昔見た夢
損連載、始めました。
その時、12歳の少女は目の前の輝く光景に目を奪われていた。
舞台の上で繰り広げられる、美しい踊り、クラシックバレエの公演だ。
少女が見ていたのは「パレ・ロワイヤルバレエ学校公演」の舞台だった。
それは世界最高峰のバレエ学校で、その生徒によるバレエ公演が、その少女の住む街で行われたのだ。
「すごい、すばらしいわ。私もあんな風に」
と少女がつぶやく、すると。
「なれるわけないじゃない、見てごらんなさいよ、すべてがレべチだから」
と隣にいた友達にぴしゃりと言われてしまった。
同じバレエ教室に通う友達と一緒に見に来ていたのだ。
夢の時間は終わり、公演は大盛況のうちに幕を下ろした。
まだ夢心地の少女は、会場を立ち去ることが出来ずにいた。
すると、会場の裏口に大型バスが横付けされ、先ほどまで舞台で踊っていた「生徒」たちが現れた。
皆、そろいのトレーニングウエアを着て、髪をシニヨンにまとめて背筋を伸ばして歩いている。
同じように会場に留まっていた、観客たちが生徒を取り囲む。
写真を撮ったり、手紙を渡したりする者もいた。
「私たちも行こうよ」
と少女の友達が言った。
その時には、少女は既に置いて行かれていたのだが。
あわてて、人の輪に入り込む少女。
そこにいたのは、公演で常に中央で踊っていた生徒だ。
きっと学校トップクラスの生徒なのだろう。
大勢に取り囲まれているその生徒は笑顔でサインや写真撮影に応じている。
少女は羨望の眼差しで見つめていたが、近寄る頃すら出来ずにいた。
「さあ、みなさんバスに乗って」
と公演スタッフが生徒たちに声をかけた。
生徒たちは手を振りながらバスの中へと消えて行った。
結局、少女はあの「生徒」をただ見つめることしかできなかった。
バスのエンジンがかかる。
取り囲む人々も歓声を上げて見送っている。
ところどころ、バスの窓が開けられて最後まで別れを惜しんでいるような光景が広がっていた。
少女はバスの中央辺りに立ち、窓から見える生徒たちをただぼんやりと見つめていた。
その時だった。
少女の頭上の窓が開き、あの「生徒」が顔を出した。
そして少女に向かって、何かを差し出したのだ。
小さな顔と白くて長い首、そして同じく長くしなやかな腕。
その仕草でさえ、思わず見とれてしまうほどの優雅さだった。
驚きながら、何か、を受け取る少女。
礼を言う間もなく、バスは発車しその場を離れて行った。
少女はその「生徒」にもらったものを友達にも見られないように、すぐにカバンにしまい込んだ。
そして、家に帰ってから自分の部屋でそっと取り出した。
それは、一足のトゥシューズだった。
あの「生徒」が先ほどの公演で使った物だろう。
ピンクのサテン地が少し汚れていた。
そしてそシューズの裏に、「ELISE」と名前が書いてあった。
パンフレットでその名を確認する少女。
たくさん並んだ生徒の名の上の方に、エリゼ・リデルという名を見つけた。
その日から、少女の目標となったエリゼ・リデル。
その少女は5歳からクラシックバレエを習っていた。
優雅な音楽に合わせて踊るのが大好きだった少女。
「いつか、バレリーナになりたい」
それが少女の夢だった。
しかし、その夢が叶うことはなく、あのパレ・ロワイヤルバレエ学校の公演を見てほどなくしたころ、
少女はバレエ教室を辞めた。
それから、時が経ち
少女はバレエへの思いを胸の奥にしまい込んで大人になっていた。
結婚して息子と娘に恵まれて幸せに暮らしている、かつてのバレエ少女、大澤真理がそこにいた。
結婚した翌年に待望の第一子を授かった。
嬉しかったのだが生まれたのは男の子、真理は少しだけがっかりした。
そしてそれから3年後、娘が生まれた。
かつての夢が心からあふれ出す。
娘には、「舞香」と名付けた。
叶わなかった夢を、舞香が叶えてくれる。
そんな希望を込めて。
そんな舞香は母の期待に十分すぎるほど応えてくれた。
長い手足、形の良い頭、真理になかったものを持つ舞香。
真理は舞香が3歳になると、近くのバレエ教室に通わせた。
嫌がることもなく毎回レッスンに通う舞香。
その様子をスタジオの外からずっと見つめるのが日課となっていた。
だんだんと頭角を現してゆく舞香。
バレエ教室でも期待の星だ。
発表会ではソロや主役を踊り、コンクールでも入賞するようになっていた。
「舞香はバレリーナになれるかもしれない」
と真理が本気で思い始めていたその矢先、
「私、バレエ辞めるから」
と突然、舞香が言った。
「もうバレエはいいでしょ?私には他にもやりたいことがたくさんあるの」
と言い切る舞香。
それは舞香が高校生になってすぐの事だった。
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