18、トールとリオン12
オーレリアはマージとリオンとトールを馬車に押し込むと、とある場所へと向かった。
そこは修道院からそれ程離れていない隣の地区で、ガイが囮となって人身売買組織に潜入した際、騎士たちの詰所として使われたアーネスト所有の屋敷だった。
どっしりとした落ち着いた佇まいの趣のある屋敷を前に、三人は固唾を飲んだ。
オーレリアは彼らを促し、すたすたと屋敷内に足を踏み入れた。
屋敷には管理人の老人が居り、オーレリアたちを温かく迎えてくれた。老人はオーレリアたちを居間へと案内し、お茶を用意してくれた。
マージ達親子がオーレリアに言われるがままに立派な長椅子に恐る恐る座ると、オーレリアはエリスに目配せした。
直後、三人は度肝を抜かれた。
一瞬だった。
直前までオーレンが居た場所に、オーレンより一回り小さい、けれど見たこともないくらい可愛い女の子が居た。
ふわふわと波打つ艶やかな黒髪、宝石のような碧の瞳。小さく形の良い薄桃色の唇、白い肌に整った顔立ち。シンプルだけど、上質のドレス。
何もかもが非現実的だった。夢でも見ているとしか思えない。
言葉もなく呆然とする三人に、オーレリアは困ったように微笑んだ。
「驚かせたか?……これが妾の本来の姿。名をオーレリアという」
「ほんらいのすがた」
「……オーレリア……」
「………………………」
双子は鸚鵡返しにオーレリアの言葉を呟いた。マージに至っては最早言葉も出ないようだった。これ以上ない程目を見開いて固まっている。
オーレリアの姿が戻るのと同時にエリスも幻惑の術を解いていた。
「リアは黒曜国の第三王女殿下にあらせられる。以後は殿下とお呼びするように」
三人ははっとしてエリスに視線を向けた。エリスの姿も平凡な青年から白皙の美少年に様変わりしていた。
その変化にも勿論驚いたが、エリスが綺麗に胸に片手を当てて跪いている姿勢に、電流を流されたように衝撃を受けた。
三人は反射的にその場に膝を付いていた。
(オーレンは……王族)
じわじわと先ほどのエリスの言葉が脳内に染み渡る。
(――王……女)
一拍置いて、三人は大恐慌に陥った。
(―――はぁ!?王女……王女!?オーレンは女の子だったのか!?)
(意味が分からない、っていうか、なんだ、誰だ。あの妖精のような綺麗な子は……)
(……………………………)
リオンとトールは一瞬目にしたオーレリアの姿を脳裏に思い浮かべ、瞬時に頭に血を上らせた。
「って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
双子は絶叫して、はずみで顔を上げた拍子にもう一度しっかりとオーレリアを見てしまい、さらに悶絶することになってしまった。
(妖精…天使!?ほんとに人間!?……あー、王女サマか、そうか…)
(夢!?何かに幻覚見せられてる!?俺起きてる!?いや、やっぱり夢かな……)
王女は妖精や人外というくくりではないぞ、とトールに突っ込みを入れてくれる者はいなかった。同じく夢だと思い自分の頬を盛大に抓りつつ首を傾げるリオンにも。
「リオン、トール……?大丈夫か」
目の前の妖精が何か話しかけている。オーレンの声とは違う、可愛らしい声だった。
双子は混乱の極致に陥っていた。
「……オーレンはどこに行ったの……?」
「……妾がオーレンだ。……だった」
「どういうこと……?」
「すまない。本来の姿で出歩くわけにはいかなかったのだ。オーレンは仮の姿で」
混乱しつつも双子は次第に現実を受け入れ始めていた。オーレリアが仮の姿をとっていたことは、双子を騙すとかそういうことではなく、修道院に行くために女性の姿にさせられたことと同義なのだろうと薄っすらと理解した。しかしあまりにも驚いたため、言葉が出なかった。そのことに不安を感じたのか、オーレリアが泣きそうな表情をした。
「……この姿は、嫌か……?」
「「!!」」
双子は反射的に勢いよく左右に首を振っていた。
「嫌じゃない!可愛い」
「可愛すぎてびっくりしただけ!!」
力一杯可愛いと言われて、オーレリアが驚いたように目を見開いた後、仄かに照れたように微笑んだ。その表情があまりにも可愛らしくて双子は悶絶した。
双子の様子に、側に居たガイは同情した。嘗ての自分を見ているようだ。
(うん、驚くよな……。姫さますごい可愛いもんな)
ガイの姿も元に戻っている。入口の近くに控えているアーネストやコリンも。
「リオン、トール。これからのことを話したい。いいか?」
双子がひとしきり悶えて数分後、なんとか落ち着いた頃、オーレリアが話を切り出した。
(オーレンは素でもこういう喋り方なんだな)
(オーレンじゃなくて……オーレリアといったか)
二人は頷いたが、オーレリアはもう一人、意識を飛ばしている人物を心配そうに見やった。
