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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第四章
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再会

一ヶ月後、ピンポンと吉田家のドアフォンが鳴った。

「はい、あら、あらあら、陸さん」

 と母親の驚いたような声がして和泉はリビングから顔を出した。

「陸君って?」

「和泉ちゃん」

 玄関に陸が立っていた。

「あ、あのさ、悪いけど一緒に来て。まー兄に会ってくれない?」

「え?」

 陸は酷く取り乱した様子でそう言った。 

「賢ちゃんがどうしたの?」

「この間の祈祷祭で最後にまー兄が霊に噛みつかれたの見た? 肩のとこ」

「う、うん。見たわ」

「あれがちょっと……悪くてさ……」

「え? 悪いって?」

「その……容態がよくないんだ」

「容態がって……怪我の?」

「う、うん。まー兄は和泉ちゃんには知らせるなって言うんだけど……やっぱり、最後になるかしれないし……」

「うそ!」

 和泉も母親も両手を口に当てて、息を飲んだ。

「飛行機のチケットはもうとってある。会いに来て……くれるよね?」

「え、ええ、い、行くわ」

 和泉の身体はがたがたと震えている。

 杖を手に取ろうとして、何度も取り落とす。

 陸が家の前に待たせてあったタクシーに乗り込み、すぐさま空港へ向かう。

 機上の人となっても、和泉は歯の根も合わないほど震えていた。



「和泉ちゃん」

 と病室の前で仁が立っていた。

 陸の押す車椅子の和泉が病室の前で止まる。

「じ、仁君。賢ちゃんは? 大丈夫なんでしょう?」

「……もうあんまり時間がないんだ」

「うそ……そんな」

 和泉の目から涙がぼろぼろとこぼれた。

 病室のドアを開けて和泉の車椅子が進む。

 いつか和泉が入院した時の特別室だった。

 窓際のベッドに賢が寝ている。

 和泉がするすると近寄り、賢を見た。

「賢ちゃん……こんなに痩せちゃって……」

 今まで知っている賢の半分くらいしかなかった。

 顔も頬こけて、二重顎もなくなっている。

 丸太のようだった腕が、やせ細って枯れ木みたい見える。

 パジャマの胸元から見える鎖骨と細い首。

「賢ちゃん、死なないで……」

 和泉は賢の痩せた手を取った。

「どうしてこんな事に……賢ちゃん!」

 賢の手を握りしめて和泉はぼろぼろ泣いた。

 賢の布団にうつぶして、和泉はわあわあと泣いた。 

 

 こんな事になるなら賢の側にいればよかった、と和泉は思った。

 賢と結婚すればよかった。

 賢が死んでしまうなんて思ってもみなかった。

 賢に好きだとちゃんと気持ちを言えばよかった。 


「そう思うだろ? だから結婚しよう」

 と声がした。

 和泉はその声に驚いて、

「きゃーーーーーーーー」

 と悲鳴とともに、飛び上がった。

 目を大きく見開いて賢を見る。

「な?」

 と賢が言った。

 痩せているのは確かだが、目を開いた賢は別に苦しそうでも死にかけそうでもなかった。

「……ひ、ひど……う、う、おえっ、ぐ…ぐ…ぎょえ…」

「お、おい、大丈夫か?!」


 和泉の悲鳴に廊下にいた仁と陸も飛び込んで来た。

「和泉ちゃん?」

 和泉はショック状態で涙も止まらず、おまけに喉の奧から妙な音がして、嘔吐いている。

「ひ、ひど……いじゃない……死にそう……なんて……」


「何してるの?!」

 と紙袋を持った朝子が入って来た。

「まあ、和泉ちゃん、どうしたの?」

 朝子の顔を見た和泉はまた「わーん」と泣き出した。



「ごめんなさいね、和泉ちゃん」

 と朝子が言った。

「いえ、私こそ、すみません、取り乱しちゃって……」

 和泉はまだひっくひっくと涙声である。

 朝子は泣きじゃくっている和泉を連れて家に戻った。

 和泉から理由を聞いて、情けなくて青くなるやら、恥ずかしくて赤くなるやらだ。

「紅茶でもおあがんなさい」

「はい」

 和泉は素直に湯気のたつ紅茶のカップに手を伸ばした。

「賢さんたら、もう~」

「すみません、私が早とちりして……賢ちゃんが死んじゃうと思って」

「あの子達がそんな風に言ったんでしょ?」

「でも、賢ちゃん、すごい痩せてて」

「ああ、あれね、先月の祈祷祭の後に立て続けに二件、大きな祈祷場があってね、ちょっと無理したみたいなの。それですっかり体力が落ちて、痩せちゃってね。でも体力が回復したらすぐに戻るわ」

「そうなんですか。あんなに痩せた賢ちゃん見たのが初めてで、びっくりしちゃって。賢ちゃんの首を初めて見ました」

 と言って和泉が笑った。

 そんな和泉を見て、

「ねえ、和泉ちゃん、前向きに賢さんとの結婚を考えてもらえない? そんなに心配してくれるんだもの、嫌いじゃないんでしょ? 太ってるからどうしても見た目は不利だけど、中身はいい子だと思うの。収入もいいわよ? 和泉ちゃんの事が大好きだから浮気はしないと思うし」

 と朝子が言った。

「え……」

 和泉はしばらく朝子の顔を見ていたが、

「賢ちゃんの奥さんだけなら何とか出来ると思うんです……でもおばさまのように御当主の奥様なんて、とてもこの足じゃ役に立てそうもない……そう思って……美登里さんのような人ならきっとうまくやれるでしょうけど。本来なら婚約者だったんでしょう?」

 と言った。

「何もしなくていいのよ」

 と朝子が言った。

「え?」

「当主の妻だって特別じゃないわ。あなたがやりたい事をやればいいだけよ、和泉ちゃん」

「おばさま……」

「美登里ちゃんは確かに子供の頃からいろんな習い事をして、厳しいしつけも受けてるわ。お茶、お華、着付け、和の作法にも精通して、日本人女性としては完璧ね。英会話も出来るみたいだし。でも私はそれがそんなに重要だとは思わないわ。海外のお客様がいらしたら通訳を雇えばいいし、必要ならお茶もお華も着付けもその分野のプロを雇えばいいだけのお話でしょう? 和泉ちゃんの足が不自由でも、土御門にはそれを補う人材も財力もあるわ。それにね、結局、一番大事なのは好きな人と結婚する事よ。家同士が婚姻を決めてた時代とは違うわ。好きな人と結ばれるのが一番幸せなの。私も雄一さんも賢さんが好きで選んだ人と結婚して欲しいわ。賢さんの片思いだと言われればしょうがないけど、もし賢さんにチャンスがあるなら、足が不自由だからなんて些細な理由で断らないでやって欲しいの」

 朝子は和泉を見て優しく微笑んだ。


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