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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第一章
10/107

賢ちゃんと和泉と井上3

 井上の死は自殺と発表された。

 あの翌日、自室で首を吊っているのが発見されたのだ。自殺を疑う余地はないという。 何億も借金を抱えた身でもなく、社長の甥なのだから会社員としては前途洋々だったはずだ。仕事でも目立った失敗をしたわけでもない。むしろ有能だった。もちろん、外からみただけでは分からない深刻な悩みがあったのかもしれない。現代人の抱えるストレスの原因は他人には分からない些細な問題だったりするのだから。

 会社では女子社員がよってたかってはその話題でもちきりだった。寿退社を目指す女子にとって有望株のイケメンを失った損失は大きい。

 美香子などは仕事もそっちのけで井上の話題に積極的に参加していた。だけど、おかしいのは誰もがそう悲しんでいない事だ。美香子にしても確かに狙っていたはずなのに、彼が死んでしまった今、面白可笑しく話題にしている。泣き崩れろとは言わないが、もう少し悲しんでもいいんじゃないんだろうかと思った。

 そういう自分はどうだって? 和泉は悲しんでる暇なんてなかった。

 だって、美香子の側に井上が立っている。頭から血を流して、裸足のままの姿で。

 恨めしそうな顔で美香子を見ている。そして井上の肩に島田先輩の首が乗っている。

 翌日、会社に出勤して美香子を見た時の衝撃ったらない。あまりに驚いて、悲鳴をあげるところだった。美香子は何も気づいていないのか、平気な顔だ。

 美香子の後ろにぴったりはりついた井上と島田先輩の首。どこへ行くにもお供のようについて歩く井上。

 島田先輩は相変わらずしゃきしゃきとつぶやいているし、井上は時折和泉の方へ救いを求めるような視線を送ってくる。

 どうして和泉がこう冷静でいられるのかは、賢にもらった念珠のおかげだ。最初に和泉に気づいた井上と島田先輩は美香子から離れて和泉の方へ寄ってこようとしたのだ。だが、賢にもらった念珠の威力は二人を部屋の隅まではじき飛ばした。それを恐れた二人は二度と和泉の方へ来ようとはしない。島田先輩も何か言いたいことがありそうだが、和泉のパソコンへも侵入できずにいるようだ。二人は恨めしそうな顔でずっと美香子を見下ろしている。

 賢には霊に関わるなと言われているし、この間のように霊道へ迷い込むのはごめんだから、和泉は美香子達を静観していた。まさか、井上君と島田先輩が憑いてるわよ、とも言いにくい。美香子はよほど酷い事をしたんだろうか? という疑問がずっと頭の中にある。 その真実が知りたいのだが、知るのが恐ろしいような気もするのだ。

 井上は首つり自殺をしていたのが発見されたのだ。だが、和泉の目に映る彼は頭から血を流している。まずそこからおかしい。死因はともかく、誰かに暴行を加えられたには違いないだろう。その後首を吊ったのか。それとも。

 真実が知りたい。美香子に聞くのを躊躇してしまうのは、彼女は和泉の数少ない友達だからだ。同期の入社でそれなりに仲良くやってきた。いつも派手で金遣いも荒く、彼氏も大勢いる美香子とは性格が合うというわけでもないが、和泉は彼女が嫌いではなかった。だが、井上と島田先輩と美香子の間でトラブルがあったのは違いないだろう。 

 コツンコツンと足下で音がしたので、和泉は机の下を覗いた。

「げ……し、島田先輩」

 島田先輩の頭が椅子の下のにあった。ちぎれた首から出ている細い神経のような物で和泉のハイヒールをコツンコツンと弾いているのだ。

「な、何ですか?」

 島田先輩は相変わらず青黒い顔色だったが、今日は悲しそうな怯えたような顔をしていた。念珠に弾かれるのを恐れているのだと思う。美香子の方へ視線を戻すと井上は美香子を見下ろして立っている。

 また島田先輩へ目線を戻したが、もう足下にはいなかった。

 え? と思った時にはパソコンの画面に文字が流れていた。

「はなし きいて りょう すけ ころした あのおんな」

 その画面の文字をみた瞬間に和泉は凍りついた。慌てて文書ソフトを起動させて、

「美香子が?」

 と文字を打った。

「そ わし もころされ」

「どうして美香子が?」

「りょう すけ あのおんな きらい」

「振られた腹いせに!?」

「そ ぷらいど たかい あのおんな わしとりょう すけつきあう きにいらない」

「え? 島田先輩と井上君、つきあってたんですか?」

 これは思わず声に出た。慌てて周囲を見渡したが、部署内はざわざわしていて誰も気にとめなかった。

「そ」

 またまた、謎が生まれた。本当に島田先輩と井上がつきあっていたなら、井上の態度が不自然だった。島田先輩が自殺したとされる日から、彼が落ち込んだり悲しそうな顔をしているのを見た事がない。恋人が死んだなら、もっと悲しんでもいいはず。そんな素振りはぜんぜん見なかった。もしかして島田先輩の妄想じゃないのかしら、と和泉は思った。

 島田先輩は四十五才で、井上は二十六才。世の中には年の差カップルがいないこともないがこんな現実あるだろうか? 島田先輩は仕事も遣り手で、しっかりしたよい先輩だったし、年のわりに綺麗な人だった。

 そんな妙な妄想に取り憑かれる人じゃないと和泉は思った。

「ほんと しんじて いずみ たすけて りょう すけ」

 そう書き残して島田先輩は画面から消えた。振り返ると井上の肩に戻っている。井上の表情は変わらない。島田先輩が側にいるのを認識しているのかいないかもその顔からは判断出来ない。彼はただ一心に美香子を見つめていた。


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