美登里、はっちゃける
「和泉さん、電話番号変わりました?」
と若尾が言い、和泉は、
「え、ええ、まあ…携帯を変えたもんで」と口ごもった。
携帯を変えても、よその電話会社に変わっても、番号を維持できるこの時代にわざわざ番号を変えるという暴挙に出た事を…和泉は実は後悔している。
土御門に振り回されるのはもうたくさんだ! きーーーーーっとなったその足で電話会社へ飛び込んだ結果だ。
(人間、じっくり考える時間は必要だわ)
賢の言い訳も聞かず、自分から縁を切ったも同然だ、という事をちょっぴりだが後悔しているのだった。かといって、今更、自分から電話もできない。そいつは恥だ。
中途半端な縁切りでは余計に心にひっかっかる。
(せめて、どっちと結婚するのか聞けばよかった。招待状来るかな……こないか)
あの後、和泉は不動産情報誌を元に、自分の部屋を決めて、就活をした。
書店にバイトが決まり、がんばれば正社員への道もあるというのでがんばっている最中である。
深いため息とともに、和泉は冷めたランチをもそもそと食べた。
「クリスマスですねぇ」
「ええ」
運ばれて来たランチを若尾も食べ始めた。しばらくお互いに黙って食べていたが、やがて思い切ったように顔をあげて若尾が、
「よかったらクリスマスにお食事でも……」と言った。
『お断りします!』
と和泉の上から声が降ってきて、和泉は、
「へ?」と顔を上げた。若尾もふっと声の方を見てからぎょっとした様な顔をした。
「和泉さん」
「はい」
と返事をしたが、和泉は一瞬誰だか分かっていなかった。
派手で豪華な振り袖姿の大きな娘が和泉を見下ろしていた。
「あの…」
と和泉が言った。
「和泉さんをお食事に誘うのは私が許しません」
と美登里が若尾に向かって言った。
「はあ? あなたは?」
「人に名前を尋ねる時は自分から先に名乗りなさい」
ぴしっと美登里は若尾に言い放った。
「美登里さん?」
と和泉が言った。
「お久しぶりですね、和泉さん。探しましたのよ。私、あなたにお話がありますの」
「え」
「あ、あの、えっと、でもお昼休みがもう終わるので、今はちょっと時間が…」
「待ちます。お仕事が終わるまで」
「は、はあ」
有無を言わさない迫力はさすがに靜香大伯母の孫だ、と和泉は思った。
時計を見て、和泉はもう行かなきゃ、と立ち上がりかけた。
「あ、若尾さん、こちら、美登里さん、いつかお話した土御門美登里さんです。美登里さん、こちらは若尾さん、です。刑事さんなの」
「あなたが!」
目を輝かせて、若尾が立ち上がった。
「お噂はかねがね伺っています」
美登里は若尾を見て首をかしげた。
「何の噂ですか?」
「え、いや、何のというわけでないんですが」
「そうですか」
美登里はまたふいと和泉の方へ向いて、
「ではここでお待ちしております」
と言って、空いている椅子に腰をかけた。
「美登里さん、お一人なんですか?」
「ええ」
「え、いつも付添の人が一緒なんじゃ?」
「ええ、いつもはそうなんですけど、今日はじっくり和泉さんとお話したかったんで、帰らせました。何時までかかります? お仕事」
「今日は早番ですけど、五時までは」
「分かりました。待っています」
いやいやいやいや。四時間も待つ気? と和泉は心の中でつっこみを入れたが、美登里の顔は真剣そのものだった。
「あの、何のお話ですか? 仕事終わったら、電話しましょうか?」
「電話?」
美登里が和泉を見て、にっこりと笑った。
「では番号をうかがっておきます。でも、待ってます。今日はそのつもりで来ましたから。それに、私、昨日、携帯電話を買ったばかりなんです。それを勉強しながら待ってますわ」
「初めてなんですか?」
ナフキンに自分の電話番号をメモしながら和泉が聞いた。
「ええ、おばあさまがお許しくださらなくて。でも、私、生まれて初めておばあさまに内緒の事したんです!」
「は、はあ、そうですか。あ、やばい、もう行かなきゃ。じゃ、美登里さん、これ、私の電話番号ですけど」
「はい、お仕事がんばってください」
美登里は和泉の番号が書かれたメモを大事そうに受け取った。
首をかしげながら和泉は店を出て行った。
「さて」
美登里は注文をとりに来たウエイトレスへ、
「お抹茶を」
と言って断られた。
「あら、では、紅茶を。オレンジペコがいいわ」
と言って「一種類しかありません」と言われた。
「まあ、何にもないのね。ではその紅茶で結構ですわ」
と言った。注文を受けたウエイトレスは不思議そうな顔をして去って行った。
「あ、あの」
「はい?」
美登里は若尾を見た。
「何でしょう? そう言えば、あなた、和泉さんとどういうご関係なの? 和泉さんには決まった方がいらっしゃるのですから、男性が側にいるのはよろしくないですわ」
「決まった人?」
美登里は自信たっぷりにうなずいて、
「ええ、和泉さんは土御門本家の賢さんのお嫁さんと決めてますの」と言った。
「本家でそう決まったんですか?」
「賢さんがそう望むならばそうなるべきです。次期御当主なのですから」
「しかし……」
「それで? あなたは? 和泉さんどういうご関係なのかしら?」
「じ、自分は……」
と若尾は(何やってるんだろう、俺)と思いながらも、和泉との出会いを美登里に話し始めた。
「そうですか、そういう経緯で」
美登里は紅茶を飲みながら若尾の話を真剣に聞いていた。
「ええ」
「あなたも見鬼の才が優秀なのね」
「ええ、出来ればお祓いもできるようになりたくて、弟子入りを志願したんですけど、断られてしまって」
「そうね、見鬼の才が優秀な方は自衛出来ないというのはよくある話なの」
「そうなんですか?」
「ええ、ですから、一族内では霊能者と見鬼のカップルがよくいますのよ。賢さんと和泉さんのような。ですから和泉さんの事はあきらめてください」
「はあ」
きっぱりと美登里に言われて若尾は肩を落とした。




