賢ちゃんと和泉と念珠2
何度も言うが土御門本家は由緒ある家なので、敷地も巨大だ。道路からすぐに家の玄関のうちとは違う。玄関を出て、小道を歩いて庭を突っ切り、うちよりでかい車庫の前を通り過ぎ、池のふちをぐるりと歩き、そして大きな正門が見えてくる。まだそれが正門への最短距離である。池のふちを反対側に歩いて行くと鬼婆が住んで……。
「あら、喜美子さんじゃありませんか」
とうすぼんやりと灯った外灯の下でよその団体と出会った。
顔は見なくても声だけで分かる。雄一のお母さんの妹である、土御門静香だ。
「静香伯母様、ご無沙汰しております」
と母親が返事をして頭を下げた。
「こんな夜更けに他人の家を訪問するもんじゃありませんよ。雄一も朝子もあなたには親切だから」
嫌味な婆様だ。あんたも訪問帰りだろうが、と和泉は思った。
でも自分は他人じゃないって言いたいのよね。この人。自分は土御門の重要人物だから、どんな振る舞いも許されるけど、自分らのような下っ端は遠慮せい、とおっしゃりたいのだろう。
「すみません」
と母親はまた頭を下げた。
「それに? 雄一さんの所へ来て、姉さんに挨拶もしに来ないとはねぇ」
この静香様は辛口でいつも会う度に嫌味を十は言うのだが、きりっと背筋の伸びた厳粛な感じはさすがに土御門という感じはする。薄闇なのではっきりとは見えないが、こんな時間にでもずいぶんと高級な着物をキリッと着こなしている。
しかしこのばあさんはもう一人いる。雄一の母は加寿子といい静香と双子の姉妹だ。 加寿子は女の身で先代の当主だった。
両親はじっと我慢して静香様の嵐が通り過ぎるのを待っていた。
静香の横には孫娘がいた。彼女も着物姿だ。孫娘は和泉とそう変わらない年だが太めで大柄な娘だった。昔昔には一緒に遊んだ事もあったなと和泉は思った。
「それで? なんの用で来たんだい?」
和泉の両親はどうやって説明していいのか困ったような顔をした。
「まさか、その娘を賢さんに売り込みにきたわけじゃあるまいね?」
「はあ?」
「賢さんは次代当主ですよ。それに相応しい嫁を選びますからね。同じ土御門でもお宅では格が違いすぎますよ。賢さんにはうちの孫の美登里をどうかと考えているんですからね」
和泉は美登里を見た。美登里は和泉に向かって困ったような顔をした。
「どうなの?」
「別に賢ちゃんの嫁になりたいなんて思ってませんけど」
と和泉は言った。
「賢ちゃん……次代様をちゃんづけで呼ぶなんて! 里が知れるとはこのことですよ!」
「す、すみません、静香伯母様」
と母親がうろたえて謝った。
「賢ちゃ……賢さんにお借りしてたお念珠を返しにきただけですよ」
面倒くさいので和泉がそう言うと、婆さんはまたまた血相を変えた。
「賢さんのお念珠を借りたですって? あのお念珠は先祖代々当主に受け継がれてきた大事な……」
口から泡を吹きそうな勢いで婆さんが言った。
「だからちゃんとお返ししましたよ。新しいの作ってくれたんで」
と腕の水晶を見せると、婆さんは目をつり上げた。
「何ですって、賢さんが……お前みたいな娘に作ったというの!? この私がいくら頼んでも……なんだかんだと理由をつけてのばすくせに……大体、和泉、お前は賢さんをあんな目に合わせたというのにいまだにのうのうと屋敷へやってきて! 本当なら門をくぐるのも遠慮してもらいたいもんだというのに!」
「え?」
と和泉が言うのと、母親の、
「静香伯母様! その話はやめてください」
と言う少し強気の声が重なった。
「美登里、行きますよ!」
正門へ向けて歩いてきたはずの静香一行はくるりと向きを変えた。
静香一行が玄関から屋敷の中へ乗り込む後ろ姿が見えたので、和泉達は大急ぎで正門から出て、走って家に帰った。
家に帰り着いてから、リビングでぐったりしている母親に、
「あたしが賢ちゃんをあんな目にあわせたって何?」
と聞くと、
「……昔ね、あんたが危ない目にあった時に賢さんが助けてくれたのよ。でもそのせいで、賢さんが怪我をしてしまったの。その事よ。賢さんは小さい頃から次代様だと決まっていたから、少しの怪我でも大袈裟に言うの。特にあの方はね」
と母親が苦笑した。
「ふうん、いつ頃の話? ぜんぜん覚えてないけど」
「小学校五年生くらいかしらね。もうこんな時間よ。寝ましょう」
母親は話を切り上げて台所へ入って行った。何故かこの話はしたくない、という態度にに感じた。
和泉は洗面所で歯を磨きながら頭をひねったけど、少しも思い出す事はできなかった。




