賢ちゃんと和泉と念珠4
「何あれ、やっぱりあんた達つきあってんの? 和泉には手を出すな! なんて言っちゃってさ。ちょっと格好よくない? 土御門君」
「つきあってなんかないわよ。それより、賢ちゃんの霊能力は本物なの。美香子に井上君と島田先輩が憑いてるのも本当。美香子、二人に一体何をしたの?」
「だぁかぁらぁ、何もしてないわよ! あ、昼休み終わっちゃうわ」
美香子もパックのジュースを買ってから休憩所を出て行った。
和泉も後を追って二課の部屋へ戻ったが美香子は何事もなかったようにパソコンに向かっていた。納得がいかないが美香子が少しも動じない上に、霊に憑かれている事実でさえどうでもいいふうな感じなので和泉がじたばたしてもしょうがない。島田先輩には悪いけど、現状維持しかない。と思って美香子を眺めていると、島田先輩がこちらへ振り返った。和泉と話がしたいと思っている、そう感じたので、軽くうなずいて、パソコンの電源を入れた。
島田先輩は井上から離れてすぐにやってきた。パソコンの中に入り込むと、
『つちみかど こわい』
と書いた。
「賢ちゃんは私を心配してくれてるんです。でも、彼の霊能力は本物ですよ」
『し ってる』
「先輩、井上君は美香子を恨んでるですか?」
『しらん』
「え……知らんて、美香子が彼を殺した風に言ったじゃないですか」
『ころした も いっしょ』
「え……殺した、のと、殺したのも一緒、とはちょっとニュアンスが違うんじゃないですか?」
『りょうすけ わるい くせ ひとのさいふ ぬすむ みかこそれしって りょうすけおどした』
井上ったら、人の財布くすねるだなんて。もう、死んじゃっているけど、好感度ダウンだわ。人間て見た目じゃないわね。
「脅した内容は?」
『わけまえ』
「……そ、そうですか」
『わし りょうすけ やめさせたいかった ので はんたいした りょうすけ おこって わしつきとばした わたし おくじょう からおちた』
「え! じゃあ、島田先輩を殺したのが井上君じゃないですか!」
『ちがう じこ わるい みかこ』
「先輩……そんなに井上君の事が好きだったんですか?」
『もうじき けっこんするの わたし りょうすけと かね いっぱいわたした けこんひよう』
島田先輩の顔がパソコンの画面に現れて嬉しそうな笑顔になった。それを見た瞬間に涙が出た。先輩、結婚したかったんだな。金目当ての井上と嘘のつきあいでもとても楽しかったに違いない。
「先輩、井上君が死んだのは? 本当は自殺なんですか?」
『みかこ ころした』
島田先輩の言葉には信憑性がなくなってきた。井上と恋人同士だったというのも妄想らしい。先輩はそうでも、井上にとってはただの遊びだった。
「具体的には?」
『りょうすけ しゃちょう いえ ぬすみはいるつもり わしとめた わし わし ひっしでとめた りょうすけ わしにきがつかない わし わたしいっしょうけんめいとめたのよ わたし……りょうすけにさわることもできなかったけど……必死でしがみついて止めているうちに良介の首に髪の毛が巻き付いてたの。私、必死過ぎたのね。気がついたら良介は息をしていなかった』
「せ、先輩~」
島田先輩が殺したんじゃん、と和泉は思った。ある意味、復讐か。
『美香子が来たのはその時よ。倒れてる良介を見て驚いてたわ。慌てて部屋から出て行こうとしてね、でもその時、良介が息を吹き返したの。彼、死んでなかった。美香子はそれは驚いてね。良介にしたら助けを求めてたんでしょうね、でも、美香子は自分の身に危険を感じたみたい。側にあった硝子の灰皿を投げつけたの。良介はよけきれずに倒れて後頭部を打ったの。そして良介は今度こそ死んだ。ね、これって美香子のせいでしょう?』
和泉はうーんと唸ったまま言葉が出なかった。美香子の責任と言えばそうかもしれない。 そこで落ち着いて救急車を呼んでやれば命は取り留めたかもしれない。でも誰でも驚いて同じ事になったかもしれないな。
美香子が少しも悪びれない理由が分かった。彼女は本当に悪い事をしたと思っていないのだ。灰皿を投げつけて、逃げてきただけなのだから。
「でも、どうしてそれが自殺と判断されたのかしら? 頭から血を流していたんでしょう?」
『わたし 血をふいたわ そして良介 体 つるしたの』
「え? どうして?」
和泉の沈黙が長かったせいかもしれないが、先輩の言葉はまた元に戻ってしまった。
『みかこ きらい だから』
そう書き残してから島田先輩はパソコンから消えた。
井上と美香子と島田先輩、誰の責任でこんな事になってしまったのか。
和泉から見えれば井上が一番罪だと思う。
しかしそんな井上を見抜けない先輩も哀れだし、美香子も問題がある。
井上と島田先輩はいつまで美香子に憑いてるつもりなんだろう。島田先輩にすれば、さっさと二人で成仏した方が幸せなんじゃないだろうか。島田先輩はそうしたいのだけど、井上が美香子から離れないのかもしれない。
和泉は振り返って美香子の背中を見た。その時、井上と目があった。いつもはぼうっと美香子を見下ろしているだけなのに、今は和泉を見ていた。
そしてにやっと笑ったのだ。
何故だか、ぞっとして、体中に鳥肌がたった。