最終話 千四百年の、その先で
真広が自分の屋敷まで戻ってくると、丁度支度の終わった茜と小萩が連れ立って庭先に出てきたところだった。
茜は薄紅色、小萩はきはだ色の、鹿奈媛が身に着けていたような古代風の装束を身に着けさせられていた。
「……真広さま、茜はともかく、私まで飾り立てなくても良くないですか?」
真っ先に口を開いた小萩が口を尖らすと、真広はニヤニヤ笑いながら返す。
「空也の伴侶になるって返事しちゃったんでしょ? つまりそれって、そういうことだよ。
これからは、神格を持つ者の伴侶として、かしずかれる生活になるから、あきらめてね。」
「そんなぁ……」
小萩が肩を落としていると、建物の中から空也が少し離れたところで歩みを止める。
空也に気が付いた真広が手招きすると、彼はこちらにやって来たが、その視線は小萩に固定されたままだった。
「どうだい、空也? おまえの未来の奥方は、なかなかじゃないか?」
真広がからかいの口調で言うと、空也は真剣な顔でうなづいた。
「ええ、これほど衣装で風格が上がるとは思いませんでした……。これではまるで天女のよう――
きちんと囲って、守りを万全にしないと、他の者に奪われかねません……。
これは、私も神名を得た方がよいのかも――」
「ふふふ、空也さまはお目が高い――、そうなんです! 小萩って、忌部の皆様に目を付けられないよう地味を装っていましたが――本当は桧ヶ瀬村一の美女なんですよ!」
茜が元同室のよしみから、得意げに胸をそらすと、すかさず横から真広が口を挟む。
「でも、一番かわいいのは僕の茜だけどねぇ。
あーあ、こりゃぁ、桧ヶ瀬村の二大美女を天狐の里がもらっちゃったから、男どもの信心が減りそうだねぇ。」
「人間なんて百年もすれば入れ替わるのですから、それも一時の事でしょう。」
しれっと言った空也にひとしきり笑った後、茜は表情を改める。
「真広さま……、夢喰みさまはどうされましたか?
一緒に来た馬車は見えませんが――」
茜がきょろきょろとあたりを見回すと、真広も真面目な顔になった。
「あいつには、役目を与えた。まあ、罰というか――、でも大事な役目。」
「……お役目、を……。」
「うん。まあ、死んではいない。」
真広の視線がわずかに落ちたのを、茜は見逃さない。
茜は口を開きかけ、けれども二、三語逡巡して、やがてゆっくりとたずねる。
「いずれお会いすることもあるのでしょうか?」
「――偶然会うことはないかな。
いずれ会ってもいい時期が来るかもしれないけど、今じゃない。ずっと先でいいと思う。」
「……そう、ですか……。」
茜もしんみりと押し黙ると、今度は横合いから小萩が割り込んできた。
「ちょっとちょっと、しっかりして! なんでまた夢喰みさまの心配ばかりしてるのよっ!
あんた、あの人に何されて、どんな扱いをされてたか、もう忘れたんじゃないでしょうね?
それに、今は他人の心配より、自分の心配でしょ? 真広さまの伴侶として、早くこの里に慣れなくちゃ!」
「そ……そうだよね。」
茜が相槌を打てば、真広も顔を勢いよくあげる。
「そうだよ、茜! これから君を迎えるための行事が盛りだくさんだよ?
これから先七年は婚礼の行事が続くからねぇ。」
「七年も!?」
「宴だけでしたら七年ですが、行事としては断続的に百年は催し物がありますよ?」
横から空也が補足してきて、茜は眉間を押さえる。
「大丈夫です。茜どのも、小萩どのも、我々天狐の伴侶と定まってから、まったく歳を取りません。
これから我々と何千年も共に過ごすのですから、七年などあっという間ですよ。」
微笑む空也に、今度は小萩が不安げにたずねる。
「何千年も――、私には想像もつかないのですが……、人に生まれて、そのような途方もない時間、耐えられるのでしょうか……。」
すると、空也は小萩に手を伸ばし、彼女を袖の内側へ抱き込みながら、誰も見たことのないような、とろけてしまいそうな甘い笑みを浮かべて囁いた。
「大丈夫です。生まれてから十歳までと、十歳から二十歳までとでは、時の流れの感じ方が全く違うのと同じです。おそらく、最初の百年は普通の人間と同じ速さですぎるでしょうが、その後は、時の流れをどんどん短く感じるようになってゆきます。
それに――、私や里の者が退屈なんてさせませんよ?」
「あぁうぅぅ……空也さま、その顔は卑怯――」
「なんとでも」
二人のやり取りに茜まで頬を赤らめていると、真広も茜へ抱き着いてくる。
「茜もだよー。時間の流れなんか気が付かないくらい、僕が君を夢中にさせちゃうから!」
「お……お手柔らかに――」
真広の満面の笑みに、茜はたじたじと答えるのだった。
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「――もう、あなたたちっ!隠れていないで出てきなさいっ!
