表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
23/505

第22衝 罰一の鑑連

 主人の離縁を伝えさせられるというのに、書状一つ渡してくれない鑑連、上機嫌に呟く。


「御先代からの宿痾はこれで全て片付くというもの……クックック」


 悪鬼面の主人を見て、ここまで無慈悲になれる人もそうはいない。何が、彼を、そうさせたか、とついに感慨深い感情を胸に宿す備中であった。



 入田家から入った妻を、鑑連は離縁するのである。しかも離縁を自分で言い渡すのではなく、近習の口から伝えさせるという冷酷なやり方で。確かに子供ばかりか会話もなく、夫婦仲は冷え切っていた。入田家が逆徒として追放されている以上、戸次家に全く利益を齎さない縁組であるのは確かだ。だが、と備中は思う。


「入田家没落は殿が仕組んだ事ではないか。父が処刑され、兄弟が豊後を去った今、奥方様にとっては頼れるのは殿だけだったろうに……」


 しかし、だ。同情してどうなる。どうもならん。ならば指示通り、処理するのみか。


「と、殿のご意向をお伝えいたします」


 騒がず、喚かず、泣きもせず備中が言葉を聞いた奥方は、静かに承知した。その振る舞いは今を生きる婦人の鑑だ、と感動を深める備中。そして、入田の方は鑑連の帰還前に、寂しく館を去った。


「哀れだな……あの人は何処へ行くのだろう」


 僅か一人の侍女と共に去りゆく女性の背は、胸が切なくなるほど頼りなげであった。この事を、森下備中は死ぬまで忘れられなかった。



 御台所不在の戸次邸。彩りや歓声、生の気が失せた様に、備中には感じた。夕暮れは孤独を煽っているかのよう。


「……」


 森下備中、ふと弾かれたように走り出した。主命も重要だが、同じ様に、もしくはそれ以上に尊重せねばならない事もあるのであるまいか。


―それは天道の徴である。


ふと、そう宣う石宗の顔が脳裏に浮かんだ。それが天道であるならば、懸命に走るこの先に何が待っていようが、胸を張って生きていけるのではないか。



 日の沈む前。備中は府内の東郊外で入田の方に追い付いた。


「奥方様……」


 だが、もうその名に相応しくない、と顔を隠した奥方に代わり、侍女が間に立つ。


「では入田の方様。こちらをお持ちください」


 備中は金の入った袋と菓子の入った袋を侍女に渡す。


「と、殿からの御餞別です」


 本当は自分の財布の有金なのである。菓子も、自分で食べてみたかった南蛮渡来の金平糖だ。これが備中にできるせめてもの施しの限界であった。


 戸惑っていた侍女であったが、入田の方が備中を向き、幽かに微笑んだ。礼を述べている様子だ。


 あれこれ余計な言葉は不要だろう。口が達者な性分でもない。一言、どうかお達者で、と備中は強い調子で息を発すると、そのまま背を伸ばして府内へ向け歩み始めた。


 入田の方には兄がいる。すでに大友家を追放されているが、きっとどこかで健在なのだろう。あの道を強く歩み、兄を頼って行けば、まだ生きていける。そうではないか。今よりも幸福になれるかもしれない。同情も不要だ。ある日突然父を殺され、実家の名望失墜し、嫁ぎ先で腫れ物のように扱われるよりずっと良い事ではないか。


 ここまで懸命に後ろを振り向かずに町の方へ歩んできた森下備中、強い武士ではないから、後ろを振り向いてしまう。もう、入田の方が見えるはずもないのに。



 夜の漆黒をしばらく見つめていた備中は、また戸次邸への帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