最終話
城の人事は前もって決めていた後任の者を配置する事で何の問題も無く済み、それにより今までよりもスムーズに仕事が進むようになった。
新国王となったベアトリス女王の戴冠式は周辺国家の国王や要人などを招待し、厳かに執り行われた。晩餐の席では娘ディアナを水魔法使いとしてお披露目し、国内外にその存在を明らかにする事で各国を牽制した。
大規模粛清以降、女王は王としての仕事に忙殺され、ディアナと会話する暇も無く、それゆえ、まだ知らせていない重要な事柄があった。
ディアナは城には住まず、ナヴァロ家にそのまま滞在している。穢れた城内を清め大々的に改装を始めたせいでもあるが、どうしても城に住む気にはなれなかった。子供の頃に憧れたその場所の、仄暗い現実を見てしまったせいだろう。
母の顔を見に城へ来たついでに湖の塔へと足を延ばしたディアナはそこで違和感を覚える。
「この森に普通に兵士が居るなんて、どうしたと言うの?」
ジークの話しでは小さな石碑が並ぶその先からはループして先に進めないはずだ。しかし今、塔に程近い場所を兵士達が見回りしている。胸騒ぎがして、ディアナは塔へ向って走った。扉を開け中に入ると、家具には布が掛けられていて置いてあったはずの生活用品が箱に詰められていた。
二階へと階段を駆け上がり、自室のドアを開ける。
「シーラが来て片付けたのかしら……」
ディアナの部屋も同様に片付けられていた。そして異変に気付く。ライティングデスクの位置が違う。それがあった場所の後ろは壁に見えていたはずだが、そこはぽっかりと奥の空間が見えている。元々は物置だったのか、ドアを外した痕が残っていた。恐る恐る入ると中は空っぽだった。セラフィーナの日記も、それが置かれていた台も無くなっている。そしてそこに居たはずのセラフィーナの姿も無かった。彼女が居た形跡すら見当たらず、ディアナはシーラの元へ走った。
忙しい母の補佐として、暫く城勤めをする事になった彼女は女王の執務室に篭っている。
「シーラ!」
忙しなく人が出入りするそこは、ドアが開け放たれていた。衛兵は立っているが、ディアナを止めはせず敬礼した。呼ばれたシーラはビクリとして振り向き、行儀の悪いディアナを注意する。
「ディアナ様、何です大声を上げて。ここは女王の執務室ですよ」
「それどころじゃ無いのよ。今、湖の塔へ行ったら綺麗に片付けられていて、セラフィーナ様の日記もご遺体も消えていたわ」
「え? 私はあれ以来立ち入ってませんよ。まさかベアトリス様ですか?」
机の上に積み上げられた書類に目を通していたベアトリスは、ゆっくりディアナの方を向いた。
「私が指示して片付けさせた。まだ話していなかったな。お前達が出て行ってから、セラフィーナ様の日記を読みに行ったのだ。読み終わったその時、あの方のご遺体は微かに光り、御体は煙のように天に昇られた。日記の最後の日付から丁度1000年と言うタイミングであった。あの日記は1000年前の王家の記録が収められた城の書庫に厳重に保管している。心配しなくてもよい」
「そんな前に……ですか。では、この国を守っていた結界も消えて去ってしまったという事でしょうか?」
「だろうな。あの後急に国境付近でイザコザが増えた。今はディアナの存在が広く知れ渡り、全て解消されたがな。お前が居なければ、あの粛清でガタガタになったこの国に攻め込んでくる国はいくつもあっただろう。出来れば、お前の存在は隠して平穏な暮らしをさせたかったのだが、すまぬな。私に力が無く、お前に頼らざるを得なかった」
「お母様、それは構わないわ。折角備わった力だもの、有効に使わなきゃ勿体無いでしょ? 騎士団に入れてもらえるよう交渉するつもりよ。治癒魔法は戦いの場には必要でしょ?」
数日後の騎士団の訓練所に、ディアナの姿はあった。今は医務室にジークと二人きりだ。
「あ……そこ、気持ち良い……ん、もっと強く……」
「ここが良いのか?」
「はぁ、ん……良い……」
いつ誰が来るかもわからない場所で艶っぽい声をあげているが、遡る事一時間前、以前約束した剣の手合わせを実行しにディアナが訓練施設に顔を出したところから始まる。
「ディアナ、どうした? 俺に会いに来てくれたのか?」
「ジーク、約束通り剣の手合わせしてくれる?」
「お、ディアナ様は腕に自信があるのですか? ジークは騎士団でも一二を争う腕前ですよ。大丈夫ですか? 無理せずまずは新人から相手をしてみてはどうですか」
「いいけど、手を抜かないで本気で相手をしてくれるかしら?」