空也さんがお稽古にいらっしゃっているわよ! 菊花さんも一緒よ?」
桃の花が咲き乱れる常春の庭、茜が声を張り上げると、声に応えて、植え込みの中から真っ白な子狐が三匹、ちょこちょこと這い出して来る。
茜が天狐の里にやって来て、既に十年が経った。
真広との間には、婚礼の儀が全て終わってまもなく子を授かり、男の子ばかり三匹、今はやんちゃ盛りである。
「お忙しいところ、来ていただいたのにすみません――、ほら、あなたたち空也さんに謝って。
ちゃんと言うこと聞くのよ?」
「「「はーい。ごめんなさーい。」」」
三匹は声を揃えて、茜の後ろに立っていた空也に向かって声をそろえる。
空也の隣には、茜の子どもたちよりは幾分大きい子狐が立っている。
彼女――菊花は空也と小萩の子供で、七年にも及ぶ婚礼の最中、待ちきれなかったように生まれた娘である。
なお、小萩は今二回目の妊娠をしていて、まもなく臨月と聞いている。
「真広さまが帰っていらっしゃるまでには、人型になれるよう、頑張りましょう。
みんなできるようになっていれば、きっと驚かれますよ。」
「はーい!」
「父ちゃん驚かせたいでーす。」
「見て見て! おれ、手と足は母ちゃんと同じにできるよ」
口々に言う三匹に、空也は一枚ずつ榊の葉を頭に乗せてゆく。
「ほら、集中して。菊花、お手本を見せなさい。」
「はい――」
菊花は答えると、全身に力を入れ、毛を逆立て集中する。
それから宙へ飛び上がり一回転――
地面に足が付く時には、白い着物の、艶やかな黒髪の美しい少女に変わっていた。
「「「おぉぉぉーーーっっ!!」」」
三匹が感嘆の雄叫びをあげ、目を輝かした。
息子たちの邪魔をしないために少し離れた木陰に座っていた茜も思わずクスリと笑った。
「よーし、次はおれだー」
「うーんっ、えいっ」
「はわわぁっ」
菊花の真似をして、飛び上がるも――
一匹は着地に失敗して尻もちをついたが、可愛い人間の男の子になった。
もう一匹は着地は成功したが、顔が狐のままだった。
最後の一匹は宙返りを失敗して、なぜか前につんのめった。
「ふふふ、坊主ども、頑張ってるねぇ」
茜の後ろで声がする。
振り返ると、真広が茜の後ろにしゃがんでいた。
帰ってきてそのままここへ来たらしく、よそ行きの盛装のままだった。
「あら、お帰りなさい。ずいぶん早かったですね。もう数日はかかると思っていましたよ?」
茜も声を潜めて答えると、真広は彼女の背に頬ずりした。
「うん。急いで帰ってきた。あーあ、持ち回りとはいえ……出雲は遠いよ……。会議も退屈だったし、ひと月も君たちに会えないし――」
「ふふ、お疲れ様。見てください。子どもたち――、お父さまが帰って来るまでに人の姿になれるよう、頑張っているんですよ?」
「どれどれ――」
真広は茜の背に抱き着いたまま、肩越しに息子たちを見つめた。
「よーし、もう一度!」
「今度こそっ えいっ」
「わわわわわわぁ」
一回転――
それぞれ先ほどよりは上達して、人の姿を取れるようになってきていた。
「ふふ、うまいうまい。じゃあ、僕はもうちょっと隠れていようかな。
上手にできたら出ていこう。」
真広は愉快そうに笑って、茜の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
茜も夫に体重を預け、彼の手に自分の手を重ねた。
桃の花弁がはらりと舞い落ち、子どもたちの笑い声が庭いっぱいに響いていた。
おしまい
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!
過去作品で幾度となく出てきた『美都香比売』と『斎部・忌部』の1400年の因縁を、しっかり描きたいと思い始めた本作ですが、『荒魂の~』の斎部家側のお話よりは、重い因縁を扱いつつも、これまでより軽やかな雰囲気で描いてみました。
もしよろしければ、☆などで応援してくださいますと嬉しいです。
あと、評価には関係ないですが、リアクションいただけると、あれがメチャクチャ嬉しいです!
まだ『帝都異能記シリーズ』を読んでおられませんでしたら、ぜひとも一読いただけると、物語の解像度が上がるかと思います!
鹿奈媛ではなく、本物の方の『美都香比売』が活躍しています!
それでは、また次のお話でお会いできれば幸いです。
ではでは~、ありがとうございました!




