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騎士は鍛錬も仕事のうち



「姫様」


つんつんと俺の袖を引くナタラ。イース国に嫁入り以降、これがナタラの癖になった。


「姫様、内々に遂行しますので、どうか私にお申し付けを」


また、つんつん、と。


「ナタラは、もう戻っていいわ」


申し付けるといっても、どう命令していいものかわからない。


つん、ではなく、ぐいっと腕を引かれた。


「私の自慢の姫様は、纏う空気にまで五色の光を放ちます」

「ナタラ……」


なにを言い出すのやら、思いっきり不審な目で見てやれば、


「姫様はこれ以上ないほど目立ちます。騎士様方のぎこちない動きがお目に入りませんか?」


 騎士? あまり注意して見てなかった。


「まともに鍛錬しているのはセーヤ様お一人です。それもお相手方があれでは、セーヤ様の鍛錬になっているかどうか」


 セーヤが強すぎるのがいけないんでない?


「これ以上、けが人を増やしてはいけません。お気にかかることがあれば私が調べます。集めた女性の花婿候補の選定でしょうか? それとも姫様の護衛騎士の選定でしょうか?」


 …マズイ…そんなこと考えてもいなかった。セーヤが剣を振るうのを見たかっただけだ。


「今、選んでいると思われていたのね? ナタラ、私はただ見学をしているだけだと彼らに伝えてもらえないかしら」


鍛錬中の騎士に要らんプレッシャーを与えていたのか。女の子の紹介がかかっていれば仕方ないだろうな。悪い事をした。


ナタラは首を振り、


「姫様の存在自体が緊張を強いていると思われます。さ、今日はこれぐらいにいたしましょう」

「隠れて見るから。それならいいでしょう? 戻ってもヒマなだけよ」


オーディションまでやる事が無い。先に書類で選考するのは無理。平民は商人でもない限り複雑な文章を書くことができず、平易な文を読むのがせいぜいだ。自己紹介を文書で求めても、名前と年齢を書いて終わりだろう。つまり、会ったあとでの口頭問答でしか彼女達の人となりは判断できないわけで、オーディションまではヒマなのだ。


「姫様、まことに申し上げ難いのですが、初恋ですか?」

「は? 誰が?」

「姫様が」

「誰に?」

「セーヤ様に」

「どうして?」

「セーヤ様にお会いしてから、姫様の挙動がおかしいので」

「おかしい? 私が?」

「ええ、姫様がおかしいです」

「………そう?」

「はい。本日も未明より訓練場に詰め、身動きもせずに、セーヤ様をみつめてらっしゃいました」

「見つめてって……」

「見つめてらっしゃいましたっ。間違いございません」

「そんなに怒らなくても…」

「怒ってはおりません。事実を申し上げました。思えば、姫様がこそこそなさりだしたのは数日前の園遊会からです。セーヤ様と出会ってからです」

「うっ…」

「セーヤ様の誕生日をお知りになりたければ、私にお申し付けくだされば良いのです」

「そんなくだらないことを…いちいち…」

「くだらないことを、大臣にわざわざお尋ねになったということですね?」

「ナタラだって、その場に居たでしょう? そう思ったのなら止めれば良かったじゃない」

「王宮で、大臣とすれ違い様にお尋ねになった姫様をどこでお止めすれば良かったのでしょうか?」

「うっ…」

「おかげでおおごとになりましたが、姫様のお目当てがセーヤ様ではなく、『名簿らしきもの』で落ち着いて良うございました」


 大臣から官吏から書庫係から、伝達される先々で好奇の目に晒された。その都度、セーヤだけの情報が知りたいわけでなく、そういうものが書かれた騎士の一覧はないかと尋ね直したんだ。冷や汗ものだった。


「ですが、誤摩化せたと思ってはいけません。怪しまれております。現に私が怪しんでおります」

「だって…」

「だって、じゃありません」


前世の俺にそっくりなセーヤに興味を持ってしまうのは仕方ないだろう? 知りたい事も、年齢や家族や仕事や、好きなものとか嫌いなものとか、そんな些細なものなんだ。


「とにかく、戻って朝餉にいたしましょう。暗いうちに出ましたのに、陽も中天になりそうですわ。これでは昼餉かもしれません」

「え? もう?」

「姫様は夢中でらしたから。私の腹時計は正確です」


夢中って、と反論しかけてナタラの視線に潰され、素直に「ごめんなさい」をしておいた。腹の減った人間に逆らってはいけない。


「あら、騎士様方も、昼餉でしょうか」


見れば、騎士達も武具を片付け始めていた。


「そうね。近くに騎士専用の食事室でもあるのかしら」

「姫様、まさか…」

「いえ、そんな、やだわナタラ。まさか一緒に食事を、などと考えてませんから」


びっくり眼のナタラの危惧を笑って否定してやる。自国と同じとすれば、どこで食事をするにせよ、彼らは肉を手づかみでがっつり、となるだろう。それも仕方ないと思う。戦場は飢えとの戦いでもある。都に居る間ぐらいお腹いっぱい食べればいい。セーヤも例外ではないだろう。


