プロローグ
君は家族という共同体をどう思う?
俺に家族のことを訊いたところで、お前の望む答えは返ってこないよ
このひねくれ者。私は君の、標くんの意見を聞きたいのだ。望む答えなど望んではいない
ん。今日はやけに強気だな。何かあったのか?
質問しているのは私だ。答えたまえ
そうだな……家族とは、愛すべきものであり、血の繋がりであり、切っても切れぬ呪いのようなものだ、と俺は思う
一般論じゃないか
不都合はないだろう。これは俺の言葉であり、俺の望む家族の形であり、俺の体験した家族なんだからな
一般論なのだから君の言葉ではないだろう?
いつものお前ならそんな間違ったことは言わないはずなんだけどな。一般論が俺の言葉でなかったことなど一度だってなかっただろ? それは真理のようなモンなんだから
むう。いいように言い包められてしまった
間違いを認める気はないんだな
私はそもそも間違ってなどいないからね。ただ、君ののらりくらりとした言葉遊びに惑わされてしまっただけさ。負けは認めよう。しかし間違いは認めない
何時になく頑固だな
そう。私は頑固者なのだ。知らなかったのかい?
いや、知ってはいたが、何時もより頑固だなと思っただけだ
はあ……君は全く動じないのだね
何にだ?
私にだよ。ちょっとイメージを変えてみたのだけれど、気付いているかい?
髪型が変わったな。似合ってると思うよ
ああ……ありがとう。でも髪型の話じゃあないんだ。中身の話だよ
内臓を入れ替えたのか? それにしては血色が以前と変わっていないように見えるんだけど
全然違う! 私はこれでも音楽を聴くんだ! 内臓の入れ替えなんて必要としていないよ! 心! 心の話!
そこまで吠えなくても……乙女心は難解だな
で!? 気付いているのかい!?
ううむ、全然気付かなかった
頭が痛い……私はね、君のことを嫌いになってみたのだよ
え?
ふふん。ショックだろうそうだろう。君は私のことが好きだからな。ショックを受けて当然だろう
まあそれなりにショックだな
だったら眉の一つでも動かしたまえ
そればっかりは無茶な注文だ
もういいや……そうだな、話は変わるが標くん。電子レンジの猫の話を知っているかい?
知ってるけど、何だ突然
電子レンジの猫はどういう気持ちだったのだろうね。全く誰にも愛されず、全く誰にも愛されて、一人でレンジに篭もる猫はどんな気持ちで鳴いたのだろう
そりゃあ彼は家族を不幸にしたし、姉を犯そうとしたし、愚図愚図と閉じ篭ってはいたけれど、最後に白猫と赤猫と幽霊の猫に認められたのだから、それなりに幸せに鳴いたんじゃないか?
一般論じゃないか
そうだな。正直俺は、あの話は出来過ぎていると思うよ。寓話ではなく愚話だ。あんなご都合主義はない。罪なんて犯したが最後、償おうと償うまいと、一生苦しまなきゃいけない。いや、苦しむことさえ許されない
そうだね。それが君の言葉だ。全く君らしい言葉だ。真面目だねえ
お前もだろ
それに頑固者だ
お前もな
私たちは似た者同士だ
それはない
どうして?
お前は研究者で、俺は何者でもないから
標くんは標くんさ。榊名探偵事務所の所員の、榊塔子さんの助手の、家波標くんじゃないか
俺は何にもしていない。結果を出していない。愚鈍な、頭の重い脳所有者さ
そうやって自分の腑を人前に晒すのはよくない。私まで辛くなってしまうじゃないか
済まんな
しかし心はあるがままに。よくなくたって善いんだ。私も一緒に痛がってあげよう。塔子さんも力を貸してくれる。君を担当しているエレベーターボーイだって君のピンチとあればマグマの中にだって現れるだろう。皆が手を貸してくれる。全ては君が在るべき器に収まることの出来るようにね
有り難い話だよ
真面目な話さ
そうかな?
そうだよ。皆君のことが大好きさ。電子レンジの猫は幸せに鳴く。ならば君が幸せになれない道理などないだろう。寓話だろうと愚話だろうと、それが都市伝説に近いものならば現実なんだよ。都市伝説が現実でないことなどなかっただろう?
そうだな。そういうことならまあ、好意は受け取るよ
よかった。私は大好きな標くんに好意を受け取ってもらえた幸せ者だ。この幸せを君にも分けてあげよう。四分の一個だ。もう一つは塔子さんに。そしてもう一つは存在しない友人に
なんだそりゃ?
その内聴かせてあげるよ。私の、素敵で大切な友人の話をね
——はじまり