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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第一章
13/107

賢ちゃんと和泉と念珠

「それ、どうしたの?」

 と母親が言ったので、和泉は箸を止めた。

「へ?」

 左手に茶碗を持ってはいるが、右手に持った箸は白飯でなく唐揚げをつまんでいる。

「そのお念珠よ、最近、ずっとしてるけど」

「ああ、これ、賢ちゃんに借りたの。この間、ちょっとやばかったのよ。うちの会社の女子トイレに霊道が通っててさ、あやうく引っ張り込まれるとこだった。賢ちゃんが助けてくれたからよかったものの。ほら、この間、賢ちゃんちで晩ご飯食べて帰った日」

 母親の口はあんぐりと開いたまま、和泉の左手の念珠を見つめている。そしておもむろに立ち上がった。

「ちょっと! どうしてそういう事は先に言わないの! 賢さんにお礼に行かなくちゃいけないでしょ! あんたって子は普段はおしゃべりなくせに、肝心な事は言わないんだから! 本家の賢さんに礼儀知らずだと思われるじゃないの!」

「はあ? そんなたいそうな事?」

「そうよ! 晩ご飯くらいならともかく、助けて頂いたお礼はきちんと!」

 母親は急いでエプロンを外し、

「お礼に行くのに賢さんのお好きな和菓子を持っていくから、買いに行かなくちゃ。早く! お父さん!」

「今から?」

 やはり茶碗と箸を持ったままの父親が聞いた。

「そうですよ」

「もうどこも開いてないんじゃないの? 八時だよ?」

 と和泉が唐揚げをほおばって言うと、母親は和泉を睨みつけた。

「開けてもらいます」

「明日でいいじゃん。私が会社の帰りに何か買ってくるよ」

「駄目。お母さん、こういうの気になって寝られないの。すぐに行動しなくちゃ駄目なの。それに……あんた、そのお念珠、いつまでも借りてていいの? 賢さんの大切な物なんでしょ。早く返した方がいいわ」

「え、だって、お守りになるから持ってろって貸してくれたもん。これがないとまた霊道とか見えたり、成仏できない霊とか寄ってくるからやだ」

 いつまでも借りっぱなしなのは気がひけるが、あんな恐ろしい目にあうのはこりごりだ。 賢が返せと言わない限り、手放す気はなかった。

「だが、そのお念珠は土御門家の頭領に伝わるとされる由緒あるお念珠らしいぞ」

 と父親が言った。

「うそ、そんな大事なもの?」

 道理で古びた感があると思った、と和泉は念珠を見直した。

「賢さんに頼んで、別のお念珠を手に入れるわけにはいかんかな」

「お礼にうかがったついでに頼んでみましょうか。やっぱり賢さんにしても大事な物だし早くお返しした方がいいわ」

 と母親が言った。そしてせかされてた父親は和菓子を買いに行く為に晩ご飯も中断させられた。

 近所の和菓子屋に無理を言って賢の好物の和菓子を大量に買い込む。それも土御門家の名を出しての暴挙だ。近所では昔から土御門家は名家で通っているから、多少の無理が利く。うちは土御門でも下っ端なのに、こういう時は母親は最大限に名前を利用するのだ。

 その足で本家へと向かう。お風呂も入って後は寝るだけだったのに、わざわざ着替えさせられていい迷惑だ、とつぶやくと、

「こっちこそいい迷惑よ。あんたがもっと早く言ってくれればきちんとお礼にも早くに行けたのに!」

 と母親は憤慨している。

 三兄弟は家にいた。朝子も沢も、そして三兄弟の父親である現土御門当主の雄一も家にいた。突然の夜の訪問を申し訳ない、と両親は卑屈なくらいに謝って頭を下げた。

 そして訪問の理由を告げると、

「そんな事でわざわざ。喜美ちゃんは本当に真面目なんだから」

 と朝子が笑った。

「まあ、上がっていきなさいよ。沢さん、お茶を」

「かしこまりました」

 リビングに案内されてふかふかのソファに座っていると、各自部屋でくつろいでいたであろう雄一と三兄弟がぞろぞろと現れた。雄一はとても大きな人だった。外見は賢が一番似ている。がっしりとした体躯でとても頼もしい感じがする。土御門本家の現当主であるが、話せばくだけた人だ。面白い親父ギャグを連発するので昔からこの人だけは好きだった。同じ土御門の姓を名乗っているが、うちの母親の母親が雄一の母親のはとこだという薄い関係だ。近所なので何かと行き来はあるが、和泉から見ればお手伝いさんも同然のうちの母親だった。もちろん雄一も朝子も優しい人なのだが、やはり何かと格差はつく。それでも本家の為にせっせと働く和泉の両親は人がいいのか、鈍感なだけなのか。

