第23衝 兇察の鑑連
しばらく素寒貧状態余儀ない森下備中。仕事に専念する。
一方、家督も譲り、用済みとなった古女房も追い出して、身軽になった鑑連はご機嫌そのもの。それは、くだらない話題に関心を向けている、ということからも明らかだ。
「備中、石宗に指を嘗めさせていたそうだが、何の真似か」
殿、それは少し古い話ですぜ、と腹の底で小さく毒づいた森下備中。
「はっ、医の心得があるという事で。負傷の具合を診る、という事で」
「まあ、イヌでも唾くらいは付けるか。で、具合は」
殿、傷をつけたのは殿ですぜ、と腹の底で小さく叫んだ森下備中。入田の方に施しを与えたためだろうか、心に確かなものを感じ、常よりも強い反骨の心が宿っているようであった。しかしてとりあえずは、
「はっ、良く、治り始めております」
と素直に返す。 ほう……と深く息を吐いた鑑連、
「天下の往来の中、恥をかいた甲斐あったということか」
と話を着陸に向けてきた。さっさと御意と言え、という事だ。しかと察知した備中は、
「御意」
と明快に答えるのであった。
鑑連、続けて唐突に、
「小原を始末する」
いくつかの間の後、ようやく言葉を発する備中。
「な、なぜ小原様を?」
「あの者が着任してから、あの肥後が治まってしまっているではないか」
「結構な事ではありませんか」
「おい。貴様何年ワシの家来をしている」
恐怖で息が止まる備中に構わず話を続ける鑑連。
「肥後はワシが頂くつもりでいたのだ。小原を放置すれば、肥後は固められてしまう。ワシの邪魔をする輩には死んでもらう」
「ええっ、そんな理由で」
「何か言ったか」
二度睨まれれば、声が出なくなる。恐怖の眼光だ。
「ヤツには弱点も多いのだ、ねらい目を突くは戦の常道だろうが」
「弱点……そ、それはやはりお家柄、でしょうか」
「そうだ。これが義鎮公からの疑念の発端になる」
「弱点が多い、という事は他にもまだあるのですね」
「なんでもできるってことだ。それは反面、人望が無いから自分で何もかもやらざるを得なかった、ということもありうる。ワカるな?」
「殿、ワカりません」
「馬鹿だね、お前は。なんでもかんでも自分でやるってことは、他者を必要としないという事だろ。となれば、肥後北部の連中は冷や飯を食う。結果、小原の敵に回る。御しやすかろう。それに小原は前老中。家中で最も多い兵を動員できる。恐れもあれば、妬みもある。容易に始末できるというもの」
「それを言えば、殿もなんでもご自身で為さっております。危険ではありませんか」
「本当にお前は馬鹿だな。政に関しては、老中どもに口を出しておらんだろうが。これはこれで、信頼されるのだ。謀は吉岡のジジイに、咒は石宗に任せている。戦争だって、佐伯や小原に表立って反対はしなかったろ。一万田兄弟の粛清も、あれは義鎮公が望んでいたのを、ワシが道を示して差し上げたのだ。吉岡ジジイは反対していたが、最後は流れを受け入れている。まるで問題ない。忘れるな、ワシは義鎮公擁立の立役者だ。それでいてここ数年。裏方に徹してきてやったのだ。ついに自分のために、肥後守護代小原を始末する。それの何が悪い」
確かに、鑑連の性格からして、そろそろ忍耐の限界なのかもしれない。
「石宗殿に占ってもらいましょう」
「よせ。天なにをかいわんや、だ。何も仰せではないぞ」
「さ、左様で」
「やるなら確実に小原を消さねばこちらが危ない。確かな実力者だからな。よって、こんな時は石宗ではなく、妖怪を訪ねるべきだな」
「妖怪ですか」
というわけで、吉岡邸にやって来た気の早い戸次主従。備中は門番に取り次ぎを願う。
「急な事ですが、お願いします」
「お約束ではないのですか」
「か、火急のことなので」
いつもの門番と違い、鈍い男だ。
「火急とは何事でしょうか」
「き、機密で話せませんが何卒……」
「はあ」
刹那、いかづちの如く門番に飛びかかる主人鑑連。備中がひょっ、と言う間に、門番の口に鉄拳を叩き込む。ものすごい音がした。鑑連は羅刹そのままの悪鬼面で、暴雷の挙を緩めない。門番の悲鳴と鑑連の怒号が響く。
「ふごごー!」
「貴様、誰の前でため息つこうとしていやがるんだよ。ワシはため息が大嫌いなんだ。次やったら殺すぞ!」
恐怖のあまりに頷く門番に、鑑連言い放つ。
「取り次げ」
「ふぁっ、ふぁぃ!」
「相変わらず無茶をする」
「申し訳ない事で」
ちっとも反省していない事明らかに対坐する鑑連、そして長増。ここに備中の居場所などないし、その方が気楽である。
未だに顔面蒼白で震えている門番を慰めて、時が過ぎるを待つ森下備中であった。




