十四話
松明の火だけを避けていたら罠に掛かりかねない。
進みたい道と交差したら、不意を突いて逃げる。
という選択を取りながらの強行軍。
「……」
ロロ達の疲労の色も濃い。
そろそろどこかで休まねばいけないだろう。
空を見上げれば三日月が浮かび、深夜帯だと教えてくれる。
まったく、しつこい連中だ。
賞金首を山狩りまでして捕まえようとはどういう了見だ。
というか俺の賞金額はそんなに高いというのか。
……ギルドの思惑が掴めない。
考えてみれば何故、魔物の意志を尊重する魔物使いは罰せられねばならないのか。
それは20年前、異世界からの扉が開いた理由がここに繋がっている。
そんな事を学んだ覚えがある。
20年前……魔物使いは最で残忍で凶悪な魔物を今では禁呪と言われる魔法で作ってしまった。
始めは……当たり前のような、強い魔物を作ろうと信頼していた魔物を合成に使った儀式だと、歴史には刻まれている。
だが、儀式は失敗し、凶悪な魔物が人々の生活を脅かしたとか。
だけど、俺は信じている。
魔物は悪ではない。きっと失敗したにしても理由があるはずなんだ。
恐れていては先に進めなどしない。
俺達は悪ではないのだとこの先も一緒に生きて証明しなければならない。
ヒューーーーーと風を切る音が聞こえてくる!
「危ない!」
俺は咄嗟にロロとステアを突き飛ばした。
「うわ!」
「きゃ!」
ドスン!
何かが体を突き抜ける感覚がして足元に大きな亀裂が産まれる。
HP0
一瞬にしてHPを全て持っていかれた!? 一体なんだ!?
魔結晶のアシストによってHPという概念があるだけで、必殺の一撃を急所に受けたらどんなにLvが高くても即死する。
心臓を一突き……されたのか?
くそっ運が悪い。
「マスター!?」
「ユウ様!?」
俺は歯を食いしばって、攻撃の斜線から反れる。
敵も木々が邪魔をしてそれ以上の攻撃が加えられないようだ。
何が体を貫通したのかを確認する。
すると魔法で作られた矢だった。
地面に突き刺さった矢にクレーターができている。
一体どんな弓を使えばこんな事が出来るんだ。
「一体、どこからマスターを――」
「そ、それよりも……早く、ゴフ……」
しゃべると同時に血が口から漏れた。
魔結晶の力で例えHPが0になっても3分間だけは応答と生命維持が保障される。
この間に、蘇生魔法の類を行えば死なずに済む訳だ。
「ロロ、ユウ様が! ユウ様の血が止まらない!」
「マスター!」
ロロとステアが必死に止血してくれているが俺の出血が止まる気配がない。
自分で言うのもなんだけど、俺の認識外から狙撃して致命傷を与えるとは……恐ろしく腕の立つ狙撃手だと賞賛に値する。
「ま、まさかこんな所で……終わるなんてな……」
死ぬという感覚が今一曖昧だ。
ここで死んでも、もしかしたら元の世界に戻れるんじゃないか? という淡い希望を抱いてしまう。
だけどここで放心なんてしていられないし、死を否定している暇もない。
俺には俺よりも大事な仲間がいるんだ。
俺は震える手で魔結晶を弾く。
そして魔物使いの項目を開いて、絶対に使わないだろうと思っていたアイコンを突いた。
登録した魔物を解放しますか?
