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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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Sleeping Murder 4

歓楽街と繁華街の間にある公園に、カツカツとヒールで走る音が響いた。夜中の公園の石畳を走るのは高村愛だ。


「小野先輩、どこですか。遅くなってすみません」


都会には珍しい木々が生い茂った公園だが、管理が悪いのか、電灯が切れている街灯がいくつかあって、夜中の公園内は真っ暗だった。辺りを見回しながら歩を進めると、鷹邑が冬枯れの藤棚の下にあるベンチに座っていた。


「先輩?」


治安の悪い地区の人気のない夜中の公園で、鷹邑は、ぐっすりと眠り込んでいた。カバンもベンチに無防備に置かれたままなので、盗まれてしまう。揺さぶって、起こそうと手を伸ばした愛の手に、かつんと透明の壁のようなものが触れた。


「え?」


念のため、鷹邑の周りに手を這わせると、鷹邑が透明の箱のようなものに入っているように思われた。


「これ、魔法?」


公達学園の高等科時代に、鷹邑を推していた同級生達から、風の魔力を持っていると聞いたことがある。ガンガンと叩いて、鷹邑を声をかける。


「先輩、起きて下さい。大丈夫ですか」


愛が何度か透明の壁を叩きながら、鷹邑を呼ぶと、ようやく、鷹邑が目を開けた。


「ああ、ごめん。愛ちゃんを待っている間に、寝ちゃってたよ」

「すみません、遅くなって」


愛が謝ると、鷹邑が、学生時代と変わらない人好きのする笑顔を見せた。


「気にしなくていいって。家に帰る時間が日をまたぐのは、しょっちゅうだよ。最近、色々と立て込んでいて、無理をしていたからかな。すっかり寝入ってたよ。」


完全に目が覚めた鷹邑が伸びをしながら、片手を振ったとたんに、今まで手に当たっていた壁が消え、愛が勢い余って、前に転びそうになった。慌てて、鷹邑が支えたので転ばなかったが、ハイヒールを履いた片方の足首が、ぐきっと嫌な音を立てた。


「痛っ」

「うわ、ごめんね。捻っちゃったかな」


鷹邑が愛を今まで自分が座っていたベンチに座らせ、愛の足を自分の携帯で照らした。鷹邑の人懐っこい笑顔が、今は眉毛が下がり、愛を本当に心配している顔になっている。


「先輩って、絶対に、悪人になれない人ですよね。誰に対しても、どんな状況に置かれても」

「何それ?それより、足は大丈夫?折れてないと思うけど、念のため、ちょっとだけ動かせるか試してみて」


愛が恐々と足を動かすと、痛みがあるが動くので、骨折ではないようだ。


「大丈夫です、単なる捻挫みたい」

「そっか。でも、後で腫れてくるね。この時間に開いている薬局なんかあったかな」


二人で屈みこんで、愛の足首の様子を見ていると、おもむろに低い忍び笑いの声が二人に近づいて来た。顔を上げると、頭の先から靴の先まで黒づくめの麻生だった。鷹邑は、驚いて立ち上がったが、頭を下げただけだった。


「小野の末の君。ご無沙汰ですね。貴方、速水の大姫という方がいながら、こんな時間に、こんな人と逢引きですか」


麻生はさも軽蔑したような視線を二人に投げかけた。


「麻生伯爵、ご無沙汰しております。こんな人ではなく、凪子の異母妹です。時間については、二人の仕事のかみ合いで、遅くになりましたが、今日、この時間に彼女に会うことは、凪子も承知ですよ」

「いくら名家の小野といえども、子爵家の三男が、伯爵家の嫡子でいらっしゃる大姫を凪子と呼び捨てるのは如何なものでしょうねぇ。幼馴染とはいえ、婚約もしていない妙齢の女性に対して、感心しませんねぇ」


麻生は、どうやら、誰に対しても、この慇懃無礼で粘着質な話し方をするらしい。麻生のいつも纏っている濃厚なコロンが、鷹邑の清涼な香りを押しやり、一気に辺りに暗くて重い空気が漂い始めた気がした。


「ええ、仰る通りですが、実は、速水伯爵には、とうに婚約を了承して頂いているんです。ずっと凪子の体調が悪いので、彼女が安定期に入って、私の仕事が落ち着いて纏まった休みが取れたら、西国の領地にいる私の両親に報告に行く予定をしております」


鷹邑が、はにかんだような笑顔で麻生に答えると、麻生は知っていたのか、ふんっと鼻をならしただけだったが、高村愛は、雷に打たれたように、足首を摩っていた手を止めた。


「小野先輩、速水先輩と結婚するんですか」

「うん。ありがたいことに、子供も授かってね。私の実家には兄が二人いるから、伯爵は私に速水家に入って欲しいらしいんだけど、生まれてくる子の魔力属性のこともあるから、先ずは、小野の両親に相談してからということで、まだ内緒にしてもらっているけどね」