ん? あれ、そういえば、訓練場にセーヤの姿が無い。いつから居なかった?


「姫、ご一緒に」

「えっ」


不審に思った途端に、そのセーヤの声。


 真横に居たんかい!


ナタラはさっと後ろに下がっている。なんだよ、教えてくれよ。


「お食事をいかがでしょう?」


と優雅に笑う。もう着替えてるよ。早業だよ!


「どこで食事を?」


やっぱり近くに騎士専用の食事室があるんだろうな。


「場所が問題なだけで、私と同席するのはよろしいのですね?」


……しまった。









 王宮には、官吏や来客用の食事室というものがいくつかある。そのうちの一つ、わりとこじんまりした所に案内された。他に人は居ない。が、侍従や給仕は居るから部屋に二人っきりというわけではない。非協力的な王太子殿下を夫に持つ王太子妃としても、わきまえるべきはちゃんとわきまえたいと思う。誰もがそんな無駄な事を、と思っていても。


 笑ってる笑ってる。ナイフを持つ手で目元を隠して。


「ですから、こんな場所で手づかみはしませんよ、姫」

「いいえ、騎士はお肉を手で食べるものです」


言い切ってやれば、また笑う。なにがおかしい? それも覚えのある仕種で笑いやがって。


「確かに戦場であればそうなるでしょうがね。先日まで遠征でしたが、戦ではなかったのでちゃんとナイフとフォークで食事をしてましたよ」


セーヤが遠征から戻って来たのは園遊会の前日で、王太子の婚儀には出られなかったと言った。出られなかったということは招かれていたということで、貴族出なのかと質問しかかったが、将軍位ならば当然招かれるべき立場だ。これだけで貴族出か平民出かは判断できないなと思い直して、おとなしくまたセーヤ観察に徹する。


今いくつだろう? 俺の享年時(泣ける)より、少し若いような気がする。だとすれば出世が早い。あれだけ苦労して見せてもらった名簿らしきものはかなりいい加減で、生年月日はあったりなかったり。セーヤは記載が無かった。だから平民出かと思ったんだが、どうだろう? ご両親は健在なのだろうか? 家族は? 恋人は? セーヤは幸せに育ったのだろうか…。


訊けばいいかもしれないが、安易に訊いていいものとも思えない。

 

 ああ、思考がぐるぐるだ。 


「なにかご質問がおありですね?」


また読まれたよ。怖い……。怯むな俺、負けるな俺。


「そういうことを聞く前に言わないでくださいな」

「私に直接聞くことができない姫ですからね。私から言うしかないでしょう」


誕生日捜査のことが伝わってるのかもしれない。うわあ、王宮にはおしゃべりなヤツが多いと覚えておこう。


「もう一つ、先に言っておきましょうか。殿下の婚儀は、意図的に出席しませんでした。痛くもない腹を探られたくはありませんでしたから。でも誤算でしたね。嬉しくも悔しくもある誤算ですが」


意味が……いや、俺はわかる。わかってしまう。


「私は昔から殿下に勝ったことがないのですよ。ですが、今回ばかりは負けておいてよかったと思いました」


ミーシャを王太子にかっ攫われたんだな。

しかも女を取り合ったのは、これが初めてじゃない、と。


「あーあ、それにしても驚いた」とセーヤは急にくだけた。


「こうも理想にぴったりな女性が実在するなんて。足の指爪までがね、もう完璧なんだ」


 ぞぞっと悪寒が這い上がった。


そう、俺の、足の指だ。すべての指が節を主張する事無くまっすぐ伸び、形のよい爪が先端に並ぶ。シーツに投げ出せば映えるだろう足形。ここまで整った女なんか絶対に居ない。だからこそ俺の理想。


「見つけた、って思ったよ」


俺も、セーヤの立場ならそう思っただろうが……




 ……だめだ、怖過ぎる。


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