賢ちゃんと和泉と美香子
「困ったわ」
助けてと言われてもなぁ。井上を殺した犯人を捕まえろと言うのだろうか。
机に頬杖をついて考えていると、当の美香子がやってきて、
「ねえ、ご飯食べに行かない? 見たとこ今日は弁当持参じゃないみたいじゃない」
と言った。その背後にはもちろん井上が立っている。
「え? あ、ああ、そうよ。今日は持ってきてないわ」
時計を見上げると十二時を指していたので、財布と携帯を持って和泉も立ち上がった。
美香子と和泉は連れだって会社を出た。
「どこに行く? サンドラの定食にする?」
「そうね。混んでるかな?」
会社近くの喫茶店へ入ると、冷房がよく効いていてひんやりとした。
「わ、涼しいわね」
席につき、メニューを眺めていると、
「ちょっとよろしいですか?」
と頭上から声がした。顔を上げると、スーツを着た二人連れの男が立っていた。
「あら、刑事さん」
と美香子が言った。
「け、刑事?」
前にいた年配の男が警察手帳を提示した。その後ろの若い男はテレビの刑事物に出て来るようなちょっと格好いい青年だった。
「警視庁捜査一課の本条と申します。こっちは若尾刑事。お昼休みに申し訳ないのですが、少しお話を伺っても?」
と年配の方が言った。こちらも苦み走った感じが往年の名刑事役の俳優を思い出す。若尾刑事も軽く会釈をした。
「はあ」
と和泉が答えると、美香子は面白そうな声で、
「どうぞ、じゃあさ、つっちーがこっちに座ったら? そしたら刑事さんがそっちに二人座れるわ」
と場を仕切った。和泉は仕方なく美香子の隣へ移動した。向かいに刑事が座る。注文を取りにきたウエイトレスに定食を頼んで、和泉は美香子に聞いた。
「どうして警察の人って知ってたのよ?」
「だって、朝、課長のとこに話を聞きにきてたわよ。井上君の事ですよね?」
美香子の問いに本条刑事はうなずいた。
「自殺なんでしょ?」
と美香子が続けたが、本条刑事はそれにはうなずかなかった。
「それが、どうもね。周囲の話を聞きこんでみても、どうしても自殺をする動機が見つからんのですよ」
「あら、そうなの」
「首を吊った、ああ、お食事前なのにすみませんね。首を吊る前につけられた絞められたような後が首に残っていますしね、頭を殴打された後もあるんですよ」
和泉は口を挟まずにその会話を聞いていたが、ふと若尾刑事に目をやってどきっとした。
若尾刑事の視線は和泉の頭の上を通りこしている。どちらかというと美香子の頭の上辺りを見ているのだが、美香子の背後には井上が立っている。その肩には言い訳のしようのない姿の島田先輩が。
まさか井上が見えてはいないだろうなぁ。
「小池美香子さん、あなた、被害者とは親しいおつきあいをされていたそうですが、何か心当たりはないんですか?」
と若尾刑事が美香子を見てそう言った。
「親しいおつきあい?」
と和泉が美香子へ聞くと、
「あら、特別に親しいわけでもなかったわ。そりゃ、将来有望だったから一応目はつけてたけど」
と言い訳のように言った。
「そうですかねぇ」
と言いながら、若尾刑事は美香子の頭の上を見ている。
「井上君て誰かつきあってた人が社内にいたの?」
と和泉は美香子に聞いた。美香子はコップの水を一口飲んでから、
「知らないわ。いなかったんじゃない?」
と言った。その瞬間に井上の肩の上の島田先輩が激しく動いた。しゃきしゃきしゃきと激しく口を動かしながら、頭を振る姿は踊っているようだった。
驚いたのは和泉と同時に若尾刑事が島田先輩の方を見上げたことだ。そして若尾刑事も驚いた顔で和泉の方を見た。
「何?」
美香子が自分の背後を振り返って見た。怒り狂っている島田先輩の姿はやはり見えないらしい。ちょうど注文した定食が運ばれてきたので、和泉は刑事を前に食事を始めた。
本条刑事が、手帳に何かを書き込みながら、
「小池美香子さん、あなた、五日の午後九時ごろはどちらにいましたか?」
と聞いた。美香子は少し考えるような素振りをしたが、
「家にいたと思うけど……」
と答えた。続いて、
「いや、形式的にお聞きしているだけなんですがね、土御門和泉さん、あなたは?」
「五日は……」
そうだ、井上が霊道から出て来たのと遭遇した日だ。賢がいなかったら、和泉も霊道から戻れなかったかもしれない。あの時の恐怖は今でも残っている。あれから夜は電気をつけてでないと眠れない。暗闇に一人は怖い。
「夜は家に……あ、親戚の家にいました。近所の親戚の家で晩ご飯をよばれて……帰ったのは十時すぎぐらいと思います」
「ご親戚というと? 同じ会社の庶務課に土御門賢さんという方がいらっしゃいますね? その方ですか?」
「はい……土御門賢は親戚です」
「なるほど」
若尾刑事は何度もうなずいてから手帳を閉じた。
和泉達が定食を食べ終わる頃に刑事は帰って行った。結局、何が言いたかったのかよく分からなかったが、刑事の目が多少は美香子に向いているという事は分かった。当の美香子には何の動揺も見られない。普段通りだ。もし美香子が井上を殺した犯人ならアカデミー賞ものの演技力だな、と思った。
「本当は抜け駆けして井上君と親密だったわけ?」
なるべく軽く言ったつもりだったが、美香子はきっと和泉を睨んで、
「どういう意味よ。あたしが井上君の自殺となんか関係があるとでも?」
と強く言った。
「そうは言ってないわ。でも刑事さんが親しいおつきあいをって言ってたじゃない。だからうまく抜けがけたのかと思ってさ。実際、あの競争率の中で井上君の気を引くのは大変そうじゃない?」
「そうね、四六時中、誰かがへばりついててね。井上君もちょっといい気になってたわ。女なんていくらでもって感じだったんじゃない? 実際、つまみ食いは来る者を拒まずだったわ」
「そうなの?」
「そうよ、社内でも二、三十人は彼と寝てんじゃない。話のネタにされてるとも知らないで。社長の甥だもん、入れ食い状態でしょ」
「ネタ?」
「そうよ、いつか昼休みに男ばっかりでそんな話をしてるの聞いたわ。男連中で大爆笑してた。まさかと思うようなお局もいたわ」
「……島田先輩とか?」
美香子は少し首をかしげて、
「ああ、そうね、あの人もそうだったかもね。関心なさそうにしてたけどさ、もし井上君に言い寄られたら、その気になるんじゃない」
と言った。
「井上君て、そんな男だったんだ。知らなかった。でも美香子、そんな男と知っても冷めなかったの?」
「あのねぇ、あたしは井上なんかに興味はないわ」
「ええ!?」
「興味あるふりしてただけよ。あいつに群がる女子社員は多いほどいいわ。井上が目立ってれば、他の社員が目につかないじゃない?」
「じゃあ、本命は他にいるんだ」
「まあね」
「誰!?」
美香子はそれには答えず、財布を手に立ち上がった。
「さ、昼休み終わりよ」
カツカツと靴音をたてて歩いていく美香子の背後に井上がついて歩く。今の会話を井上は聞いていたのだろうか、聞こえていても何も理解できないだろうか。井上の肩の上に乗った島田先輩の顔がくるりとこちらへ振り返った。
先輩の顔は悲しそうだった。




