赤狼VS五神
「和泉、その犬、飼うの?」
と母親が目を丸くして言った。
「うん」(犬じゃないけど)
「大きな犬ね、何を食べるの? ドッグフード買ってこなくちゃ」
「い、いいよ。あたしがちゃんと世話するから」
「そう?」
と言って母親はパートの仕事に出て行った。
「ドッグフードは食わん」
と赤狼がつぶやいたので、和泉が笑った。
「じゃあ、ロールケーキは?」
小麦粉、砂糖、バター、卵、そして生クリーム一箱があったので、和泉はロールケーキを作った。
赤狼にケーキをご馳走したかったからだ。
以前は人間の食べ物を欲しがる素振りさえしなかった。
甘い物が好きだなんて知らないまま、死なせてしまったのを随分と悔やんだ。
赤狼はそのロールケーキをぱくんと一口で食べてしまった。
「あ~もう少し味わって食べてよ」
長いベロで口の周りをぺろぺろしながら、
「美味い」
と言った。
「よかった」
と和泉が久しぶりに楽しそうに笑った。
赤狼は和泉の部屋に寝そべっている。
和泉はやはりソファ代わりに赤狼を背もたれにして座っていた。
「イズミ、夜はカーテンをきちんとしめておけ」
と赤狼が言った。
「カーテン?」
窓を見ると、カーテンが少しだけ開いていた。
赤狼の背中に手を置いて立ち上がり、机、ベッド、箪笥を支えにして窓までたどり着く。そしてカーテンを閉めようとした途端、ダンダンダン!!と何かが窓に当たる音がした。
赤狼が身体を起こし、ウーーーーーーっと窓に向かって唸った。
「何なの?」
「さあな」
と言ってから赤狼はまた元の位置に戻って寝そべった。
和泉はカーテンをきっちりと閉めた。
「赤狼君」
「なんだ」
「賢ちゃんの十神が怒ってるって言ってたでしょ? あたしの事、許さないって、銀猫さんが言ったわ。カラスや犬を使ってあたしを襲ったわよね。許さないって、どういう事なんだろう……」
赤狼は頭を上げて和泉を見たが、
「知らん」
と言った。
「あたしが……」
と和泉が言いかけたが赤狼は、
「所詮、畜生の考える事だ。気にするな」
と言った。
「それより、明日からしばらく家を出るな」
「え? どうして?」
「城跡の悪霊が騒いでいる。急激に大きくなりすぎて、どうやら本家に目をつけられたらしい。近々、祓いに来るだろう」
「祓いにって、賢ちゃんが?」
「知らん」
赤狼はぷいっと頭を横へ向けて目を閉じた。
「だが悪霊どももそれを察知して自衛を考えるだろう。確実にイズミの霊気を狙ってくる。だから家を出るな、いいな」
「うん、分かった」
和泉が寝てしまった後、赤狼はふいと顔を上げて天井の方を見た。
和泉を起こさないように、静かに立つと床を一蹴りしてジャンプした。
天井をするりと抜けて、屋根の上に立つ。
見覚えのある面々が屋根の上にいた。
「何だ、大事な大事な御曹司を放っておいて、こんな所まで観光にでも来たのか」
と赤狼が言った。
「赤狼、復活したなら何故若様の元に戻らないんで?」
と茶蜘蛛が聞いた。
「あの男との契約は切れた」
「赤狼はあたし達を裏切るつもりだよ!」
と言ったのは銀猫だった。やはり黄虎の頭上にいる。
「あたし達だと? 何の仲良しグループのつもりだ? 一緒にされると迷惑だ。俺達はただの式神、契約によって繋がれているだけだ」
「和泉は若様を捨てて行ったんだよ! あんまりじゃないか!!」
にゃあああんと銀猫が悲しそうに鳴いた。
「若様は随分と力を落としてやんすよ。せめて赤狼が再生したと知らせたら喜ぶでやんす」
「人間の都合なんぞ知るか。俺が元の形に再生出来たのは、イズミの上等の霊気のおかげ。だから今はイズミを護る為に側にいる。俺の事はもう放っておけ。でないと、例えお前らでも俺は殺すぞ」
赤狼がぎろっと銀猫を睨んだ。
「お前まで若様を裏切るなんて!」
銀猫の悲鳴のような声が空高く響いた。
「ミズキ! あんたも何か言ってやりなよ!」
夜の闇からゆらっと、大蛇の姿が現れた。
「和泉は若様を裏切った! そう思うだろ? あんたの大事な若様だよ!」
だがミズキは無言でただ頭を少し振っただけだった。
「そう思ってるのは、お前だけらしいぞ、銀猫。イズミに命を助けてもらったのは俺だけじゃない。それを思い出すと、とてもイズミに牙など剥けんよな、水蛇」
ミズキはこくんとうなずいた。
「……だったら、赤狼、和泉を連れて戻ってきておくれよ。もう若様を見てられないんだ」
と銀猫が言った。
「俺の知った事か」
「赤狼!」
「言いたい事はそれだけか? 次は俺が言わせてもらう……緑鼬、隠れてんじゃねえぞ」
今度は赤狼が牙を剥いた。
赤狼の横にぽっと赤い火が灯った。
それはだんだんと大きくなり、やがて燃えさかる火の赤狼に変身した。
そしてそいつは姿勢を低くして牙を剥き、水蛇のすぐ横の黒い部分に飛びかかった。
「緑鼬!!」
「キューーーーーーーーー……」
緑鼬は首筋をがっちりと赤狼分身に食いつかれて身動きが取れない。
赤狼分身の鋭い牙が喉に食い込んでいる。
「緑鼬よ。イズミを護れもしないで、何の為の式神だ?」
と赤狼本体が言った。
緑鼬は苦しそうに悲しそうにもがいた。
「大体……お前ら十神もが揃いも揃って、イズミを助けられなかっただと? ふざけるな!」
それを言われると、もう誰も言葉がない。
この事件に関して賢は式神を責めるような発言はしなかった。
だが、それだけにそれぞれに責任は感じていた。
「大事な若様とやらの元に帰れ! イズミの前に二度と姿を見せるな!」
と赤狼が吼えてから、ゆらっと揺れて姿を消した。




