老害だけでもややこしいのに2
「和泉さん」
と、声がして美登里が小走りでやってきた。
「あ、美登里さん、あたし、あの人ちょっと苦手なんだ。じゃね」
加奈子はふふんと和泉を見てから、その場から去って行った。
美登里が反対方向からやってきて、加奈子を見送り、
「加奈子さんと何のお話ですの?」と聞いた。
「久しぶりねって……話よ」
「そうですか。和泉さん、ごめんなさい。私の話から……結婚のお話になってしまって」
「ううん……賢ちゃんは? 調子悪いの?」
「今は落ち着いてますけど、お力が安定しないようですわね」
「そう……賢ちゃんがわざと太ってるって本当? 能力の為に大きな身体が必要だって」
「ええ、そうですわ。あの身体がなければ賢様の霊能力はもっと暴走するでしょう。それほどに大きなお力ですの」
「美登里さんて、土御門の能力者で働くって決めたの最近でしょ? 何でもよく知ってるわね」
「そんな事は土御門の常識ですわ。子供の頃に教えられませんでした?」
「じょ、常識なんだ……うちの親はあんまりそういうの教えてくれなかったし」
「そうですか。賢様はあのお身体を維持するのが結構大変らしいですわ。食べて、食べて、太っても少し大きな祈祷場に行くとすぐ痩せてしまうらしくて」
「そうなの? 痩せた賢ちゃんなんて人生で一回も見た事ないんだけど」
「そうなんですか?」
美登里は首をかしげた。
「そうですね、なるだけ痩せないようにしてるみたいですから」
「まあ、確かに高校生くらいからあんまり顔をあわさなくなったけど」
「霊能力が並じゃないですから、スタミナがないととても制御できないみたいですわ。ですから、その、あの、結局は……」
「一生デブってわけか」
「いえ、でも、年とともに能力が衰えてきますから、その頃には」
美登里のうろたえっぷりがなんだかおかしくて和泉は少し笑った。
「和泉さんお帰りになりますか? お年始の会は夜まで続くでしょうし、後は伯父様方の宴会ですしね」
「帰ってもいいの?」
「ええ、賢様が和泉さんが疲れているだろうから帰らせるようにって」
帰るという行為を考えると嬉しいのだが、その前に加寿子大伯母に挨拶に行かねばと思うと気が重い。また皮肉を言われるのに違いない。
「じゃあ、帰ろうかな…いや、待って…もしかして、美登里さん、賢ちゃんの看病しないで帰るつもり? とか思ってる?」
「い、いいえ、そんな」
思ってんだ。
「じゃあ、絶対、大伯母様も朝子さんも思うよね? ね? 伯父様も思うよね? ね?」
「そ、そんな事は……」
あるある-ってか。
「賢ちゃんのとこ行った方がいいよね」
和泉ははあーっと大きなため息をついた。
非常に動きにくかった。
窮屈な思いをして疲労困憊の身体に鞭打って、大邸宅の遠い遠い賢の部屋まで歩いた。
ドアをノックノックしようとして、きゃっきゃうふふ、という声が聞こえてきて手が止まった。会話の内容までは聞こえないが確かに、若い娘の笑い声がする。
「バンッ!」とドアを開けると、
「あらぁ、和泉ちゃん、今頃? 賢兄さんがお腹すいたーって、ねえ?」
と加奈子言った。
賢は固まっている。
テーブルの上に膳があり、加奈子が箸でおかずを取り、賢の口元へ持って行こうとしていたまさにその瞬間だった。
「や、違うんだ、和泉」
と賢が言った。
「駄目じゃん、和泉ちゃん。婚約者のくせに賢兄さん放ったらかしてぇ、ね? 賢兄さん」
「和泉、別に、そんなんじゃないから」
「賢兄さん、疲れてるんだから、早くご飯食べて、お風呂に入って休んだら? 加奈子が背中、流してあげようか?」
「加奈子、お前がしゃべるとややこしいから黙っててくれ」
「あら、和泉ちゃんが気が利かないから、あたしがこうやって世話やいてあげてるのにぃ。賢兄さんて昔から手がかかるのよね。もう、寂しがり屋さんなんだからぁ」
「ちょ、待て、お前、妙な事言うな」
和泉はその場に立ちすくんだままだった。
さすがに美登里も何と言葉を挟めばいいのか分からず、和泉と賢の顔を交互に見るばかりだった。
「和泉、加奈子は次の昇進試験の相談に来ただけだ。加奈子は俺の…」
「え~、和泉ちゃんの前で言っちゃう? 若い恋人だって? わぁ、修羅場ぁ」
「違うだろ! こいつは俺の属子だから! 相談に来ただけだから!」
「帰る」
と言って和泉はバンッとドアを閉めた。
「和泉さん」
美登里が追いかけてくる。
すすすすーと廊下を歩きながら、
「属子って何?」と和泉が言った。
「属子というのは弟子みたいなものです。賢様や仁さん、陸さんはすでに陰陽師の資格をお持ちです。土御門神道で陰陽師を目指す者は師に弟子入りするのです。それをそれぞれの属子と呼びます。属子が昇進試験を受けて上を目指し、陰陽師になってもその関係は変わりません。その属子に属子が出来てもやはり自分の師は師と仰ぎ敬うのです」
「ふーん」
「加奈子さんは春に陰陽師資格の試験を受けるようですから、その相談に来たのですね」
「ふーん。美登里さんは? 誰の属子なの? 小さい頃から修行したんでしょう?」
「私は正式には雄一伯父様の属子ですわ。でも、途中で修行を断念してしまったので、またやり直しの途中です。今は賢様についてますので、賢様の属子扱いです」
「ふーん。そうなんだ」
話が耳に入っているようで入らない。
心の底から疲れていた。もう、何も考えたくない。
ただ一つ思う事は、(追いかけても来ないじゃんか、デブ!)だった。




