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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第二章

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和泉と美登里と本家

「嫌だ~~~~」

 和泉が大きな大きな狼の一狼にすがりついている。

 一狼は室内では、大きな姿でいてもいいと和泉の許可を得ている。

 なぜなら、和泉がその一狼をソファの背もたれ代わりにして、寝そべっているからだ。

「嫌だ~~~~~イチロー君~~~嫌だ~~~」

 一狼の太い首にしがみついて、和泉は嫌だ嫌だと首を横に振った。

「きゅーん」

 困った一狼が美登里と和泉の顔を見比べておろおろしている。

 白露は本棚の上の方、天井近くで留まっている。時々、「ケケケケ」と鳴く。

 和泉はいつもその白露の「ケケケケ」が「馬鹿じゃないの」と聞こえる。


 小さなテーブルの上にはクリスマスケーキとシャンパンにコップが二つ。

 クリスマスイブである。美登里がお話がありますの、と言って部屋に来るというので、一応クリスマスの用意をして待っていたのだが。

「絶対、嫌。お年始に本家へ行くだなんて!」

「あら、どうしてですの?」

「どうしてって……どうしてあたしが……」

「本家への礼節は大事ですわ」

「元旦のお年始は上流ばっかり来るじゃん。下っ端はもっと日がたってからじゃない。っていうか、もういいよ」

「何がもういいんです? あと、いつになったら賢様にお電話して仲直りしていただけるんです?」

「賢ちゃんからも電話かかってこないじゃん」

「賢様は今、とても忙しいんです。とにかく、お正月に一緒に本家へ参りましょう。皆様、和泉さんの事を心配なさってますよ。こちらへ戻ってから本家へ何の挨拶もないというのはよろしくないんじゃありません?」

 痛いところをつかれて、和泉は一狼の背中に顔を埋めた。

 一狼は大きなオオカミ姿になってもわりと柔かい暖かい毛皮だった。

「お着物、その他は私が用意いたしますわ。当日は朝の五時にはお迎えに参りますから。着付けと髪の毛のセットもありますものね。和泉さんは身一つで結構です。あ、そうそう、今日は白露と一狼にも他に相談がございますの」

 白露が「キエ?」と首をかしげ、一狼も「きゅん」と鳴いた。



 一面の銀世界だ。

 朝四時に白露の声で起こされ、一狼に顔をべろべろなめられ、眠い目をこすりながらカーテンを開けると、一面銀世界だった。

「うわ~大雪だ~~こんな日でもやっぱお年始の会はあるのかな」

 テレビは大雪のニュースをしているが、大通りはそうでなく車もバスも動いているらしい。シャワーを浴びて、髪の毛も洗う。すっぴんで、と言われているので、そのままだ。

 一応の支度を終えて、一狼の背中にすがりつく。

 緊張と憂鬱で吐きそうだ。

 賢と会うのはいつぶりだろう、と考えて、実は歌舞伎役者の家に祈祷に行くのについて行った以来、だという事に気がついた。

「気まず~~~~あ~どうしよう~~~っていうか、加寿子大伯母にも、靜香大伯母様にも会うって事でしょ~~~あ~~~消えたい。雪になって消えたい~~~」

 とぶつぶつと言っていると、白露が「馬鹿じゃないの」と鳴いた。


 ピンポン、ピンポン。ドアを開けると、

「おはようございます!」

 と張りきった美登里が立っていた。

「おはよーございますぅ」

「あら、どうなさったの? 顔色がよくありませんわ。睡眠不足ですの?」

「ええ、まあ」

「睡眠は必要ですわよ。しっかり眠らないと。何か心配事でも? あら、私としたことが、和泉さん、あけましておめでとうございます」

「はあ、おめでとうございますぅ」

「さあ、まいりましょう! 今日は忙しいんですの。さ、白露も一狼も今日はよろしくお願いしますわ」

「キエエエエ」

「ワホワホ」


 第一関門、靜香大伯母。

 靜香は和泉を見たが、何も言わなかった。

 和泉は出来るだけ丁寧に挨拶したつもりなのだが、靜香は嫌味の一つも言わなかった。

 ふいと視線を避けて、何も言わない。

 嫌味も嫌だが、何も言われないの不気味だ。

「おばあさまの事は気にしなくてもよろしいわ。では、お着物に着替えましょうか」

「これ、ちょ、派手じゃ…」

 真っ赤な振り袖を広げられて、和泉は後ろへ下がった。

「何をおっしゃいます。まるで和泉さんの為に誂えたような着物ですわ。その前に白露、一狼、お願いしますわ」

 大きな大邸宅なので早朝から白露が鳴いても、近所から苦情は来ないだろうが、何故か張り切って白露は「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」と叫んだ。


