、石宗に指を嘗めさせていたそうだが、何の真似か」


 殿、それは少し古い話ですぜ、と腹の底で小さく毒づいた森下備中。


「はっ、医の心得があるという事で。負傷の具合を診る、という事で」

「まあ、イヌでも唾くらいは付けるか。で、具合は」


 殿、傷をつけたのは殿ですぜ、と腹の底で小さく叫んだ森下備中。入田の方に施しを与えたためだろうか、心に確かなものを感じ、常よりも強い反骨の心が宿っているようであった。しかしてとりあえずは、


「はっ、良く、治り始めております」


と素直に返す。 ほう……と深く息を吐いた鑑連、


「天下の往来の中、恥をかいた甲斐あったということか」


と話を着陸に向けてきた。さっさと御意と言え、という事だ。しかと察知した備中は、


「御意」


と明快に答えるのであった。



 鑑連、続けて唐突に、


「小原を始末する」


 いくつかの間の後、ようやく言葉を発する備中。


「な、なぜ小原様を?」

「あの者が着任してから、あの肥後が治まってしまっているではないか」

「結構な事ではありませんか」

「おい。貴様何年ワシの家来をしている」


 恐怖で息が止まる備中に構わず話を続ける鑑連。


「肥後はワシが頂くつもりでいたのだ。小原を放置すれば、肥後は固められてしまう。ワシの邪魔をする輩には死んでもらう」

「ええっ、そんな理由で」

「何か言ったか」


 二度睨まれれば、声が出なくなる。恐怖の眼光だ。


「ヤツには弱点も多いのだ、ねらい目を突くは戦の常道だろうが」

「弱点……そ、それはやはりお家柄、でしょうか」

「そうだ。これが義鎮公からの疑念の発端になる」

「弱点が多い、という事は他にもまだあるのですね」

「なんでもできるってことだ。それは反面、人望が無いから自分で何もかもやらざるを得なかった、ということもありうる。ワカるな?」

「殿、ワカりません」

「馬鹿だね、お前は。なんでもかんでも自分でやるってことは、他者を必要としないという事だろ。となれば、肥後北部の連中は冷や飯を食う。結果、小原の敵に回る。御しやすかろう。それに小原は前老中。家中で最も多い兵を動員できる。恐れもあれば、妬みもある。容易に始末できるというもの」

「それを言えば、殿もなんでもご自身で為さっております。危険ではありませんか」

「本当にお前は馬鹿だな。政に関しては、老中どもに口を出しておらんだろうが。これはこれで、信頼されるのだ。謀は吉岡のジジイに、咒は石宗に任せている。戦争だって、佐伯や小原に表立って反対はしなかったろ。一万田兄弟の粛清も、あれは義鎮公が望んでいたのを、ワシが道を示して差し上げたのだ。吉岡ジジイは反対していたが、最後は流れを受け入れている。まるで問題ない。忘れるな、ワシは義鎮公擁立の立役者だ。それでいてここ数年。裏方に徹してきてやったのだ。ついに自分のために、肥後守護代小原を始末する。それの何が悪い」


 確かに、鑑連の性格からして、そろそろ忍耐の限界なのかもしれない。


「石宗殿に占ってもらいましょう」

「よせ。天なにをかいわんや、だ。何も仰せではないぞ」

「さ、左様で」

「やるなら確実に小原を消さねばこちらが危ない。確かな実力者だからな。よって、こんな時は石宗ではなく、妖怪を訪ねるべきだな」

「妖怪ですか」


 というわけで、吉岡邸にやって来た気の早い戸次主従。備中は門番に取り次ぎを願う。


「急な事ですが、お願いします」

「お約束ではないのですか」

「か、火急のことなので」


 いつもの門番と違い、鈍い男だ。


「火急とは何事でしょうか」

「き、機密で話せませんが何卒……」

「はあ」


 刹那、いかづちの如く門番に飛びかかる主人鑑連。備中がひょっ、と言う間に、門番の口に鉄拳を叩き込む。ものすごい音がした。鑑連は羅刹そのままの悪鬼面で、暴雷の挙を緩めない。門番の悲鳴と鑑連の怒号が響く。


「ふごごー!」

「貴様、誰の前でため息つこうとしていやがるんだよ。ワシはため息が大嫌いなんだ。次やったら殺すぞ!」


 恐怖のあまりに頷く門番に、鑑連言い放つ。


「取り次げ」

「ふぁっ、ふぁぃ!」



「相変わらず無茶をする」

「申し訳ない事で」


 ちっとも反省していない事明らかに対坐する鑑連、そして長増。ここに備中の居場所などないし、その方が気楽である。


 未だに顔面蒼白で震えている門番を慰めて、時が過ぎるを待つ森下備中であった。

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