1日ぶりの王太子
後宮の食事室は清らかな朝陽に満たされて、とても気持ちがいい。後宮全体が陽昇る向きに建てられているから、各部屋も同じく……朝っぱらから眩しくてついつい早起きしてしまう。
サラダまで眩しい。
生野菜は俺の可愛らしい口には天敵だ。全然入らない。だからめっためたに潰す。潰す潰す潰す。
「姫様、切りましょう」
真正面に座るナタラは、そんな俺の行動にも慣れたもので、ナイフを差し出してくれた。今日は一緒のテーブルで朝餉だ。広い食事室には二人だけ。昨日は朝餉の前に訓練場に行き、昼はセーヤと、そしてなんと夜もセーヤと一緒に食べてしまった。ヤツに押されると弱い俺発見。だって怖かったんだもん。
「本日は、訓練場へはお行きにならないのですね?」
ナタラは不気味なほどニコニコしている。言い難いが、先に言っておかないともっと言い難くなる。
「朝餉のあとに行きたいと…思って…いたり…して」
ニコニコの額にぴっと亀裂が走った。
「お気にかかることがあれば私が調べますと何度も申し上げました。姫様は途方もなく目立つのです。美しすぎて罪なのです。お立場を考えてくださいませ」
ナタラは今日も朝から熱い。
「立場を考えているから、行きたいの」
「姫様のおっしゃるお立場と、私の申し上げるお立場は同じではないようですね?」
いや、同じだって。と言える雰囲気でもなくて、真面目に説得を試みる。
「実は、セーヤ様に王都を案内して欲しくて。彼ならば護衛も最小限で済むでしょう?」
実質的な意味においては俺に護衛は必要ないが、体面的な意味において護衛は要る。こんな妖精さんの俺に護衛もつけないなどイース国の神経が疑われるだろ。捕まって鳥かごに入れられたらどうするんだと……そのシチュエーションもアリか。アリだな。誰か捕まえてくれたら飽きるまで入ってやってもいい。希望は白い檻……ああ、やっぱり外から見たい。自分で自分は見えないじゃないかあ。
「それをセーヤ様にお願いするために行かれるのですか?」
「え……」
なんのこと? 鳥かご? と口走る前に違う違うと妄想を追い出し、慌てて補完。
「ええ、陛下に許可を頂いてからだけれど」
本来は王に直接頼むべきじゃないだろう。しかし、俺には御用聞き(侍従側近)が付いてないから、用があったら自ら動くしかない。どのみち王に直談判以外の、正規ルートでお願いしたら、たらい回しになることはわかっている。ひと月前に頼んだ寝台の測量も終わるどころか手も付けられてない。それ以前に誰も何も言ってこない。そろそろ痺れがきれてきたぞ。すぐに大人数が集まるなんて思ってやしないが、少人数だからと既存の贅沢な寝台を使ってしまうと、後に簡易なものにした時に不満が出る。だから最初から簡易な寝台に替えておきたいんだ。人間、贅沢に慣れるのは早い。
王に会ったら、ついでに寝台の件もせっつこう。
そうと決まれば、さっさと食べてしまおう。フォークを握り直したら、バタンと食事室の扉が開いた。
よ、王太子、一昨日ぶり!
とはもちろん言わない。ちゃんと立ち上がって礼をする。お互い無言だがな。しかし、頻繁に会いすぎる。後宮に女の子達が入ってからも、こうやって登場するのだろうか。また文でも書いて注意しなければならないか。
「………え」
え、そこ座る? と言いそうになってぐっと堪えた。
ノックが無いのはいい。学食に入る時に誰もノックなんかしないから。先導なしの突然の入場もべつにいい。学食に入る時(以下略)。
問題は、なぜに、隣のテーブルに座るかだ。しかも結構急いで来たよね? 息きれてるよ? 運動不足? 急いでるならあっちで食事すれば?
ま、いいかーーって、よくない。障壁になってくれるだろうナタラがすでに席から外れてる。これでは、テーブル二つ挟んで王太子と真正面で向き合ってしまう。冗談ではない。移動移動、と立ち上がったら、またもやばたばたと足音がして、予想通りの人物が現れた。
「ごきげん」はっ、「うるわ、しゅう」っふ、「りり」……
聞いているこっちが苦しくなるので、割って入ることにした。
「ごきげんうるわしゅう、ミーシャ様。お早いですね。それでは、わたくしはこれにて」
ついでに帰っちゃうことにした。
「あ、あのっ」はっ、っふう。
俺を呼び止めてる? いや、聞こえない聞こえない。
「リグレットノアさまっ、あのっ」
大きな声で言うから、
「なんでしょう?」
反射的に振り向いてしまった。
「あの…あ……」
俺を振り向かせた当のミーシャは俯いている。なにがしたいんだ。
「ミーシャ様、なにか?」
「あのっ」
キッと決意したような瞳を俺に向け、
「あの……」
また下を向く。無限ループか。
この間をどうしろと?
でも王太子には目を向けない。王太子に助けを求めるぐらいなら、もじもじするミーシャの頭頂部を眺めていたほうがマシだ。
俺より背が高いんだな。肉感的だし。俺が男だったらこのコに惚れていたかもしれない。あのセーヤが惚れたんだから、俺も惚れる可能性大。
……かなあ?
なんかしっくりこないが、他に好きな女が居ないのなら、付き合っても良いかもしれない。その程度には好感が持てる。
……かなあ?
まあいいや。そろそろ退散しよう。俺にも予定がある。
「ミーシャ様、わたくし、これから行…」
「ーっ、ギュスターブ様にお会いになられたとうかがいました」
おおう、びっくりした。なにを言うかと思えば、それか。誰がミーシャに教えたんだ。そこに悪意が無ければいいが。
「訓練所を見学しておりましたら、セーヤ様もたまたまいらっしゃったのです」
偶然だと主張しておく。違うけど。
「お食事をご一緒されたとも」
まだ突っ込むか。眉間に皺がよりそうだ。ムリヤリ目を細め笑顔に作り替えて回避。
「ええ。時間が合いましたので。それが、なにか?」
ミーシャの顔がくしゃりと歪んだが、
「従者を三名ほどつける。良き者を選べ」
口を開いたのは王太子だった。脈絡が全くないうえに、イマサラの従者って。
ところで、これ、公務でいい? 口聞いてもいいんだな?
「わたくしにはナタラ一人で十分にございます」
「つける」
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、必要ありません」
「選ばないのならばこちらで差配する」
はああ、なんだこの会話。
そうだ。従者ではないけど、言ってみよう!
「それでは、セーヤ様を、わたくしの護衛にお願いしたいのですが」
「セーヤ……おまえごときの護衛に将軍だと?」
本音が出やがった。セーヤの地位と実力は認めて、俺の価値はずーっと下。無いも等しい。よかった。なんだかほっとした。従者だなどと言い出すから、気遣われているのかと思った。
「いえ、常にとは申しません。都に降りる時にお願いしたいのです」
「降りる……?」
あれ、王太子が言い詰ってる。
「はい。イースの王都を見たいのです。セーヤ様は都にお詳しいのでしょう? 護衛と案内を兼ねていただけるかと」
「なぜ、ギュスターブ様を? それでは……」
今度はミーシャだ。ぶつぎりで何を言ってるのかさっぱりだが。
「セーヤと以前に会ったことがあるのか?」
そして王太子。もう、なんなんだ、この二人は。
「お会いしたのは園遊会の時が初めてです」
嘘じゃない、はず。たぶん。




