第5話 私の意思
「……ほう。」
ウィリアムの口元から、完全に笑みが消えた。
エメラルドグリーンの瞳が、獲物を屠る冷徹な猛獣のそれへと変わる。
場を支配する圧倒的な殺気に、庭園の草木さえも怯えて震えているかのようだった。
「身の程を知れと言ったはずだ。公爵家たる我がアスラント家と、君たち伯爵家とでは、天と地ほどの差がある。その私が、私の女を連れ戻しに来たんだ。」
ウィリアムは掴まれた腕にぐっと力を込めると、アレクセイの手を強引に振り払った。
凄まじい筋力と体幹の差にアレクセイの身体が、わずかに後ろへとよろめく。
「部外者はすっこんでいろ。君に口を挟まれる筋合いはない。」
冷たく、刃物のような声だった。
アレクセイを完全に視界に入れる価値もない障害物として切り捨てると、ウィリアムは一瞥もくれずに再び私へと視線を戻した。
「さあ、エリーゼ。くだらない外野の邪魔が入ったが、戻ろう。君の席は、今でも僕の隣に空けてある。」
優しく、けれど絶対に拒絶を許さない独占欲に満ちた声で、ウィリアムが私に手を差し伸べるその瞬間、私の頭の中で何かが弾ける音がした。
アレクセイは、自分の何倍も格上の男を前に、あんなに恐怖で手を震わせながらも、私のために前に立ってくれた。
私の嫌がる気持ちを汲んで、命がけで守ろうとしてくれたそれなのに、この男は――かつて私がすべてを捧げて愛した男は、アレクセイの勇気を踏みにじり、私の意思すらもただの我が儘だと切り捨てたのだ。
「――お断りします、アスラント隊長。」
私は差し出されたその美しい手を、これまでで一番強い力で、激しく叩き落とした。
「エリーゼ?」
初めて明確に、強い拒絶の暴力を振るわれたウィリアムが、驚愕に目を見開く。
「私はあなたの所有物ではありません。それに、彼を……アレクセイを侮辱することは許しません。彼は、あなたのように他人の心を土足で踏みにじる男よりも、遥かに立派で、誠実な騎士です。」
私はそう一気に言い放つと、まだショックから立ち直りきれていないアレクセイの手を、自らギュッと強く握りしめた。
「行きましょう。ここにいても、不愉快なだけだわ。」
「え……っ、あ、エリーゼ……!?」
突然私に手を握られ、アレクセイは驚きで顔を真っ赤にしながらも、私の歩調に合わせてしっかりと足を踏み出した。
「エリーゼ! 待つんだ!」
背後から、これまで聞いたこともないような、焦りと怒りの混じったウィリアムの鋭い声が響くけれど、私は一度も振り返らなかった。
繋いだアレクセイの手のひらは、さっきまでの恐怖の震えが嘘のように、今は温かく、私を包み込むように力強く握り返してくれていた。




