十三話
翌日の早朝。
「あの、マスター」
「どうした?」
早々と起きた俺達は旅立ちの準備をしていた。
「何故、由利さんを縛り上げているのですか?」
間抜けな顔で寝ている由利を俺は縛り上げ、身包みを剥いでいた。
「ま、ちょっとな、こうしておかないと由利の身に大変なことが起こる」
「既にマスターが大変なことをしていると思います」
ロロは事もあろうに由利を起こそうとする。
だからステアはロロの顔面に爪を立てて止めた。
「いたたたたた! やめてください!」
「シー……とりあえずロロ、アナタは静かにユウ様に付いて来るの」
「……何なんですか、本当に」
不満な表情を浮かべながらロロは荷造りを終えた俺に付いて来る。
ドタドタドタ!
来たな。
俺は宿の窓を開けて勢い良く外に出て走り出すのだった。
「ユウ=ミウラだな! 神妙にお縄につけ!」
由利はその大声と扉を開けた音で飛び起きた。
しかし由利は身包みを剥がされた挙句、縄で縛られて転がされていた。
「……どうやらここには居ないようです」
「んあ!? 一体何があったというんだ!」
転がされていた由利は目を白黒させて自身の状態に声を上げる。
「お前はユウという魔物使いと行動を一緒にしていた戦士だな」
「ああ……そうだが」
なんで私は転がされているんだ?
と、由利は疑問符を持ちながら部屋に入ってきた連中に向って頷く。
「とりあえず、状況だけで見たらお前は騙されていたのだろう」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて由利は事態に驚く。
勇が由利を騙すと言うのは何のことだという意味で。
「連行しろ!」
「ハッ!」
「おい。お前等、何の真似だ!」
「とにかく、話を聞かせてもらおうか」
「何の話だ!」
「ユウ=ミウラはギルドから賞金が掛けられている。お前はその足取りについて証言すれば良い」
「な、何のことだ! 賞金? あいつがそんな事をする奴なのか?」
「今のお前の状況が全てを物語っている」
由利は簀巻きにされ、身包み、所持している全てがなくなっていることに気が付いた。
「こ、これは……何か理由があるはずだ。ユウがそんな……」
自らが騙されているとは露にも思わず、由利は顔を青くして首を何度も振る。
「安心しろ、直にあのお尋ね者は処分される」
由利は自身の知らないところで大きな事件が起こっているのだと自覚するのであった。
俺はルミティ山脈の方へ全力で逃げ込み、山間部へと入り込んだ。
ここは森林地帯もあって、逃げるには良い場所である。
「一体、どうしたというのですか?」
ロロは不審そうな顔付きで俺に付いて来る。
そんな様子をステアが若干不機嫌に睨みつけた。
「気づかなかったの? 私達、もう真っ当な道は歩けないのよ」
「え?」
ガサガサと茂みが揺れて、人影が現れる。
「見つけたわよ! 野蛮人」
それはフラティアだった。
くそ、足の速い奴だ。
さすがに気付かない訳は無いと思ったけれど、と良く考えたらこいつは学校の優等生だったらしいからな、ギルドから任務の催促状が来てもおかしくないか。
「フ、フラティア様!」
ステアが驚きの声を上げながらしり込みをする。
「……大丈夫か?」
「やります。例えフラティア様であっても、私の今の主はユウ様です」
ステアは短い付き合いなのに理解が早くて助かる。
土下座してまで譲ってもらった価値はあるな。
フラティアは結晶を実体化させて、魔物を召喚する。
「マスター! なんでフラティア様が!?」
「ロロ! 今は戦闘に集中!」
「え?」
ステアの激にロロは首を傾げる。
「……本気で戦う必要は無い。逃げ切ればいいんだ」
俺はこの先を見据え、フラティアとの戦闘に時間は割けないと判断する。
フラティアが召喚を終える前に、ロロを担いで駆け出す。
「待ちなさい野蛮人! まだこっちは――」
「ステア、フェザーショット!」
「了……解!」
バサァ!