 第二関門、本家の人々。

 誰もが和泉に注目したのは、それが誰だか分からなかったからでもある。

 素晴らしい深紅の着物に色のない真っ白の大きな鳥が一羽、羽ばたいている柄はあまりにも美しかった。

 そして薄く化粧し、それを着た和泉も素晴らしく可愛らしかった。

 裾には鳥の尾が美しく伸び、それにじゃれつような何かの姿の影も見える。 

 当の和泉は気を失う寸前である。本来、小心者であり、なるべく目立たず生きていきたいのに、生まれてこの方こんなに注目された日もない。


「お邪魔しますよ」

 と靜香が言い、着物姿の沢と朝子が出迎えに出てきた。

「靜香伯母様、あけましておめでとうございます。どうぞ、こちらへ」

 靜香が通り、美登里の両親が続く。その次に美登里、そして和泉が続いた。

 のだが、朝子も沢も和泉に気がつかない。

 一行は和室の居間に案内された。

 年始の会が始まるのは昼の少し前からである。午前十時を過ぎるくらいには人が集まり出すのだが、まだ八時である。美登里が祖母との取引をするために早めの到着を計画したのだ。

 和室には和服姿で当主である雄一と三兄弟が座っていた。

 靜香が丁寧に雄一に頭を下げて挨拶したので、以下同文と家族がそれに倣った。

 和泉も一番後ろで正座して頭を下げたが、視線はずっと畳の目を数えていた。

 が、どこからか強烈な視線を感じるので、そろ~っと目を上げるとばっちりと賢と目が合った。

「え、あれ、もしかして和泉ちゃんじゃね?」

 と軽~くつぶやいたのは陸だった。

 いっせいに和泉に視線が注がれ、

「そうですわ。和泉さんです、綺麗でしょう?」と答えたのは美登里だった。

「まあ、和泉ちゃん! 誰かと思ったわ!」

 と朝子がよほどに驚いた声で言った。

「あ、あの、すみません。不義理をいたしまして、こちらへ伺うのも本来ならばお詫びしなければ……」

 もう自分でも何を言ってるのか分からないのだが、もごもごと詫びた。

「心配していたのよ。喜美ちゃんに電話したら、あなた、無理な縁談を言われて慌てて身を隠さなきゃならないって言ってたし」

 この時、沢が持ってきた湯飲みを口に運んでいた賢がぶっとむせて茶を吹き出した。

「縁談?」

「すみません、それはもう、大丈夫だと」

「そう、よかったわ。無理な縁談を受けるくらいなら、うちにお嫁にくればいいのに」

「そうですわ。朝子おばさまのおっしゃる通りです」

 と便乗したのは美登里である。

「うん、確かに、息子にこんなべっぴんさんの嫁さんが来たらいいなぁ」

 とのんきに言ったのは当主、雄一である。

「本当、そのお着物よく似合ってるわ、和泉ちゃん。とっても綺麗よ」

「それはそうですよ。美登里の為に誂えた本加賀友禅なんですから」

 と苦々しく言ったのは靜香だった。

「いったい、いくらしたと思ってるんでしょうねぇ」

 和泉は言葉もなく、小さくなっているだけである。

 皆があまりに綺麗だ、可愛い、嫁に来い、を繰り返すので和泉は困ってしまった。

 お愛想笑いしながら視線をあげると、超真剣な顔の賢とばちっと目が合う。

 もう、気を失いたい、と和泉が思い始めた頃、

「すみません、ちょっと失礼します。美登里さんに渡す物がありました」

 と言って、賢が和室から出て行った。


 賢は自室へ戻って、机の上に置いてある念珠の箱を取り上げた。

 美登里に頼まれた例の物だ。ばあさん仕様で紫水晶でこしらえてある。

 ばあさんに渡すにはもったいないほどのなかなかの出来だ。

「はぁ」

 賢はため息をついた。

 箱をもう一度机に置いて、振り向きざまに壁を殴った。

 すでに二つ横に並んで、壁に穴が空いている。その下にまた穴が開いたので、まるでムンクの叫びのようになってしまった。

 それから賢は、

「くそっ……か……可愛い……美人すぎる……どっか連れ去って、監禁したい……」

 と、つぶやいた。


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