和泉、ウエディングドレスを着ちゃってみる2
「ここなんだけど」
と山上の車で教会の前まで乗り付けたのだが、その時に左手首の念珠が震えた。 和泉の耳にだけウーーーーーっという赤狼の唸り声が聞こえた。
小さな朽ちた教会だった。三角屋根の上の十字架が折れて横を向いている。
ステンドグラスの窓も破れ、中からカラスがばさばさっと飛び立った。
「ここ、ちょっとやばいみたいなんですけど」
と和泉が言うと、
「え? 何? やばいって」
と助手席の奥田が振り返った。
「こういう廃屋は霊の住み家で……」
と言う和泉に山上が笑った。
「へえ、やっぱり土御門さんてそういうの気にするんだ」
気にするも何も、さすがに感じる。
もし念珠を外したら、どんな恐ろしい悪霊が見えるのかと思うと和泉はぎゅっと右手で念珠握った。
「さあ、行くよ。さっさとすましちゃおうよ」
と奥田が言い、車から降りた。
嫌だと言ってこんな場所に置いていかれても困るので、和泉は仕方なく車から降りた。
身体はウエディングドレスだが、足下はスニーカーを履いている。
落ち葉やがれきを踏みしめつつ、奥田の後に続く。
機材を抱えた山上と、メイク道具とハイヒールを持った佐伯も後ろから歩いてくる。
奥田が大きなドアを開けると埃が舞い、ぎいっと嫌な音を立てた。
入ると横長の椅子がいくつも並び、その間を進んだ所に祭壇がある。
正面には大きなキリストの絵がかかっていたが、それも朽ち果てぼろぼろだった。
カシャ、と音がして、振り返ると山上が写真を撮り始めていた。
奥田が椅子の間の元は赤かった絨毯の上を進んでいくので和泉も後を歩いた。
本当にさっさと済ませてしまった方がいいみたいだ。
「憎い、憎いわぁ」
と声がした。
「え?」
と振り返ると佐伯が、
「あたしの……ドレス……」
「佐伯さん?」
「どうして……あんたが……着てるのぉ……あたしの……ドレス……」
と言った。
佐伯の目の色が違っている。
「佐伯さん……まじですか!」
早速、憑かれたようだ。
怒りの表情をして、和泉の方へどすどすと歩いて来る。
そして和泉に手をかけようとして、ばちっと弾かれた。
和泉の耳には赤狼の唸り声が聞こえる。
「……ずるいわぁ……ちょっと若い……からって……あたしの……大事な……」
「す、すみません」
どうやら霊に憑かれたせいで佐伯の悪意が増幅されているらしく、彼女のドレスを着た和泉が憎いという感情があらわになっている。
「奥田さん…ここ、無理ですよ! 佐伯さんが!」
とすぐ前にいた奥田に声をかけると、奥田が振り返った。
「ずる…い……ずるい、俺の方が……なんで、あいつが先に……昇進……」
奥田は白目をむいている。
「え、ちょ、山上さん!」
「うん、何か変だ! ここから出よう!」
と山上が手をさしのべたので、和泉はその方に手を出した。
次の瞬間、和泉の念珠から大きな大きな赤狼が飛び出し、和泉を守るようにその身体に巻き付いた。ふさふさした尻尾で和泉の身体をガードする。そして、
「グルルルルル! ガーーーーー!!!!」
と赤狼が咆吼した。
その途端に山上の身体が壁の方まで吹っ飛んだ。
身体を起こした山上の顔はにやにやとしている。
奥田や佐伯とは少し違い、ずいぶんと意識がはっきりしている様だ。
「赤君、どうしよう……」
赤狼は、(さっきから警告してたじゃないですか! 全くもう!)という感じで和泉に
「グウ!」と鳴いた。
「ごめん」
にやにや顔の山上が立ち上がり、和泉の方へ歩き出す。
「山上さん! しっかりしてください!!」
「土御門を食らえばここから出られるんだ」
と山上が言った。
「え?」
「もう、長い間、ここにいてね……僕たちは、お互いに離れられなくてさ、でも、土御門を食った者、だけが、ここから出られる、力を、与えられるんだ……こんな、山奥にまで来て、くれて、ありがとう、土御門の人……」
ゆらっと山上の身体が揺れた、と思った瞬間、すべての壁が消えた。
床も壁も屋根もステンドグラスもが消えて、今までそれだと思っていた物がすべて人間の顔だった。和泉は人間の顔で出来た教会の中に立っていた。
いつか見た悪霊と同じだ。霊と霊がくっつきあい大きな集団になっている。
壁も屋根もキリストの絵も長椅子も、人間の顔で出来ていた。
スニーカーで踏みしめる床も隙間無く人間の、いや、元人間の顔だった。
その顔達は不平不満顔でぶつぶつ言っている者もいれば、ぎゃーぎゃーと叫んでいる者もいる。泣いている顔もあり、殺してやると叫んでいる者もいた。
「ガアーーーーーーー」
と赤狼が咆えて、真っ赤な炎を吐いた。
壁一面が炎の包まれ、真っ黒になった。
だがすぐにそこにぼわんぼわんと新たな顔が生まれていく。
それを何度か繰り返し、赤狼がはあはあと苦しそうな息をした。
和泉は赤狼が炎を吐く度に人間の顔の教会が大きくなっているのに気づいた。
「赤君の炎を吸収してるんだわ! 赤君、ダメージになっていないわ!」
赤狼は和泉の身体を尻尾でくるんだまま、壁の一部分に突っ込んだ。
ぼよんとはじき返され、赤狼と和泉は反対側の壁まで吹っ飛んでいった。
その時に壁の顔が赤狼の身体や尻尾に噛みついた。
「キャウン!」と一瞬、赤狼が鳴いた。
「赤君!」
赤狼はグーーーーーーっと唸っていたが、
(アナタヲワカサマノトコロヘオクリマス)
とつぶやいた。
「え? 賢ちゃん?」
(アナタノノウリョクヲスコシワケテイタダキマス)
「何?」
赤狼がぺろっと和泉の頬を舐めた。
(ワカサマノコトダケヲカンガエナサイ)
「赤君!」
和泉はぼわっと自分の身体の周囲が光っているのに気がついた。
目の前の空間がぐにゃっと歪んで見えた。
とんっと背中を押されて、和泉の身体がその空間の割れ目の中にコトンと落ち込んだ。




