仁の式神は八神
「和泉!」
和泉はくにゃっと賢の肩に頭を預けるような形で意識がない。
「水蛇の再生で知らずに力をめいっぱい使ってしまったみたいだね」
と仁が言った。
「ああ、仁、別荘周囲に結界をはってくれ。加寿子ばーさんが時逆の封印を解きやがった」
「え? おばあさんが? 時逆を? どうして!」
「話は後だ。水蛇が弱小化してしまって四神が組めない。橙狐も怪我で封印したし、茶蜘蛛も負傷、他の者も疲れてるから俺の式は休ませたい。いいか、仁、例え同族土御門でもここを急襲する者は全て滅する」
「分かった。陸! 和泉ちゃんを運んであげて、賢兄も休まないと、って賢兄、その怪我どうしたの? 随分とやられたね」
「え? ああ、まあな。陸、和泉を二階で寝かせてやってくれないか」
「オッケー、赤狼、行こう」
陸が和泉を抱き上げた。赤狼は尾を振って陸について歩き出した。
疲れているだろうが、主人にはそんな顔は見せなかった。
賢も壁に手をつきながら自力で立ち上がったが、すっかり疲れ切っていた。
暖炉の部屋へ入り、賢はソファへどさっと座った。
仁は建物の四方へ行き、四方をつなぐ結界をはった。
そして、外の様子をうかがう。真夜中で庭の外灯だけが辺りを薄ぼんやりと照らしている。何の気配もないが、何かが暗闇からこちらを見ているような気もする。
仁は玄関から外へ出た。
「八神、これに」
と仁が言った。
暗闇の中に仁の式神達がぞろっと姿を現す。
「賢兄の四神が負傷した。四神に代わり、お前達で土御門の東西南北を護れ。外界からの侵入者はすべて排除しろとの事だ。いいな、例え土御門の気配でも、全てだ」
「御意」
と暗闇の中から一人分だけの声がした。
他の者はただ頷いたり、くくくと笑ったりするだけだった。
「行け」
さっと式神達が四方へ散った。
「で? 加寿子おばーさんが時逆を封印したっていうのは?」
暖炉の部屋へ戻って、仁が賢に声をかけた。
賢は仁を見てため息をついた。
「和泉が言ってた振り袖の娘がばあさんだった。靜香ばーさんもそれ以外で体調を崩してる者はみな、加寿子ばーさんが能力を乗っ取ったらしい。行方不明の加奈子が一番の被害者だ。加奈子の能力はでかかった。それを全部だからな、時逆も封印を破れるはずさ」
「どうして? それが問題だろ?」
「……和泉の事が嫌いなんだろ」
「おばあさんが? 和泉を? それこそどうして? 何故今になって?」
「……」
「何故今なのか、って疑問はそうか、賢兄と和泉ちゃんの事か。加奈子と結婚させようとしていたくらいだからな。和泉ちゃんと結婚させるのは自分が死んだ後にしてくれと言っていた。でも何故?」
「お前、竜之介さんって覚えてるか?」
と賢が言った。
「竜之介さん?」
仁は首を振った。
「竜之介さんは和泉のお祖父さんだ。若くして亡くなったんだけどな。俺たちがまだ子供の頃だ。遠くに離れて暮らしてたからそうそう行き来もなかった。俺は何度か会った事がある……加寿子ばあさんは竜之介さんを恨んでいるみたいだ」
「恨んでる? 和泉ちゃんを傷つけるくらいに?」
「そうだろうな」
「どうして恨んでるんだよ」
「竜之介さんはばあさんの許嫁候補だった。だが竜之介さんの方から話を断った」
「それを恨んで? そんな馬鹿な」
「ばあさんは…竜之介さんの事が好きだったらしい。だけど竜之介さんにはすでに想う相手がいた。土御門の名前を捨ててもいいほどの相手が。その人は土御門に生まれながら、霊能力は皆無。それが加寿子ばあさんを余計に怒らせた」
「……」
「だが、それも昔の話だ。和泉がうちの近所に引っ越してきて、俺達と一緒に遊んだり、うちに出入りするようになっても何も問題はなかった。ばあさんは和泉に接するのも俺達と同じ扱いだった。そうだろ?」
「そうだね、確かに。厳しい人だったけど、和泉ちゃんに対しても何もなかったよ」
賢はそこでまたため息をついた。
「俺が悪いんだ。和泉だけは駄目だと、ずっと言われてのに」
「本当?」
「ああ、親戚つきあいまではいいが、和泉を本家に入れるのは駄目だってな。俺がガキの頃から和泉の事が好きだっていうのはばあさんも知ってて、ずっとそう言われてた。理由が知りたくて調べたら、そういう結果だったってわけだ。和泉が霊能力を保持している割には神道会からも遠ざかっている理由もそこにある。ばあさんが当主になった時に、和泉をいっさい土御門に関わらせるなという指示を出してる」
「え、だから一度も修行した事がないし、自分の能力を知らなかったんだ?」
「ああ、だから能力の開花も遅かった。あれだけの能力を眠らせたままで大人になっちまった。ただ悪霊が見えるだけのささやかな能力だと和泉自身もそう思っていた」
「そうか、それが賢兄の霊能力に引っ張られて出現したんだな」
「そうだ。和泉にしたら迷惑な話だ。これからは否応なく土御門に関わらなければならなくなる。それに……和泉が本家に関わらなければそれですんでいたばあさんの気持ちも……俺が逆撫でしちまった。結局、俺が全部悪いんだろうな。俺が和泉を諦めたらそれで丸く収まった話だ。和泉に不必要に近づかなかったら、能力も眠ったまま枯れただろう。ばあさんも加奈子や一族の者を手にかけてまで、和泉を傷つけようとはしなかったし、兄弟まで巻き込んでばあさんと対決しなくちゃならなくなっちまった……」
「賢兄」
「こんな事になるんだったら、あきらめて幼なじみでいたらよかったのか?」
どおんっと何かが建物にぶつかるような音がした。
「仁様! 来ましたぜぇ!」
と声がした。




