この二人、実は相性悪いんちゃいますか
「あそこに……いたわ。本当よ! どうして見えないの?」
「いたら見えるさ。もうちょっとうまい言い訳を考えるべきだったな」
「あたしが嘘をついてるって本気でそう思ってるの?」
「だから、断るならもう少しまともな理由を考えたらどうなんだって言ってるんだ」
賢の言葉に和泉は酷く悲しそうな顔で唇を噛みしめた。
賢はため息をついて和泉に背を向けた。
和泉は賢の背中を見ていた。
暖炉の火の燃える暖かいリビングから賢が出て行くのを見ていた。
パタンとドアが閉じてから、和泉はぺたんと床に座り込んだ。
「賢ちゃん、信じてくれないんだ」
和泉は恋愛感情の前に、賢とは信頼関係だけは間違いないと思っていた。
土御門の三兄弟だけは何があっても、最終的には信用のおける相手だと和泉は思っていた。だが賢は和泉を信じていないのだ。
「賢ちゃん、あたしの事、信用してないんだ。嘘ついてまでって思うんだ。どうしてこんなとこまで来て……嘘つかなきゃなんないのよ」
ふいと視線を向けると、娘が立っていた。
振り袖姿の娘はにっと笑った。勝ち誇ったような顔だった。
「何よ! あんた誰よ! あたしに何の用があるの!」
和泉はすぐ横にあったクッションを娘に投げつけた。
何もかもがもうどうでもよくなり、娘の事も恐怖よりも怒りが強くなった。
クッションは娘の身体を貫通して部屋の隅の方へ飛んだ。
「何なの? 悪霊じゃないの? どうしてあたしにだけ見えるの? あたし、頭がおかしいのかなぁ」
涙が溢れてきて、和泉は袖口でぐいっと涙を拭いた。
「誰か見えないの? ねえ、十二神の誰か、見えないの? 赤狼君も銀猫さんも見えないの? 振り袖の女がいるのに見えないの?」
とつぶやいてみたが、どこからも返事がない。
和泉の守護についている赤狼でさえ姿を見せない。
「そっか、賢ちゃんの命令であたしを守ってただけだもんね……賢ちゃんが見限ったんならもうあたしに用はないか……そうだよね……でも、あたし嘘なんてついてない」
それからしばらく和泉はその場で放心したまま座っていた。
プルルルルと電話が鳴り始めたので、和泉はびっくりして辺りを見渡した。
すぐに視線を戻したが振り袖の娘は消えてどこにもいなかった。
ソファの上に置かれたままの携帯電話は賢の物だった。
和泉は電話が鳴るのを眺めていた。
暖炉の上の時計は朝の五時になっていた。
和泉は立ち上がって窓のカーテンをめくって外を見た。
雪が降っていて、まだ外は暗い。
電話が鳴り続けるので、和泉は電話を手にとった。
暖炉のある大きなリビングを出ると、階段がある広間がある。
和泉は階段を二階に上がった。すぐ横に吹き抜けで扉もないソファやテーブルを置いてある小さなリビングがあるが、そこから話声がしていた。
「若様ぁ、そんなに落ち込まないにょん。ミズキが慰めてあげるにょん」
とふざけた話し声がしていた。
「一人にしてくれ」
といらいらしたような賢の声もする。
「もう、いいにょん。若様にはミズキがついてるにょん。和泉ちゃんの事はあきらめるにょん」
「うるさい!」
「あの娘は嘘つきだにょん。この屋敷の中に霊なんていないにょん。あの娘は若様がよく遭遇する嘘つきの人間と一緒だにょん。霊が見えるって言って大騒ぎする愚かな人間だにょん」
(何なのよ。にょんって)
和泉は柱の陰から声のする方を覗いた。見事なマリンブルーの長い髪の毛をツインテールにした女の子がいた。ソファに座っている賢の膝の上に頭をもたれかけさえてしゃべっている。
(なんとか……ミク…がいる)
見たところ十五歳かそこらの可愛い女の子だった。
女の子は賢に甘えるように、
「ミズキがいつも若様の側にいるにょん!」
と言った。
また和泉の手に持った電話が鳴り始めた。
次の瞬間、「誰にょん!」と言って女の子が身体を起こして和泉の方を見た。
そして、そのまま女の子の身体はみるみるうち高い天井まで届くほどの大蛇に変化した。
水色の大蛇が和泉を見下ろしていた。蛇はシャーっと和泉を威嚇した。
蛇は嫌いだ。だが和泉はもう悲鳴を上げる元気も、驚く元気もなかった。
賢がこちらを見たのでその膝に携帯電話をぽんと放り投げてから、大蛇と賢に背を向けた。階段を下りて暖炉のあるリビングに戻ると、その奥にあるキッチンへ入って行った。
「どうするね?」
と銀猫が言いながら自分の毛皮を舐めている。
雁首を揃えているのは、銀猫、赤狼、黄虎、茶蜘蛛、橙狐である。天井まで届くほどの大きな柱時計の上に黒凱と白露が並んで留まっているが、この二神は会合には興味なさそうである。
「困ったでやんすね。若もどっぷりと落ち込んでやす」
「落ち込むくらいなら余計な事を言わなきゃいいのにねえ」
黄虎がワケも分からず、銀猫の言葉にだけうんうんとうなずく。
「ココハヒトツ、ワカサマノカワリニイズミニアヤマレ」
と赤狼が言った。
「謝るんでやんすか? なぜ? このたびは若が悪いんでやんすか?」
「ワカサマハワルクナイ。ダガドチラカガヒカネバオワラナイ。ニンゲンノケンカトハソウイウモノダ」
「確かにね。女の子は機嫌を取って欲しいものさ。で、誰がだい? 誰が代わりに謝るんだい?」と銀猫。
赤狼は振り返って橙狐を見た。
オレンジ色の狐は柱時計の横の壁に備え付けている大きな姿見に自分を映して、せっせと毛繕いの最中である。
「なるほど、人間への変化なら狐か蛇が妥当だね」
「橙狐!」
と銀猫に呼ばれて、橙狐が振り返った。
「?」
「あんたの腕の見せ所だよ」




