第1話 きらきら輝く新星と、地味な私のディスタンス
ご覧いただきありがとうございます。
ときめきなんて一切無い自分の現実からそっと目を背け、完全なる現実逃避と趣味全開で書き始めたお話です。
中身も浅けりゃご都合主義なストーリーですが、どうぞのんびりとお付き合いください。
「エ、エリーゼ……! ゲフンッゲフンッ、失礼。エリーゼ・ヴァレンティン殿……っ!」
王宮の重厚な廊下。
背後から、裏返りかけた妙に大きな声で呼び止められ、私は足を止めた。
振り返ると、そこには今期、わが国最高峰の王立士官学校を首席クラスで卒業したばかりの期待の新星――アレクセイ・ノードン伯爵令息が立っていた。
輝くような金髪に、真っ直ぐで誠実そうな碧の瞳。
仕立ての良い制服に身を包んだ彼は、絵に描いたようなこれからの未来が輝かしい若きエリート騎士そのものだ。
なのだが、今の彼はまるで戦場で強大な魔獣を前にしたかのように全身をガチガチに硬直させている。
手元にある羊皮紙の書類を、今にも引き破りそうなほどの力で握りしめ、視線はなぜか私の斜め後ろの壁を激しく彷徨っていた。
「あ、はい。ノードン様。私に何か御用でしょうか?」
「あ、いや! その、だな! このっ、書類の確認を、君に……その、お願いしたくてだ……っ!」
アレクセイ様は一息にそこまで言うと、息を詰めて私の前に書類を差し出してきた。
誰もが一目を置く士官学校の首席ともあろうお方が、地味な事務方騎士の私に書類を一枚渡すだけで、額にうっすらと汗をかいている。
(この方、女性耐性が皆無だと周囲の噂で聞いてはいたけれど大丈夫かしら。というか、若いって素晴らしいわね……)
私は内心でしみじみと思う。
彼と私は同じ歳、19歳。
けれど、騎士を目指して士官学校という男世帯で一心不乱に努力してきたという彼は、成績優秀でありながら、とにかく女性という生き物に慣れていないのだろう。
対する私はといえば、一般募集の採用枠で入った、王宮の書類仕事に追われる地味な事務方騎士。
一応、歴史はある伯爵家の四女というそれなりの生まれではあるけれど、今は訳あって実家を頼るつもりもないので、こうして泥臭くお給料を稼いでいる身だ。
華やかなドレスも、きらびやかな夜会も、恋だの愛だのといった浮ついた話題からも、今の私はすっかり遠ざかって冷めきっている。
そんな地味な私を相手に、彼は心臓をバクバクさせているのだ。
(まぁ、同い年の女性と業務の会話をするだけでも、彼にとっては国家大戦レベルの一大決戦なのかもしれないわね)
「あの、ノードン様? 顔が真っ赤ですが、体調は?」
「い、いや! 何でもない! 私は頑健さだけが取り柄だからな! それより、その……エリーゼ、殿。」
「はい?」
「明日の昼、もし、もしも時間が空いていれば、詰所の裏の庭園で、私とお茶を……っ! い、嫌なら断ってくれて構わない! 業務の、その、書類の書き方のコツを教授してほしくてだな……っ!」
大真面目な顔で、しかし借りてきた猫のようにソワソワしながら誘ってくるアレクセイ様。
(なるほど。首席とはいえ、実務の書類仕事は初めてだものね。エリートゆえに分からなくても人に訊くのは躊躇われるのかしら。何でも卒なくこなすのかと思いきや案外、真面目な方なのね。)
「ありがとうございます、ノードン様。明日のお昼ですね、喜んでお教えしますわ。」
「っ! 感謝する! では、私はこれで!」
嬉しさを隠しきれない様子で、犬なら尻尾をちぎれんばかりに振っていそうな勢いで去っていくアレクセイ様の後ろ姿を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
あんな風に、一生懸命に生きる季節は眩しい。
人間関係に疲れてしまい、私の人生ではもう終わってしまったけれど……彼の仕事のサポートくらいなら、先輩として喜んでしてあげよう。
私は自分のデスクへと足を向けた。
まさかこの時の私が、彼が私に『一目惚れ』していることにも、数日後に自分の隠したい過去が最悪な形で暴かれることにも、これっぽっちも気づいていないのだった。