 本家に取り入りたいと思っている分家はたくさんあり、和泉を疎ましく思う親戚もいるのだ。別におべっかを言ってまで取り入りたいとは思わないし、和泉の両親は純粋に本家を尊敬しているだけだ。

「それで賢さんにお礼も言えてなくて本当に申し訳ないと……」

 と父親が言った。

「別に、かまいませんよ」

 と賢がぼそっと言った。

「お念珠も大切な物でしょうに、和泉に貸していただいてすみません。お返ししないと」

 と母親が続けたが、仁が途中で遮った。

「でも、念珠がないと和泉ちゃん、また引っ張り込まれるかもよ。ああいうのって癖になるからさ」

「え……そんなの困る。どうしたらいいの?」

 和泉はすでに半泣きだ。あの暗闇での恐怖を再び味わうくらいなら、即死希望。

「賢さんのお念珠は特別に力が込められているから、和泉ちゃん、まだ持っていた方がいいわ。和泉ちゃんに何かあったら、大変だもの」

 と朝子が言い、雄一もうなずいた。

 賢だけはあんまり興味なさそうに母親が差し出した和菓子の箱を開けて、すでに食べ始めている。

「ねえ、賢さん」

 と朝子が言うと、顔を上げて和泉を見た。

 そして面倒臭そうな動作でシャツの胸ポケットから何かを取り出すと、和泉の方へ放り投げた。和泉は慌てて手を出してそれを受け取った。

「何?」

 つまみあげるとそれはほっそりとした、透明の粒が並んだ小さな念珠だった。

「うわ、奇麗。こんな奇麗な念珠、見た事ない」

 小さな粒は水晶だと思われる。その一粒一粒に文字が刻まれていた。

「あら、久しぶりね、賢さんのお念珠」

 と朝子が言った。

「それやるから、俺の念珠返してくれ」

 と賢が言った。

「え、あ、うん」

 和泉は慌てて左手にはめていた賢の念珠を外して差し出した。賢はそれを和泉の手から取り上げると立ち上がった。

「こまめに拭いて清潔にしろよ。汚れたままにしておくと効力が落ちる。なるべく外さないで身につけておけ」

 と偉そうに言った。

「あ、うん、ありがとう。賢ちゃん」

 珍しく和泉が賢に感動して心を込めてお礼を言ったのに、賢はふんと背中をむけた。

 ドアの方に歩いて行きかけた時に陸が、

「お兄ちゃん、格好いい~。和泉ちゃんの為に土御門家次代当主様が手作りの念珠だって、和泉ちゃんを守って守ってしょうがないくらいに守っちゃうよね」

と茶化したので、賢は立ち止まった。

「陸君」

 と賢が振り返って言った。その目は冷たく陸を睨んでいた。

「後でお兄ちゃんの部屋に来なさい。殺す」

 そう言ってリビングを出て行ってしまった。

「賢さんの手作りなんですか?」

 と母親が聞くと、雄一が、

「そうだろうな。昔から賢は器用でね。霊能力の高さもさることながら、その力を込めた霊力のある念珠や護符を作成する能力にも長けているんだ」

 と嬉しそうに言った。

「まー兄の作った念珠は本当に効力が強いからよく頼まれるんだけどさ、滅多に作らないんだよ。さすが和泉ちゃんの為なら頼まれなくても作るんだね。愛だねぇ」

 陸がそう言って、今度は仁に頭をはたかれた。

「余計な事を言うな、賢兄にぶっ飛ばされるぞ」

「だってさ、まー兄、言わなすぎだもん、そんなんじゃちっとも伝わらないよ。和泉ちゃん、鈍感すぎだし。この間イケメンと喫茶店でお茶してる和泉ちゃんを見て固まってるまー兄を見ちゃったもんね。和泉ちゃんに彼氏出来てからでは遅すぎだよ」

 と陸が言った。

「あの、それならもの凄く高価な物なんじゃないですか? いくらお支払いすれば…」

 と父親がおずおずと言った。

「あら、和泉ちゃんにあげる為に作ったんだもの。お金なんてもらうつもりはないわ」

 と朝子が言った。

「賢ちゃんの手作りかぁ」

 和泉は感動した。大きなごつい手でちまちまと小さな水晶の念珠を作っている姿を想像して少し笑えた。

 お礼を言ってから土御門家を辞した。


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