老害も刺客も乗り越えて
賢は部屋の中を見渡した。
せまいワンルームマンションだ。ベッドと丸い小さいテーブル、その横にソファ代わりに一狼が寝そべっている。賢の視線を感じて、一狼がそわそわしている。
賢の霊能力も怖いし、賢の周囲には眷属達の気配がするからだ。
姿は見えないが、じっと隠れて様子をうかがっている。
いついっせいに飛びかかってくるやしれない眷属達に一狼は怯えてそわそわしている。
「そんなに怖がるなよ」
と言って、賢が一狼の背中にどすんともたれかかった。
「きゃうん」
と一狼が鳴いた。
「あ、ちょっと、そんなデブい身体でイチロー君に寄りかからないでよ! 潰れちゃうでしょ!」
頭をタオルでふきふきしながら出てきた和泉が賢を睨んだ。
「人を待たせといて、自分はのんきに風呂か」
「疲れてるって言ってるでしょ。ご飯食べてもう寝るの!」
「添い寝してやろうか?」
「……若い恋人にしてあげればぁ? 嘘つき」
「何だよ」
「あたしの事をずっと好きだったって言うわりには最近まで加奈子さんとつきあってたらしいじゃない。ずっと好きだったって、いつからいつまでの話よ」
「嘘をついたのは加奈子だ。あいつとつきあった覚えはねえ」
「はあ? どうして加奈子さんがそんな嘘つくのよ。二人で楽しそうな写メも見ましたけど?」
「写メ?」
「すごい痩せてるじゃん。痩せたら三兄弟の中で一番イケメンなんだって? 人生でただの一回も賢ちゃんのイケメン姿なんて見た事ないんですけど?」
「何言ってやがる。痩せなくても俺が一番イケメンだろうが」
「鏡見た事ないんじゃないの?」
「一族の中で結婚したい男ナンバーワンの俺に向かってよくそういう事を言えるな」
「それは次代様だからでしょ! 賢ちゃんの個人的魅力じゃないでしょ!」
「わ、傷ついた。お前、まじむかつくな。好きじゃなかったら、呪い殺してるぞ」
「何よ、それ」
「あ、わかった。写メってこれか」
と言って、賢が自分の携帯取り出して、和泉に画像を見せた。
「これか」
「ん?」
和泉はその写メをのぞき込んで、首をかしげた
「これだけど、何か違う」
確かに同じ画像だ。加奈子と賢が腕を組んで立っている。
「もっと細かったわ」
「こっちが本物」
「本物って何よ。でも、実際、わざと太ってるんでしょ? 霊能力を制御する為にって聞いたわ」
と言って和泉が立ち上がった。
「霊能力を制御する為に体力が必要なのは事実だが、そんなに変わらないけどな」
「変わらないって?」
「体重は二、三十キロはすぐに減るけど、食ったらすぐ元に戻る。大きな祈祷が終わった後すぐぐらいしか、痩せてない」
「ふーん」
小さなキッチンで湯を沸かし、和泉はコーヒーを入れた。
湯が沸くまでの間二人は黙ったままで、それぞれに何かを考えていた。
「加奈子さんて、賢ちゃんの事が好きなの? あんなに美人なのに、何も賢ちゃんじゃなくても」
賢にコーヒーカップを渡しながら和泉が聞いた。
「お前、心の底から失敬なやつだな。加奈子はばばあが送ってきた刺客だ」
「刺客?」
「俺達の仲を引き裂こうと」
「引き裂かれるほどの仲でもないじゃん」
「まじ、テンション下がるな、お前」
賢の言葉に和泉はきっと賢を睨みつけた。
「だってそうでしょ! つきあった事もデートした事もないのに! 賢ちゃんなんか、この年になるまでデートに誘ってきた事もないじゃんか! それなのに、どうして婚約者みたいになってるのよ! どうせあたしは賢ちゃんの事、何にも知らないわよ! 賢ちゃんがえっちがうまいかどうかなんて知らないわよ! どうせ三十路手前ですよ!」
自分でももう何を言ってるか分からない事を叫んでから、これじゃ、まるで、嫉妬してるみたいじゃんか……と和泉は思った。
ああ、そうか、あたし、嫉妬してるんだ。
加奈子は小顔で綺麗でアイドルみたいだったもんな。
「お、落ち着け、和泉。じゃあ、つきあおう。それで、いっぱいデートしよう、な?」
和泉は顔をあげて、
「じゃあ、つきあおうって何なの」と言った。
「え」
「本家の跡取りかもしれないけど、そっちがお願いする立場なんじゃないの。あたしが賢ちゃんの言葉を待ってるみたいな決着のつけ方、やめてくれる」
「では、和泉さん、俺とつきあってください。お願いします」
と、賢が真面目な顔で言った。
「他にないの?」と和泉が言った。
「え?」
「もっと、君は僕の太陽だとか、君がいないと生きていけないんだとか、君の事はお姫様みたいに大切にするから僕を下僕にして下さい、とかそういうのないの」
「お前、ちょっと面倒くさいな」
「何よ!」
和泉がぶーっと頬をふくらませた。
「嘘、俺、まじで和泉がいないと生きていけないんで下僕でもいいです」
と賢が言ったので、和泉が嬉しそうに笑った。
白露が「馬鹿じゃないの、あの二人」と鳴いて、黒凱が「まあな」と鳴いた。
ように聞こえた。




