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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第三章
62/107

和泉の狂気2

 緑鼬が和泉に追いつくのは簡単だった。

 血の匂いをさせながら歩く人間はすぐに見つかった。

 山の中腹にある別荘から下って行く道は雪に覆われ、どこが道かも分からない場所をよろよろと歩いて行く和泉はすぐに道を踏み外して転んだ。

 緑鼬は和泉に近づき、軽く威嚇した。

 はっと振り返った和泉は緑鼬を見て、唇の端を少し上げて笑った。

 緑鼬は警戒したが、すぐにでも連れて帰らなければ和泉の命に関わるのは理解している。

 和泉が仲間を切り裂いたのは緑鼬も見ていた。

 人間なんぞにやられた橙狐も馬鹿だが、今まで和泉を守ってきた式神に対してよくも。

 だが、賢の命令は絶対だ。和泉が死ねば賢がきっと悲しむ。それは見たくない。

「緑鼬か」

 と和泉が言ったので緑鼬は驚いた。緑鼬が和泉の前に出るのは初めてのはずだ。

「このまま死なせてやれば和泉も楽なのに。お前の主人もこの先、つらい思いをしなくてすむのに。ふふふふ」

 そう笑ってから、和泉の身体が雪の中に倒れた。

 緑鼬は警戒しながら和泉に近寄り、その身体を背中に乗せた。



 キッチンでは倒れた橙狐の元に心配そうに仲間が集まっていた。

 息絶え絶えのオレンジ色の狐の横に青い着物を着た老人がいて、傷の具合を診ていた。

 その青い老人の横には二人の青年がいて、老人に付き従い、橙狐の手当をしている。

「青帝」

 と雪に濡れて戻ってきた賢が言った。

 老人は賢にうなずいて見せた。

「橙狐を頼む」

 と、賢が言うと、老人は立ち上がった。

「お任せを。そうさの、生命の源は切れてはおらぬが、しばらくは封印しておこう。それはそれと若様、先日、広州で釣りをしておりましてな」

 と老人が釣りの話をし出した。

「青帝、今はそんな話を……」

 と賢が言うが、青い老人は構わず、

「一刻ほど、糸を垂らしておりました。しばらくして振り返ると親神様がいらしてな。これは、これは、いつの間に、と言うと、お前はいつまでたってもぼーっとしておる、そんな事で若様のお役にたてているのかと、親神の気配も感じ取れずに何とする、と。お前が糸を垂らした瞬間にわしはお前の後ろにおったぞ、と、酷く怒られましてなぁ」

 と言って、青帝は笑って頭をかいた。

 そして二人の青年とともに橙狐を連れて賢の前から消えた。



「若様もこんなに冷たくなって、風邪をひく。火に当たっておくれ」

 と銀猫が言ったその時、再び一陣の風の様に緑鼬が舞い戻ってきた。

 背中に和泉を乗せている。 

 和泉は気を失ってるようで、ぴくりとも動かない。

「和泉!」

 賢が和泉の身体を抱き上げ、暖炉の前に運ぶ。

 和泉の身体は氷のように冷たくなっていた。

 薄いシャツはぱりぱりに凍って身体にくっついてしまっている。

 暖炉の前に敷物の上に和泉の身体を横たえて、ゆっくりと暖めながら、服を脱がす。

 首筋や太ももの傷も凍っていて、幸い血が止まっている。

 怪我の箇所にガーゼを貼って強く包帯でしばる。

 赤狼が毛布を咥えて来た。

 賢は自分も服を脱いで、裸になった。

 和泉を抱きしめて、毛布にくるまる。

「和泉……」

 その周囲で心配そうに式神達が和泉をのぞき込んでいる。

「緑鼬、ご苦労だったな」

 と賢が言い、深緑色の鼬は「キキッ」と答えた。

 先ほどの和泉の言葉を賢に伝える。

 やはり、何者かに操られている様子だったと、言うと、

「そうか」

 とだけ、賢が言った。



 自分の身体が冷たくなっていくのと同時に和泉の身体に温度が戻った。

 青白い顔に赤味が戻る。

 だが、その次に和泉に戻る感覚は痛覚だ。

 身体中の傷が激痛となって和泉を襲うだろう。

 賢はしばらく和泉を抱きしめていたが、やがて毛布にくるんだまま和泉を抱きあげた。

「若様?」

 と問いかける銀猫に、

「ちゃんとベッドに横になった方がいい」

 と賢が答えた。

 二階の客室のベッドに和泉を寝かせてやる。

 顔に赤味がさしてきたのはいいが、今度は熱を持ったように赤くなっていく。

 小刻みに苦しそうな息をするようになった。

 手を握ると熱く、そして弱々しい鼓動がある。

 左手首の凍っていた傷が溶け、包帯に血がにじんできた。


 ベッドの横で和泉の手を握ったまま、賢は青帝青竜の言葉を考えていた。

 自分は何を見落としているのだ。

 和泉が何かに操られていたのは確かだった。和泉がそれを振り袖の娘と呼ぶのならばそれが真実なのだろう。和泉の気のせいではなく、その娘は和泉にだけ見えるようだ。

 何故、和泉にだけ見える。

 悪意。

 和泉に向けての悪意。

「どこかで、見たような気がする」と言った和泉。

 振り袖の娘。

「親神の気配も感じ取れずに何とする」と言った青帝。

 振り袖の娘。

「靜香おばさんが入院した」と言った仁。

 振り袖の娘。

 娘? 若い娘? 若い……若い娘。


「時逆か!」


 賢は拳を強く握った。

「なるほどな、俺には見えないはずだ。まさかそこまで、やるとは……赤狼!」

 賢が赤狼を呼ぶと音もなく真っ赤な狼が現れた。

「和泉の言った、振り袖の娘は存在する。今からこの部屋には何の気配も通すな。いいな。誰も通すな」

 と言うと赤狼は少しだけ首をかしげたが、素直にうなずいた。

「ショウチシマシタ」

 賢は赤狼に言いつけてから、和泉の方へ振り返った。

 和泉は眠っているが、顔は赤く、息も荒い。

 その頬へキスをしてから、賢は部屋を出て行った。


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