「ユウ様!?」
俺の指示にステアとロロは目を見開く。
「ここで、俺が死んだら、お前達も一緒にお陀仏だ。そんな事は……させるわけには、いかないんだ」
そう、せめて俺がダメでも二匹には生きてもらわねば、俺が頑張った意味がなくなってしまう。
俺の遺品を誰かが漁り、別の魔物使いが手に入れたとしたら、魔石化される可能性が高い。
仮に魔石化しなかったとしても傀儡化されて使役されてしまうだろう。
それだけは絶対にさせるわけにはいかない。
「わが、ままでも、頼みたい。どうか、俺が生きた、意味として、生きて、欲しい」
肺から零れる血で言葉が紡ぎにくい。
けれど、どうにか俺は二匹に思いを伝えられた。
「そんな、約束したばかりじゃないですか! 例え、どんな地獄であったとしても、一緒に居て笑いましょうって!」
「そうですよマスター! 諦めないでください!」
「でも、な。もう……」
HPが0、どうにかして俺はロロ達に自由を与えなければいけない。
ここで別れるのは非常に惜しい。やっと手に入れた、大切な仲間なんだ。
ゲームではなく、本当に、一緒に居られると思える関係だった。
なのに……自分の詰めの甘さに呆れ返るとしか言いようがない。
どうして俺は何時もこうなのだろう。
「馬鹿は死ななきゃ治らないな。ロロ、ステア。短い間だったが、とても楽しかった」
「ユウ様! ダメです! あああ……いやあああ!」
「マスター!」
残り時間は1分30秒。
早く、俺は魔物使いとして最後の、勤めを果たさねばならない。
震える指先で、解放のボタンに触れようとしたその時。
キッと、強い意志をこめた瞳でロロは俺の手を掴んで止めた。
ロロがどうやったかは分からないけど、俺の魔結晶から道具のアイコンを呼び出して持っている魔石を全て実体化させる。
「マスター、実は一昨日の夜に見せてもらった手帳の中に……今のマスターを助ける方法が載っていたんです」
魔石を全て俺の周りにばら撒いたロロは、仕様外の魔法を唱えだす。
魔方陣があたりに展開し、俺を包み込んだ。
「我ここに切に願う。我が魂、我が肉体を……代価としても叶えたい願いが――」
その魔法に必要な魔力がロロには足りていないのだろう。魔石が一瞬にして溶解し、消えていく。
しかし、ロロはその魔法を止めるつもりはないようで、苦悶に呻きながら、体中から魂のような何かが漏れ初めてなお、魔法を紡いでいく。
「我が祈りは主が為、我が願いは主の為、我が血肉と魂は主の為――」
「ロロ!」
ステアが苦悶に表情をゆがめるロロの手を取り、魔力を分け与える。
「お願い、何にかけてもユウ様を助けて! 私はまだユウ様に何も恩を返せていないの!」
ステアの懇願にロロはコクリと頷く。ステアはロロと手を繋ぎ、魔力を供給した。
しかし、即座に限界を向え、結晶に戻る。
「ステ……ア……」
無茶をして……これじゃあ、誰かが魔力を込めない限り、結晶化が解けないじゃないか!
そして、ステアの協力があってか、ロロの体に不可思議な文様が浮かび上がる。
「ボク……もう決めたんです。絶対に、マスターを助けるって」
ビキっと、ロロの体の中で何かが砕ける音が聞こえて来た。
「例え、我が死しても主の死を回避できるのなら我、この奇跡に感謝を示す――」
「も、もう、やめろ! それは――」
なんとなく、使ってはいけない類の魔法なのは効果がわからない俺でも理解できた。
俺の残り時間が30秒を切った。
ロロ達を解放するアイコンを押そうとするのだけど、何故かバチンと弾かれてしまう。
早く……!
早く、俺の命の蝋燭よ、燃え切ってくれ。
でないとロロがとんでもない魔法を完成させてしまう。
発動する対象が居なければ、ロロの命は助かるに違いない。
俺は祈りにも似た願いを、自らの死に向けた。
師匠、アナタは一体どんな魔法を手帳に残したんですか?
人と魔物の両方を考えていたアナタは、きっと偉大な人なのでしょう。
だけど、今ここで俺はアナタを憎む。
ロロがきっと、命を投げ打ってまで、何かを成し遂げさせようとしている。
それだけは――
「マスター、ボクはマスターの師匠に会えたらお礼が言いたいです」
苦悶に満ちた痛みの中、ロロは俺にそう微笑んだ。
「ボクの絶望、悲しみを消してくれて、そしてマスターの命を救う手立てを記していてくださった。マスターと出会えた事で、ボクはステアを救うことができて、こうしてマスターを助けることが出来る。本当に――」
残り時間4秒……よし、ロロの魔法は失敗する。
3……2……1……2……!?
バキンと音を立てて俺の魔結晶から師匠から貰った剣が出現し、装飾に施されている魔法石がロロの力を補佐する。
師匠……まさかこんな事態を想定してこの剣を授けたのですか?
「我の願いが聞き届けられるのを我は感謝する!」
残りの秒数が戻って止まった。
「マスター……どうか、ステアと由利さんと仲良くしてくださいね。そして偉大な……魔物使いに――」
俺の体が白い光に包まれ、視界が白に染まる。
ダメだ! と叫ぶ俺の声に体が反応してくれず、紡がれない。
ロロ……ステア、俺は、生き残りたいが為にお前達と一緒に居たわけじゃない。
分かっていますよ。マスター……
え?
どうか、生きてください。マスターが自分勝手にボク達を解放しようとしたように、ボクは我がままでマスターを生かしたいだけなのですから……。
そう……ロロの声を俺の魂は聞き届ける。
マスター……短い間でしたが、ボクは、今までで一番……幸せでした。
ロロの最後の言葉に魂が切り裂かれるような痛みを覚えながら……俺の意識は――再動した。