ステアが羽ばたきを強め、高く飛び立つと同時に抜け落ちた羽がフラティアの前に三本、突き刺さる。
「な、待ちなさい。私はあなたを捕まえに来た訳じゃな――」
フラティアの話など聞いていられない。
俺は斜面を掛ける様にして渓流地帯の川に入り込み、潜った。
そして、魔結晶からシステム欄を呼び出し、ステアとロロを結晶に戻す。
ボンっとという音を立てて二匹は結晶に戻って、俺の手の中に入った。
そして俺は川の激流に流され、フラティアと追跡者を撒くのだった。
「ふう……」
昼過ぎ、どうにか激流を越えて安全そうな岸辺にたどり着いた俺は一息付きながらロロたちを召喚する。
「い、一体、どうしたのですか!?」
「ロロ、アナタは本当に理解していないの」
ずぶぬれの俺を心配そうに二匹は駆け寄りながら問答を始める。
「だから、なんでボク達は逃げているんですか?」
「ロロ、聞きなさい」
「なんですか!」
仲がいいはずの二匹が睨み合いを始める。
「ギルドが禁止している魔法をユウ様は使用して、ギルドと技術で繋がっている魔結晶が感知しないと思っているの?」
「え?」
そう、これは師匠の手帳に注意深く何度も書かれていた記述。
『この魔法を使ったら、ギルドから追われるようになる。それだけの覚悟があるのなら使いなさい』
俺は師匠がそう書いた魔法を使ったのだ。
だから、魔結晶で繋がっているギルドの結晶が警報を鳴らし、俺に賞金が掛かった。
覚悟はある。
逃げる準備は十分にしてある。
不安なのは由利の身柄だが、身包みを剥いで置いたからそこまで不運な事態にはならないだろう。
「ま、マスター……」
不安そうにロロは俺を見上げる。
「悪いな、賞金首の魔物にさせちまって。元々その予定だったんだけどな」
たぶん、師匠もお尋ね者だっただろうと俺は確信している。
他の人間と仲良くしているのを見たことも無かったし、なにより誰も寄り付かない危険な森で身を隠す様に住んでいる所が怪しさ抜群だ。
名前も教えてくれなかったし、相当有名人だと俺は睨んでいる。
もちろん、悪い意味でだ。
「いやなら、ここで解放させてやるよ」
解放とは、魔物をその場から解き放つ行為だ。
魔物使いとして無意味に解放するのは犯罪行為に認定されている。
もちろん、洗脳を施さずに行う事に対してのみだが。
「い、いえ、それは良いんです! それよりも……もしかして、マスターが賞金首になった理由って」
ロロは視線をステアに向ける。
ステアは肯定だとばかりに頷いた。
「本当はギルドの手が掛からない所まで行ってからやろうと思っていたのだけど、由利がうるさかったからな」
「そ、そんな、じゃあ、ボクは……ボクは自分勝手な決断で――」
今にも泣きそうな顔つきで震え上がるロロを俺は撫でる。
「大丈夫だって、国境さえ越えればどうにかなるもんさ。後な、ステアに関しても、お前が嫌がった場合でも俺がステアを戦力にしたいが為に実行したさ」
「ま、マスター!」
ロロは感極まって俺に飛びつく。
「とにかく、早く逃げましょう!」
「ああ」
まったく、服が濡れて重いったらありゃしないな。
追っ手から逃げ切ったのは良いけれど、その日は夜遅くまで渓谷の中を進む事になった。
「マスター……」
ロロがピクリと耳を震わせ、あたりの様子を確認する。
日がとっぷりと落ち、周りは深遠が支配する夜となっている。
遭遇する魔物はどうにか対処できている。
ステアのLvがそれなりに高いお陰だ。
しかし、ステアは鳥の魔物で夜目があまり効かない。だからロロに辺りを確認してもらいながら、追っ手が持つ松明の火が山の中を照らしていて、迂回しつつ恐る恐る進んでいる。
「いけそうか?」
「はい。大丈夫です」
茂みを掻き分け、行軍を続けている。
とりあえず目的地は国境。ルリティ山脈はその広大な山々が続き、その先にある丘陵地帯を抜けるとエミセルン王国とは別のベルビデン共和国へと繋がっている。
若干、治安が悪い地域であるが、賞金首が潜むには良い国だろう。
「ごめんなさいマスター」
「気にするなって言ってるだろ?」
その日、何回目になるか忘れてしまったロロの謝罪に俺は答える。
「元々賞金首になる予定だったんだ。気になんてしていられるか」
この世界の魔物使いは魔物と仲良くすることを快く思っていない。だけど、俺は師匠のような魔物使いになりたいと思ったから、技術を得る為に魔結晶に魔物使いを登録したまでだったんだ。
「でも……なんで、そんなに……ボク達の為に」
「別にお前達の為じゃないさ」
「え……」
「俺はさ、この世界に来る前、家族ってのをあんまり知らずに育ったんだ」
俺は現実の世界に居た頃、家族という関係はよくわからない物だった。
両親は一応いるが籍は別で色々と面倒くさい感じ、敢えて表現する俺の立場は愛人の子って所だ。
母親が父親を繋ぎとめる為だけに俺を産み、思った通りの結果に出来なかった結果、育児放棄した感じだ。
その後は父親の所に引き取られた訳だけど……愛情の類は貰った事が無いな。
親しいというか俺の事に関心を持った友人は「あんな物を家族とは呼ばない。呼んでたまるか!」と他人なのに涙するほど酷い関係が俺の家族らしい。
腹違いの弟がいるのだけど……随分と長い事会ってないな。
で、物心付く前からダイヴゲームを与えられていた。
育児放棄した母親がネット内に意識を落とさせて騒がせないよう赤ん坊の頃からダイヴさせられていた。
育児補助プログラムと言う物があるのだ。その所為でアバターの身体の方が本物だと思っていた時期もある。
まあ、俺は馴染みの友人を介して父親にメールを送るくらいだ。
一応、色々と金銭は送ってくれている。
家族と言うのは困った事や欲しい物があったらメールを送り、対処してもらう。ただ、それだけの関係。
それ以上でもそれ以下でもなく、だからこそ、俺の家は静かだ。
まあー……異世界に来る前は友人の家族とかが色々と気を使ってはくれたんだけどさ。
その所為か、親しくしようとしている相手には上手く相手をするのが苦手だけど、よくしてくれようとしてくれるなら精一杯の善意で返す。
来る物は拒まない。
ネットゲームでギルドなんかも管理していたし、それなりに楽しかった。
だからこそ、俺は師匠とその魔物達の関係が夢見た家族のような姿に見えて羨ましいと思い、魔物使いになったんだ。
「自分の、為さ。俺はさ、ロロ、ステア。お前達が俺と一緒に居る事を楽しいと思ってくれれば、それが嬉しいんだ」
「マスター……マスター!」
「ユウ様、私はまだ短い付き合いですが、とても嬉しいです。アナタとならどんな地獄だって乗り越えて見せます!」
「ありがとう。だからさ、お前達には悪いけど、賞金首の魔物になってもらう」
「はい!」
ロロは涙をぬぐって、俺の理不尽な命令に頷いた。
「ユウ様の命ずるままに」
ステアも同様に了承してくれている。
そうだ。俺はこんな所で終わる器じゃない。




