ごめんなさい
病院にて。
「和泉は?」
と賢が言い、仁と陸は顔を見合わせた。
「帰ったよ」
「帰った?」
「うん、まー兄の見舞いもすんだし、元気そうでよかったって」
「まじで?」
賢はちょっとばかり呆然としている。
「何だよ、予定と違うな」
「どんな予定だったんだよ。っていうかだまし討ちみたいなのよくないんじゃないの? だいたい祈祷祭の時に最後にするって和泉ちゃんに言ったんだろ? 格好つけて別れたんだろ?」
「それは……赤狼が悪いんだ」
「??」
「俺は赤狼に学んだんだ。あいつが言ったんだぞ! 失う事を知るべきだってな。和泉も失って初めて俺がいかに大事な人間だったかを知るだろうと……押しても駄目だから引いてみたんだろ」
と賢が答えた。
仁は呆れ顔で賢を見た。
「それを和泉ちゃんに実践したわけ? でももう諦めるって言ったんだろ?」
「俺が和泉を諦めるわけないだろ。俺の二十年を舐めんな」
賢はつーんと横を向いた。
「っていうかさ、和泉ちゃんて賢兄の事を別にどうとも思ってないんじゃない? 幼なじみだからさ、嫌いじゃないだろうけど」
「え」
「それ賢兄が気がついてないだけじゃないの? 賢兄がしつこいから言えないだけなんじゃないの?」
「和泉は俺の事が好きなんだよ!!」
「何、その根拠のない自信。じゃあ、お互い好きなのにどうしてうまくいかないわけ?」
「それは足が不自由になってしまったから……あの事故さえなかったら、うまくいってたはず。和泉のお母さんを説得して結婚話が進んで……今頃は……ラブラブだったはず」
賢ははあっとため息をついた。
「またそんな妄想ばっかりして」
「妄想じゃねえよ!」
「可哀相に、和泉ちゃんの事を考えすぎて、両思いだなんて思い込んで……」
「思い込んでねえよ!」
「現実の恋人作ろうよ」
「だから!……もういい。俺はしばらく家には帰らない。一人になりたいから、退院した後はマンションで暮らすからな」
「あー、OKももらってないのに、新居にするつもりで買ったあのマンションね」
「大体、嫁さんになる人の意見も聞かずに家を用意ってどうなの。マンションなんて嫌よ! 都内庭付き一戸建てでしょ!って言われたらどうするつもりだったの」
「だよなー」
と仁と陸が言い合う。
「……お前ら、傷心の俺をいたぶって面白いのか」
「わりとね」
やがて賢は退院したが、家には寄りつかず豪華なマンションで一人暮らしを始めた。
急激に体重が減ってしまったので、療養中と言う名目で仕事場にも行かず絶賛引きこもり中だ。
「俺とした事が失敗したな」
祈祷祭の前夜、自分から和泉に別れを告げてしまったばかりに今更連絡も出来ない。
弟達の様子からして中継も頼めなさそうだ。
八方ふさがりだった。
「やっぱり、潮時か」
ソファに座ってはそんな事をうじうじと考えている。
実際、二十年の想いと言ってもそんな事は一笑してしまわれればおしまいだ。
褒められる事でもなければ、和泉の母親のように気持ち悪がられてもしょうがない。
人にどう思われても構わないが、和泉に届かなければ終了させるしかない。
何が和泉の幸せかと考えればやはりそっとしておくしかないのかもしれない。
「赤いイケメンが側にいるしなー、あーどーせ、俺はデブですよー。霊能力くらいしか取り柄がないですよー」
実を言うと全然自分に自信がなかった。他者に比べて勝っているのは霊能力だけ、なんてなんの自慢にならない。
無理な想いを押しつけて、和泉を困らせただけだ。
「まいったな」
隣にいた幼なじみにすらもう戻れない。
仕事へでも出て行けば気も晴れるだろうが、体力が回復していないから現場へは行けない。書類に目を通す仕事ならいくらでもあるが、それもまた気が滅入る。
そんな賢に銀猫や水蛇がしきりに声をかけるのも面倒くさいので、式神達は皆、自分の半径五キロ以上は離れてろと命じてある。
「あー、孤独だ」
と一人暇をもてあましている所へ、ピンポンと鳴った。
「あ?」
立ち上がり、インターフォンの画面を見ると、車椅子の和泉が映っていた。
「い、和泉……え、どうしてここに?……ちょ、どうしよう」
と、しばらく無意味にうろうろしてから、
「はい」
と応対する。
「和泉です、けど」
と和泉が言った。
オートロックを解除するボタンを押すと、和泉がそちらへ移動するのが見えて画面が消えた。
うろうろしているうちに、今度は玄関のドアフォンが鳴った。
ドアを開けてポーチに出ると和泉がいた。
「ごめんね、休暇中なんだってね」
と和泉が言った。
「いや」
ポーチのサッシを開けると和泉は車椅子で中に入ってきた。
そこから杖を持って立ち上がる。その動作もだいぶん慣れてきたようだ。
「……お邪魔します」
賢の後ろからついて部屋の中に入る。
杖をつきつつ、ことんことんと歩く姿はまだ痛々しい。
ソファに向かい合って座るが、自分から訪ねてきておいて居心地が悪そうにうつむいている。
「お前、帰ったんじゃなかったのか?」
「うん、賢ちゃんの死ぬ死ぬ詐欺に引っかかってから一度は帰ったんだけど」
「死ぬ…詐欺って、人聞きの悪い。連続で無理したから結構弱ってたのはまじだ」
「あっそ」
と和泉は冷たく言った。
「何だよ……」
「あのさ」
「何」
「謝って」
「はあ? 何を」
「何をですって? 祈祷祭の前日に格好つけてこれでさよならだ、なんて言っておいて、一ヶ月で死ぬ死ぬ詐欺して、人に心配かけておいて謝ってよ!」
「……」
「賢ちゃん、ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」




