誓い
「和泉と結婚します。必ず幸せにしますから」
ときちんとスーツを着た賢が言った。
どうも様々なサイズの洋服を持っているらしく、スーツは痩せた賢にぴったりサイズだった。
狭いリビングで賢の前に座っている和泉の両親はもううなずくしかない。
母親は反対する気持ちをもう失っている。
足が不自由な和泉はもう結婚には縁がないだろう。打算的と言われようが、賢なら金銭的にも不自由はしないだろうし、なにより和泉を好いていてくれる。
親は先に死んでいく。他に係累もない和泉の将来は賢に任せるしかない。
父親が、
「和泉の事をどうぞよろしくお願いします。御本家でお役に立つかどうか」
と言って頭を下げたので、母親も一緒に頭を下げた。
「賢ちゃんは今日は駅前のホテルに泊まるから。あたしは今夜荷造りして、明日の夕方の飛行機で賢ちゃんとあっちへ戻るから」
「そうなの」
母親が寂しそうに答えた。
「うん、賢ちゃんが早く一緒に暮らしたいって……」
「わ、よ、余計な事言うな」
「なによ~一晩中それで揉めたじゃん! あたしは一緒に住むのなんて結婚してからでいいって言ったのに」
「和泉、賢さんにそんな偉そうな口をきいて!」
「だって」
父親に怒られて和泉は唇を尖らせた。
「お前、御本家に入って、だんな様に口答えなんかするんじゃないぞ。今までとは違うんだから」
「おじさまとおばさまの前でそんな事言うわけないじゃん」
「誰の前でも駄目に決まってるだろう……そんな調子でやっていけるのか、不安だ」
父親ははあっとため息をついた。
「そんな事急に言われたって、賢ちゃんが……」
「賢さんの事をちゃんづけで呼ぶのも止めなさい」
「え~、賢さん?」
和泉は賢の方を見て、首をかしげた。
「賢さん」と言った。
「……」
賢はごっほんと咳払いをしてから、
「式は来春くらいにと考えています。和泉の足の負担にならないように。それについてはまた神道会とも話をしてから決めたいと思います。申し訳ないですが、俺の結婚の話は土御門神道会込みになりますので」
両親はうなずいた。
「それはよく存じております。近々、私どもの方から雄一様へご挨拶に伺います」
「分かりました。じゃ、俺はこれで失礼します」
と言って賢が立ち上がった。
「え、もう?」
「すぐに連れて行ってしまうのが、申し訳ないからな。今日はお父さんとお母さんとゆっくりしてくれよ。明日、昼過ぎに迎えに来る」
「分かった」
賢が玄関へ行くと、どこにいたのかとことこと赤狼が姿を見せた。
「赤狼」
と賢が声をかけた。赤狼は賢を見上げたが、ぷいっと横を向いた。
「……赤狼、これからも和泉を護ってやってくれよな。お前になら安心して和泉を任せられる。まあ、俺の和泉だけどな、俺の」
と賢が言って赤狼を見た。
赤狼も賢を見上げる。
ばちっと視線が合う。
そして、
「がぶ」
「い、痛たたたたた、痛い! 赤狼、離せ!」
赤狼はがぶっと賢の手に噛みついている。
「和泉! 和泉!」
「え? 何?」
遅れて和泉が玄関へやってきた。
「赤狼に離すように言ってくれ!」
「赤狼君! 離して! どうしたの? 賢ちゃんの手なんかかじったら、お腹壊すわよ!」
赤狼はかろうじて賢の手を離したが、
「グルルルルル!」
と牙を剥いて唸っている。
「賢ちゃん、血が出てるわ。手当しなくちゃ!」
「だ、大丈夫だ。じゃ、じゃあ、また明日」
よろよろと賢は吉田家を後にした。
その夜、和泉はあれこれと荷作りをしていた。
段ボールに必要な物を詰める。これは明日宅配便で送るのだ。
洋服、下着、靴、化粧品。
「ん? 赤狼君、どうしたの?」
寝そべっている赤狼がすくっと立ち上がったので和泉が声をかけた。
「出かける」
「出かけるの?」
「ああ、代わりにこいつらを置いていく。反省しているようだが、許せないなら追い返せ」
そう言って赤狼が姿を消したが、そのすぐ後に、ミズキと銀猫が姿を現した。
「銀猫さんにミズキちゃん」
「和泉ちゃん、悪かったよ」
銀猫は耳を後ろへ寝かせて目を細めている。
ミズキはツインテールの女の子へ変化して、
「手伝うにょん」と言った。
「逃げだしたのはあたしだもん、皆が怒るのは無理ないわ。これからどうぞよろしくね」
と和泉が言うと、銀猫とミズキが嬉しそうに笑った。
泊まっているホテルの近くの居酒屋で賢は一人で座っていた。
一人でビールを飲んでいると、入り口ががらっと開いた。
振り返ると赤狼が立っている。
真っ赤な髪に派手な服装はよく似合っているし、都会の方ではよくいるかもしれないが、田舎の全体的に地味な街では光り輝くように目立っていた。
その証拠に赤狼が通路を進んで、テーブルを通過する度にそのテーブルでの会話が止まり、赤狼を見上げてぽかんとしている。
「……派手だな。他に変化のしようがなかったのか? まあ、確かにお前が変化したらこんな風になるだろうな、と予想通りだけどな」
「フン」
と言って赤狼が賢の向かいに座った。
「和泉と一緒に戻ってくるだろ?」
「セイアルカギリイズミヲマモルトチカッテシマッタカラナ」
「……お前、この間は普通にしゃべってたじゃないか」
注文を取りに来たので、賢は赤狼の為に酒を頼んだ。
「まあ、ほどほどにな。お前が酔っぱらったのは見た事がないけど」
「酒癖は悪くない。あの鬼と一緒にするな」
「闘鬼か。まあな。たいして力を貸してもくれないのに、酒だけは要求するんだよな。ガキの頃、よく酒蔵にじーさんの酒をかっぱらいに行かされた」
「知ってる。家で作った果実酒をあの鬼が片っ端から飲み干して、怒られた事もあったな」
「ああ、あった。それで都合が悪い時は姿を見せなくてよ、怒られるのは俺。十二神をしっかり管理しろってばーさんに何回も怒られた。あんな面倒くさい鬼を十二神に入れたの誰だって話だ」
「あの鬼も長い契約に縛られているな。安倍家から土御門まで千年以上も」
「縛られてないだろ? いつだって自由気ままじゃないか」
「そうかな」
と赤狼が笑った。
「そうだ。俺の前に姿を現さなかったら、何百年も誰も姿を見てない存在だったんだぞ。もはや伝説って話だ。土御門でも信じてない者が多かった。ただ、名前だけの十二番目の式神だった。俺も実際はそう思ってた」
「どうして次代の前に姿を現したのか聞いてないのか?」
「聞いてない」
「気に入らないと姿を見せないって話だ。将来、うまいケーキがたらふく食えるって先読みしたのかもな」
「和泉のケーキか」
「確かにうまい」
「……まだ、俺は食った事がないんだが」
「デブには食わせない」
「どうしてお前が決めるんだ!」
「ふん……まあ、和泉が選んだならしょうがない。これからは土御門の生業に精を出して、早めに悪霊に殺されろ。その後の和泉の事は心配するな」
と赤狼が賢に言った。
「そうするよ……全く心強いな」
と賢が肩をすくめて苦笑した。




