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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第一章

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12/107

賢ちゃんと和泉と刑事

その日の退社後、ふらふらと会社を出て駅へと歩く和泉に声をかけてきたのは昼間の若尾刑事だった。事件に関係ある話をしたいんですが、と若尾刑事は真剣な顔で言った。

 近くの喫茶店で向かい合って座ると、若尾刑事はずばり、

「小池美香子さんに憑いてる物があなたには見えてるんじゃないですか?」

 と言ったのだ。和泉は飲みかけたコップの水を少しだけ吹きだした。

「警察の人なのに、そういう霊魂系なものを事件に取り上げるんですか?」

 すぐに運ばれてきたアイスコーヒーをかきまぜながら和泉は聞いた。時刻は夕方だが、まだ日差しはきつく、少し歩いただけで汗をかく。節電とは言いながらも飲食店では冷房をゆるめるのは死活問題だろう。

 若尾刑事は汗を拭きながら、

「物的証拠としては取り上げられません。ただ、自分が見えるだけで、厳密にいえばこれは警察官としての質問ではないのです」

 と言った。

「やっぱり見えてたんですね。井上君と島田先輩が?」

「島田先輩というのは?」

 和泉は少し前に起きた島田先輩の飛び降り自殺の件を話した。

「なるほど、そちらの方も自殺で片付いているのですね。しかし関連があるのかもしれませんね」

「そうですね」

 しばらくの間、沈黙が続いたが、

「井上君が美香子に憑いてるから美香子を疑ってるんですか?」

 と和泉は聞いた。

「いや……署内では小池美香子さんを疑うという動向はないんです。見えるのは自分だけですから」

「ああ、そうか」

「土御門さんは霊との意志の疎通が可能なんでしょうか?」

「え? ああ、まあ、相手が何か言いたいのなら聞くくらいなら出来ます」

「さすがは陰陽師の家系ですね」

 若尾刑事はこの時初めて微笑んだ。

「あら、ご存じなんですか? 土御門家の事」

「ええ、僕も子供の頃から割と見える方でして、結構苦労しましてね。いろいろ調べたんですよ」

「そうですか、でも私なんかは土御門家の枝の端の方で、昼間にお話した土御門賢さんが本家なんですよ」

「すごいなぁ。一度お話したいとは思ってたんです。やはり本家の方となるとかなりな秘法でもって霊をやっつけたりするんでしょうね」

 と言った若尾刑事の顔は何故だか嬉しそうにきらきらしていた。

「さあ、それはどうでしょうか」

「僕は見えるだけなんですよ。だから、ずいぶんと怖い思いもしました。追い払う事が出来なくて」

「ああ、それは分かります。私も面白半分に悪い霊に追いかけられたりしたわ。泣きながら逃げ回ったわ」

 逃げ回ったと言ってから、その情景が頭に浮かんだ。逃げているのは和泉、何か黒い物が追いかけてくる。景色は山辺で川が流れている。和泉は泣きながら逃げている。誰か助けてくれたのかしら?

「ああ、分かるな、それ。でも、誰も見えないから助けてくれないしね。次第に見えないふりがうまくなりましたよ」

 若尾刑事の言葉で我に返った。

「そうね、でも見えないふりって難しいのよね。つい驚いて声がでちゃうから」

 若尾刑事の言うことは理解できた。泣きながら逃げ回るしか能のない子供は見えないふりが上手になり、大人になって本当に霊感がなくなる者もいるのだ。

「そういう時に理解してくれる人がいるのといないのではだいぶん違いますよ。僕なんかは孤独だった。家族は誰も霊感のある者はいなくてね」

 そういう点では和泉は理解者は近くに山ほどいた。親戚一族がみな、霊の存在信じる家系だから。三兄弟によくいじめられたものだが、それでもいざという時には助けてくれた。

「僕、土御門家に養子にいくのが夢なんです」

 と若尾刑事が突然言った。

「え?」

「土御門を名乗りたいんです。せっかく霊感があるんだから、それを有効に使いたいんです。こういう仕事にも就いてるわけだし。今回のような事件にも役立つと思うんですよね。でも、僕一人の言葉では警察では取り上げてくれません。でも有名な土御門の言葉なら信用されると思うんです。あ、僕は三人兄弟の末っ子なんで、養子に出ても全然オッケーなんです」

「はあ」

 誰か土御門の女の子を紹介しろとでも言ってるのかしら?

「よろしくお願いします」

 と若尾刑事は言った。

「はあ?」

「土御門大介。何か格好よくないですか?」

 と若尾刑事は嬉しそうに言った。





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