騎士の制服を借りたディアナは髪を結び、訓練用の剣を借りて新人騎士と向かい合った。騎士団長からの指示で怪我をさせない程度に本気を出せと言われた青年は、ディアナを見て尻込みする。
「僕には出来ません。女性に剣を向けるだなんて、それも相手はディアナ様ですよ?」
「ほら、やっぱり。ジーク、お願い」
「はぁ……そんなに可愛くおねだりされたら断れないだろ。その代わり、怪我だけはするなよ? 俺も気をつけるけどな」
「あなたに勝てたら水魔法使いとして騎士団に入れて欲しいの」
「はぁ? 何言ってる、そんなの許すわけないだろ。だいたい、俺に勝つつもりなのか?」
ジークは呆れたようにディアナを見るが、彼女は真剣だ。
「わかりましたディアナ様、ジークに勝てたら考えますよ。ジークも本気でやれよ。彼女を隊に入れたくないならな」
新人騎士とジークが入れ替わり、試合は始まった。
先制攻撃でディアナが剣を下から振り上げ、それを避けるジークの鼻先をかすめる。軽いフットワークで
次の手に出るディアナを騎士団の面々は訓練そっちのけで見入っていた。防戦一方だったジークもディアナの力量を測りながら打ち込み始め、互いに譲らず時間は経過した。軽い手合わせかと思えば本気の試合となってしまい、皆も目が離せなくなってディアナを応援していた。
「はぁ、はぁ」
「ディアナ、スタミナ切れか? これだけの時間スピードを落とさず攻め込んで来るとは思わなかった。これ以上は体を痛めてしまうそうだ。休憩しよう」
「その方が良い、ジーク、医務室に連れて行って差し上げろ。他の連中は訓練再開だ!」
とうとう膝に手を付いてしまったディアナを心配して、ジークは抱き上げて建物の中に入った。
「ディアナは想像以上に強くて途中から本気で掛かったが、それでも食らい付いて来て驚いたよ。どこか痛めたりしなかったか?」
「剣を振ったのは久しぶりだから、力加減を間違ってしまったみたい。シーラ以外と手合わせするのは初めてで、交渉の事も忘れて夢中になってしまったわ。ジークが真剣に向き合ってくれたから、楽しくてちょっと無理をしたかも」
医務室のベッドにディアナをうつ伏せに寝かせ、ジークは背中を撫でるようにマッサージを始めた。そして徐々に力を入れる。
「ありがとう、気持ちいいわ」
肩から背中、腰へと指圧を続けると、ディアナの口から色っぽい吐息がもれ始める。背中を押すたび漏れる息は官能的で、夢中で彼女のツボを探す。
「んっ……」
どこかのツボを刺激したようで、ビクッと反応した。ジークは小さな背中を念入りにほぐし、その度にもれる声に自分の体が反応するのを止められなかった。
「ディアナ……」
ディアナの体をクルンと仰向けにしたジークはのしかかる様に体を密着させ唇を合わせる。先ほどの手合わせのせいで多少興奮状態だったのもあり、その息は荒く自分の欲望をぶつけるように激しくディアナの唇を求めた。そして汗をかいた首筋を舐めるように唇を這わせる。
「ちょ……駄目よ、ジーク! 結婚するまで我慢して! こんな所で私を奪うつもりなの?」
ジークはビクッと彼女の声に反応し、動きを止めディアナの体を起こした。そして素早くディアナから離れて頭を下げる。
「すまない、お前があまりに色っぽくて……」
「……私に色気なんてあるの?」
ベッドから下り、ジークを見る。
「だから我慢するのが大変なんだ。あと半年、結婚するまではディアナに触れないよう気をつける」
「私に触れてくれないの?」
「ああもう、今、自分を静めてる最中だから、そうやって煽るのは止めてくれ。またこうして近づきたくな……グハッ」
ディアナの肩を掴んだところで腹に一発入れられたジークは屈んで恨めしそうに彼女を見る。
「あなたとの触れ合いは好きよ。でもやり過ぎだと感じたらこうなるから覚悟してね? 一度聞きたかったのだけど、ルーク王のように結婚するんだから良いだろう、なんて考えていないわよね?」
目が泳ぐジークに冷たい視線を送り、顎をクイっと持ち上げて目を合わせ微笑む。
「半年後なら、あなたの好きにして良いわ。でもそれまでは、節度を持ったお付き合いをしましょうね?」
ジークはゴクリと喉を鳴らす。こんな事を言いながら自分を誘惑するように微笑を向ける愛しい婚約者に、この先手も手を出さずには居られないだろう。そしてその度彼女の鉄拳を受け、そこに快感を覚え始めた事は彼自身も気付かない。
半年後、ディアナとジークの結婚式は盛大に執り行われた。花嫁姿のディアナは輝くばかりに美しく、その夜ジークが暴走した事は言うまでも無い。
最後まで読んで下さり有難うございました。