和泉、ウエディングドレスを着ちゃってみる
もう一月も末だった。
正月の本家での年始の騒ぎから一ヶ月が過ぎる。
賢はとても忙しいらしく、雪深い別荘どころかデートの誘いもない。
それはそれでいいのだが、大騒ぎした割には何だかなぁと思う。
振り回されて心が落ち着かないのは和泉だけかもしれない。
「メールくらいくれたっていいじゃん」
と思うのだが、自分からはしない。
携帯電話のメールの新規作成のページを開きはするが、元気? と書いてから消すのを繰り返す。会いたがってるなんて思われたくないし、切実に会いたいと思っているわけでもない。ただ、心が落ち着かないだけだ。
「土御門さん、来月のバレンタイン企画なんだけどさ、チョコレート本とかお菓子作りの本のコーナーを作るから。それでそこから流れで春のブライダルコーナーも併設するんだ」
と奥田が言った。
「はい」
「で、ブライダルの方に大きなパネル設置するんだけど、写真を撮ってそれをパネルにしようと思うんだ」
「はい。わざわざ写真撮るんですか?」
「うん、フリー素材使ってもいいけどさ、結局、パネルにするのに料金かかるし、それだったら自分達で面白いの作ろうって話になってさ。二階のパソコン担当の山上君がカメラマンしてくれるし、最近、いい教会を見つけたんだって」
「教会?」
「うん、廃屋みたいなもう誰も使ってない教会をさ、山で見つけたんだって」
「そんなとこ勝手に使ってもいいんですか?」
「いいんじゃない? メインはモデルさんだから、そんなに教会自体を派手に使うわけじゃないし」
「へえ、本格的ですね。モデルさん使うなんて」
「そこなんだ。モデルを雇う予算はないからさ、土御門さん、やってよね」
「えっ。あたしですか?」
「そう、そんなに難しくないよ。ドレス着て写真撮るだけだし」
「ドレスってどんな」
「そりゃあ、ブライダル特集だから。ウエディングドレスだろ」
「ええ~~~~」
ええ~~~とは言ったものの、ウエディングドレスを着る機会などそうそうないので、和泉はちょっぴり心が弾んだ。自分の結婚式で着るという予定も全然ない。
それに…万が一、百万が一、100000000分の1、賢と結婚したとしても、
「白無垢、一択なんだよね。土御門神道会館で…」
何度か親族の結婚式に行った事があるが、土御門を名乗る者はすべて土御門神道会館で挙式と決まっている。男性は紋付袴、女性は白無垢。
その後の披露宴でも、ウエディングドレスにお色直しをするのは見た事がない。
どうしてもドレスを着たい場合は、後日、自由にやればいいのだが、そこまでで気力が尽きてしまうらしく、やり直しは聞いた事がない。
賢は紋付袴で問題ないだろう。むしろタキシードの方がサイズがないに違いないし、どうがんばっても似合うとも思えない。
「いつやるんですか?」
と和泉が聞いた。
お肌の手入れをしなくてはならない、と思っていたのだが、奥田は、
「土御門さん、明日、休みだよね? 俺と山上君もそうなんだ、悪いけど明日でいいかな」
と言った。
「明日? はあ、まあ、いいですけど」
当然、振り替えの休みはもらえないだろう。ただ働きだが、まあ、ドレス姿の写真でも焼き増してもらえばいいか、と和泉は思った。
「事務の佐伯ちゃんがドレス一式を用意してくれて、メイクもしてくれるから」
「分かりました」
「よろしくね」
「はい」
翌日の朝、和泉は言われた通りに事務の佐伯ちゃんのアパートでメイクと着替えをした。
「佐伯さん、ドレスマニアなんですね」
ワンルームマンションの壁にかけてある、ウエディングドレスの軍団を見て和泉は仰天した。
「うふふ、そうなの。レンタル落ちとかを安く買ったり、それを自分でリメイクしたり。そういうの大好きなの」
「へえ、自分でリメイクなんて素敵」
三十五歳、独身、の佐伯ちゃんは美人なのに、ちょっと変わった人だった。
ドレスマニアの他にも、壁にかけてあるウエディングドレスと全く同じドレスを着た人形が数体。四、五十センチほどの人形で可愛らしい顔をしている。それの洋服や靴、バッグ等の装備が素晴らしく精巧だった。マントや革ジャン、ブーツ、スニーカーまである。
「これも作ってるんですか?」
「ええ、そう」
「すごい」
「本番じゃないんだから、こんなのどう?」
と佐伯ちゃんが見せたのはミニ丈のドレスで、胸元は大きく開いている。
「わぁ、アイドル歌手のドレスみたい」
「こういうの、一回は着てみたくない?」
「みたいです!」
ゴソゴソゴソ、ただいま着替中です。しばらくお待ち下さい。
「あら、とっても可愛いわよ」
「写、写メ撮ってください!!!!! 今、化粧が崩れてない今!」
自分で言うのもなんだが、可愛いではないか!!!
佐伯ちゃんのメイクの技がプロ並みだという事実をあえて無視して、和泉は自分でかわいーかわいーを連発しながら携帯で自撮りしまくった。
「あら、奥田さんが迎えに来たわよ。行きましょうか」
「はい!」
和泉はすっかり忘れていた。
賢にもらった念珠を身につけているからこそ、悪霊を寄せ付けない、という事を。
悪霊はどこにでもいる。
ふらふらと街中を徘徊している。
人間に気がつくと憑いたり脅かしたりする。
賢の念珠は強力で、そしてその中で赤狼が和泉を守っているからこそ、和泉の目に悪霊が入らないのだ。
そんな日常に慣れてしまい、和泉は自分が悪霊に憑かれやすいという事さえ忘れていた。




