賢ちゃんと和泉と念珠3
翌日、会社の昼休みに自販機の前で賢に会ったので、念珠のお礼を言おうとしたら、
「てめえ、恩を仇で返しやがって」
と睨まれた。
「え?」
「ばばあに俺が念珠を作った事をばらしただろう」
「あ、ああ、だって夕べ帰りに静香伯母様にばったり会ったんだもん。賢ちゃんに何の用だって凄まれてさ」
「あれから散々嫌味を聞かされたんだぞ」
「どうして?」
「あのばばあには忙しくて作れないとずっと断ってるからだ」
と賢は自慢げに言った。
「ぶ」
と笑ってしまった。ちょっといい気味。
「あれを作るのにはすげえ労力と霊能力がいるんだ。そうそう作れるかよ」
「え、そうなんだ。ごめんね」
和泉は自分の左手首を見た。水晶はきれいな輝きを放っている。それを眺めているだけで癒されるような気がする。市販のでもいいからもっと早くこういうのを身につけておけばよかったな。それとも霊能力の高い賢が作ったからその効力なのだろうか。
「いや、まあ、別にいいけどよ」
「じゃあ、静香伯母様にも作ってあげなくちゃいけなくなったの?」
「いや、ひとつ作ると一年は作れないと言って断った」
「本当?」
「嘘」
と言って賢がにやりと笑ったので、和泉もつられて笑った。
「そう言えば、静香伯母様が美登里さんを賢ちゃんのお嫁さんにするって言ってたわよ」
「はあ? 何だそりゃ」
「さあ、でも結構本気っぽかったけど。私はあんまり彼女の事知らないんだけど、賢ちゃんは美登里さんと付き合いあるの?」
「ない。昨夜一緒来ていたけど、それでも五年ぶりぐらいじゃねえ? ばあさんはうちのばあさんのとこによく来てるけどな」
「そうよね、よく車が正門のとこに止まってるの見るわ」
「年中来てるぜ、暇なんだろ」
「そっか」
「俺が次代を継がないとなりゃ、どうせ手のひらを返したように仁か陸にまとわりつくだろうよ」
「え? 賢ちゃん、継がないの?」
「さあな」
そうやって立ち話をしているところへ、
「あら、お二人さんおそろいで」
と声がして美香子が立っていた。
おそろいで、はこっちのセリフよ、と和泉は美香子を見た。
美香子の背後に付き人のように井上がやはりついて歩いている。もちろん、肩の上には島田先輩。しかし井上はおびえたような表情をしてこちらを見た。島田先輩は井上の頭の上に駆け上がって髪の毛で井上の顔にしがみついている。
賢が一緒にいるからだろう。彼らは賢を恐れている。
賢は美香子の上から下までじろっと見て、
「すげえな」
と言った。
「あら、なあに?」
と美香子が聞いた。
「あんた、そんだけ霊魂を背負っててよく具合が悪くならないもんだな」
と賢は美香子にずばっと言ったのだ。
「え? 霊魂て?」
美香子はわけがわからないという顔で和泉を見た。
「賢ちゃん、言った方がいいかな?」
和泉が賢を見上げるとやれやれという顔をしていたが、
「あんたには井上と島田さんの霊がとり憑いてる。恨みがましそうな顔であんたのそばに立ってるよ。よっぽど恨まれるようなことをしたんだな」
と言った。
「えー? 嘘」
美香子は少なからずショックを受けたような顔をしたが、
「恨まれるような覚えはないわ」
と気丈に言い張った。
「それならそれでいい。けど、和泉を巻きこむな。こいつは見鬼だから霊になつかれやすいんだ。井上も島田さんもいいな。もし、和泉に手をだしたら、俺がお前らを二度と生まれ変われない場所へはじき飛ばすぞ。一億年も二億年もウジ虫として生きたくないだろ?」
と賢は強くそう言った。
最後の一億年も二億年も…というところが怖い。ほとんど未来永劫だ。
井上はこの時初めて少しだけたじろいだし、島田先輩はうんうんと首だけの頭を振って意思表示した。やはりそれだけ賢の霊能力を恐れているらしい。
「じゃあな、和泉も妙な事に関わるなよ」
と言って賢はコーヒーの入った紙コップを持って休憩所を出て行った。