鷹邑が嬉しそうに告げると、愛の中で何かがどんどん冷たくなっていくのが分かった。その愛の周りで、カサリと黒い何かが蠢いている。鷹邑が、枯れ葉の上を何かが這うような音に気がついて、自分の携帯のトーチを向けると、何千もの黒い蜘蛛が地面を覆っていた。


「いやあああああああっ」


愛がベンチから立ち上がり逃げようとしたが、捻った右足に走った衝撃に耐えられず、地面に倒れ込んだ。起き上がれない愛に、黒い蜘蛛たちが襲い掛かる。


「愛ちゃん!」


鷹邑が片腕を剣のように薙ぎ払うと、愛を覆っていた蜘蛛が強い風に飛ばされた。


「愛ちゃん、立てるか。捕まって」


鷹邑が手を差し伸べたが、愛は、視点の定まらない目つきで、麻生の方を見ていた。


「麻生伯爵、ご無事ですか。あの蜘蛛は間違いなく妖です。どこかに親玉が隠れているはずです。あれだけの数を操る奴が出てきたら、この暗闇ではこちらの分が悪すぎます。すぐに逃げましょう。私が彼女をおぶって走りますから、伯爵は陰陽寮に出動を要請してください」


鷹邑が、緊急事態に叫んでいるのに、麻生からの反応がない。


「伯爵?どうされました?まさかお怪我でも?」


愛を抱き起こそうとしたところで、下を向いて動かなくなった麻生が心配になり、急いで愛をベンチに座らせると麻生に駆け寄った。


「伯爵、大丈夫ですか」


麻生の腕をさすって、無事を確かめようとすると、麻生は、昏い目をして笑っていた。


「小野の末の君は、そこの卑しい蛾の女が言う通り、どんな時も、どんな状況に置かれても善い人ですねぇ。そんなことで、この国の外交官が務まるんでしょうか。帝国の将来が、甚だ、不安になりますねぇ」

「伯爵?」


麻生の眼が白目まで真っ黒になったかと思うと、黒い鋼のような棘の生えた腕が、鷹邑を羽交い絞めにした。


「なっ・・・」


鷹邑が振りほどこうとしたが、黒い鋼の棘が両腕に刺さり、意識がぼやけていく。【風切り】で邪悪な腕を切り落とそうとしても、思考が纏まらないので魔力が放出できない。


「ふふふ。小野一族の魔力放出は早いのは、思考が魔力になるからですよね。始祖と同じ。それならば、先ずは思考を潰せばいいんですよ。その棘の一本一本は、瘴気で出来ているので、刺さった瞬間、神経毒のように作用するんですよ。感覚と意識があるのに、自由にならない。しっかりと恐怖を感じながら死んでいく感じはどうでしょう。名門小野一族の直系が、魔力を持たない庶民の小娘に殺されると言うのは、とても愉快ですねぇ」


麻生が、そう言うと、鷹邑と立っている位置を素早く変えた。鷹邑の視界に、黒い蜘蛛に囲まれ、銀色の銃を構えて立っている高村愛が見えた。


「せ、せんぱい、あたし・・・」


蜘蛛の糸に操られた愛の指が、引き金にかかる。絶対絶命の瞬間、暗闇から、全く場違いな声が聞こえて来た。


「鷹邑、愛さん、どちらにいらっしゃるの?返事をして下さいな」


小野鷹邑が瞠目すると、一筋の巨大な緑青の魔力が鷹邑の体から放出され、声が聞こえた方角を目指して飛んでいき、暗闇に消えた。麻生が驚いて仰け反り、鷹邑の体を離しそうになったが、既に鷹邑は魔力切れで気絶していた。素早く、愛の方に鷹邑の体を向けた。瞬間、パン、パン、パン・・・と立て続けに六発の乾いた銃声が、真夜中の公園内に響く。


「さすがの小野一族の魔力を持つ者でも、これで十分でしょう。後は、貴女が殺人犯として捕まっておきなさい。最初の最後に、私の異母妹として役立つ機会を差し上げますよ」


血まみれの鷹邑と、呆然自失といった様相の高村愛を目の前に、麻生は楽しくてたまらないと言った風に言うと、ぬるりと夜の闇に紛れて消えてしまった。麻生が、消えた瞬間、高村愛が、這うように小野鷹邑が倒れている場所まで動き、血まみれの鷹邑を抱えて、狂ったように何度も叫んだ。


気を失う愛の視界に映ったのは、若い男に体を支えながらこちらに向かってくる、真っ青な顔をした、速水凪子だった。

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