「マージ……大丈夫か?」
マージは先ほどから一言も発していない。オーレリアの姿が変わってから、目を開いたまま気絶したかのようだ。
「はっ!!」
オーレリアに名を呼ばれてマージの意識が覚醒したようだ。
「な、なんだ、夢か……」
「夢じゃないし」
「なんでマージが一番ショックを受けてるんだよ」
現実逃避をしようとするマージに鋭いツッコミをする双子たち。
「あんた、まさかオーレンを情夫にしようとしていたんじゃないだろうな」
「相当オーレンを気に入っていたみたいだしな」
「な、なに馬鹿なことを言っているんだい!!」
突如親子喧嘩が始まり、オーレリアはたじろいだ。すぐにエリスによって耳を塞がれてしまったので何を言い合っているのかわからないが、自分が原因のようだ。
「リア、低俗な言い争いを聞く必要はありません」
「エリス。だが」
「――黙れ」
オーレリアがエリスを振り仰いだその時、低い声が室内に響いてシンと静寂が落ちた。
声の主は部屋の入口に控えていたアーネストだ。勿論オーレリアに言ったのではない。
「殿下の御前で無礼だ。弁えろ」
凍てつく程冷たい怒りを湛えた瞳で睨まれた親子三人は瞬時に竦みあがった。
「す、すみません!!」
「アーネスト、構わない」
威圧感に押しつぶされそうだと怯える三人だったが、オーレリアの涼やかなひと声が空気を和らげた。
「気にしなくていいぞ。それより喧嘩はダメだ。妾が原因なら……」
「いや、大丈夫だ。喧嘩じゃない」
「オーレン……じゃなくて殿下?のせいじゃない」
「オーレンが女の子で驚いただけだよ」
双子はオーレリアが親子仲良くしてほしいと願っていたことを思い出した。マージも恩人であるオーレリアを困らせたくなどない。慌てて笑顔を浮かべる。
双子はようやく周りの状況に目を配る余裕が出てきた。
アーネストは元々守備隊の詰所で元の姿に戻っていたので知っていたが、改めて見るとその美丈夫ぶりに驚く。エリスやガイも美しい少年だ。コリンは唯一普通に見えるのでほっとしてしまう。
「それで話なのだが……」
オーレリアの言葉に双子ははっとして姿勢を正す。マージもオーレリアに全神経を集中させた。
オーレリアはマージと双子に真摯な瞳を向けた。
「親を亡くした子や、貧しくて子を育てられない親が子を託せる場所を作るつもりだ」
三人は驚いて目を瞠った。可愛らしい王女の口からそんな話が飛び出てくるとは予想外だった。
「つまり孤児院だ。下町にはあるが貧民街にはないと聞いた。妾は子供たちが売られたり家がなくて路上で生活することのない国にしたい」
このことはガイと出会ってからずっとエリスと話し合って来た。孤児院を作ることは大変だ。貧民街の治安も悪すぎる。
それでもオーレリアが大人になるまで放置しておくことは出来ない。今現在、ガイや目の前の双子のように助けを求めている存在があると知ってしまった以上、先送りには出来ないと覚悟を決めたのだ。
場所は当面の間、アーネストが提供してくれたこの屋敷を使う。
「マージには子供たちの世話を頼みたい」
オーレリアはマージや双子に自分の本来の姿を見せると決めた時、彼らとどう関わるかエリスに問われてある考えを伝えた。
それは彼らに孤児院の運営を任せるというものだった。
「そうすればマージは双子と一緒に過ごせる。リオンとトールにはマージの補佐と子供たちのお兄さんとして家族のように接してほしいのだ」
三人は顔を見合わせた。ドクドクと逸る胸を押さえ、聞き間違いではないことを祈るように恐る恐るオーレリアを見つめる。
「孤児院……ここで」
「俺たち、家族そろって一緒に居られるのか……?」
それは彼らにとって破格の申し出だった。
立派な屋敷で家族三人一緒に暮らせる。しかも仕事も貰えるのだ。
「子供たちが人攫いに攫われないよう、護衛も付ける」
当面は騎士団から数人派遣してもらうが、いずれは下町から人を雇って守衛を置く予定だ。また、通いの世話人も何人か雇うつもりだった。ある程度年齢の上の子供には簡単な読み書きも教えたい。
「妾は運営資金を作る。月に一度、孤児院が健全に経営されているか確認させて貰う。……どうだ、引き受けてくれるか?」
「断る理由がないよ!」
「むしろやらせてほしい!」
「いいのか?そんな……あたしをそこまで信用してくれるなんて……」
感極まってマージがおいおい泣き出した。
「マージ!あんた酔ってるのか?」
「おい、鼻水……」
「あたし、がんばるよ……!!」
双子は嫌そうにしながらもポケットからハンカチを取り出してマージの鼻水を拭ってやる。それは以前オーレリア経由で手渡されたマージの稚拙な刺繍入りのハンカチだった。
それを見てマージは増々泣いてしまい、収拾がつかなくなるのだった。




