12、人攫い撲滅作戦4
オーレリアが眠りについた一時間後、アーネストは動き出した。オーレリアには知らされていなかったが競売は深夜に開催される。場所はこの屋敷から数ブロック先の区画だ。そこは下町と貧民街の丁度狭間の地点で王都守備隊の目の届きにくい死角だった。
アーネストは部下を三隊に分け、攫われた者たちの救出、客の捕縛、主催者の捕縛にそれぞれ振り分けた。
救出隊は既に建物内に入り、ガイたちの近くで待機している。
攫われた被害者の数はガイを含めて七人。この競売は貴族を相手にしているため商品の選定は厳しく、見目のよい者しか出品されないらしい。そのため数はそれ程多くない。その中でもガイは目玉商品として扱われるようだった。
双紅は希少だ。生粋の貴族でもガイ程鮮やかな色彩を持つ者は少ない。
観賞用だけでなく、魔力を持つ者は利用価値が高い。客たちの間にガイの噂が密やかに伝えられていった。
さて、ガイはどんな獲物を釣り上げるだろうか?
ガイは麻袋に入れられて主催者に引き渡された。髪や頬はわざと土で汚してあった。それでも引き取った男はガイを一目見て高値で買い取った。
ガイは袋のまま荷馬車に乗せられ別の場所に移動した。そこが競売の会場なのだろう。会場に着くと袋から出され、風呂に放り込まれた。その際あちこち触られ、身体の状態を確かめられた。ガイは心底オーレリアがいなくてよかったと安堵した。
商品としてだろうが、ガイは丁寧に身繕いされ、上質の服を着せられた。
そして他の商品たちと同じ部屋に押し込められた。
部屋には六人の少年少女がいた。
それぞれ小奇麗に着飾っており、きちんと座っていれば良家の子女のようだった。ただしその手首に枷が嵌められていなければ。
ガイも両腕を一つに固定する枷を嵌められた。
子供たちをすぐに救出してやりたいところだが、客を現行犯として捕縛するためには競売に参加させる必要があった。
その後で一網打尽にする。そのためには各隊が連携して動く必要があった。
競売が終わると同時に各隊が動く手筈となっていた。
*
「殿下を離宮へ!急げ」
深く眠っていたオーレリアの意識が喧騒に揺さぶられ、浮上した。
「……ん…えりす?」
薄く目を開けると緊迫した様子のエリスとコリンが目の前にいた。コリンが素早くオーレリアを抱き上げた。
「姫さま、すぐにここを出ます」
靄に包まれていた意識が瞬時に覚醒する。
「何かあったのか?」
「火事です。下町と貧民街一帯が燃えている」
「なんだと!?」
ガイは無事なのか。オーレリアの頭に咄嗟に浮かんだ疑問をエリスは正確に読み取ったようだ。僅かに眉を顰めて首を振る。
「わかりません。ですが今は貴女の脱出が最優先だ。ここも危ないんです」
オーレリアが何か言う前にコリンはオーレリアを抱えて屋敷の階段を駆け下りた。
「喋ったら舌噛みますよ!」
「………っ」
扉の外に出た途端、物の焦げる匂いが鼻を突いた。
オーレリアは目を上げて呆然とした。闇を明るく照らす炎が街全体に広がっている。
「なん、だ…これは……」
逃げ惑う人々、異常な熱風、焼け焦げる匂い。
駆け付けた守備隊が懸命に消火活動に当たっているようだったが焼け石に水状態だった。
炎は容赦なく建物から建物へと狂ったように舞い踊る。
「一瞬でこの火事が起こりました。恐らく魔術が介在しています」
エリスの言葉にオーレリアは血の気が引くのを感じた。この規模の火の魔術を使えるのは双紅――。
「ガイ……なのか……?」
――ひめさま、たすけて――
不意にオーレリアはガイの声が聞こえた気がした。オーレリアは周りを見回すが、ガイらしき人影は見えない。辺りは喧騒に包まれ、仮にガイが近くに居たとしても聞こえるはずがないのに、空耳だとは思えなかった。実際に声に出したわけではないだろう、だがそれはガイの心の叫びのような気がした。
オーレリアは目を閉じた。すると瞼の裏に炎の中で呆然とする少年――ガイの姿が映った。
焔は怒りを表すように赤く燃え盛っているが、その只中で立ち尽くすガイはどうしていいかわからず助けを求めていた。それは一瞬の白昼夢のような光景だった。けれどオーレリアは確信した。
(ガイが……炎を止めて欲しいと泣いている……)
ガイは自らの意志で街を焼く少年ではない。彼は貧民街の全員を幸せにしたいと言った。ならばこれは不測の事態。ガイの望みではない。
(待っていろ、ガイ)
オーレリアはこの火事で貧民街が焼け落ちて人が死ねばガイは苦しむだろうと感じた。そんな思いはさせたくない。守ると決めたのだ。
(消さなくては。今すぐ)
「姫さま!?」
コリンの腕から飛び降り、突然走り出したオーレリアにコリンが慌てて駆け寄る。
オーレリアは火事の中心部を目指していた。なんとなくだが、そこにガイがいると感じていた。
オーレリアは理解していなかったが、それは出発前にガイに与えた「お守り」の効果だった。
人々が逃げ出して来る方向へと逆走する。夜中の為火事に気付かず寝ている者もいるのだろう。逃げ惑う人はそれ程多くはない。けれど小さなオーレリアの身体が吹き飛ばされるくらいには街は錯綜し、混乱していた。
後ろから駆け付けたコリンに抱き上げられてオーレリアは思わず彼の首にぎゅっと抱き付いた。
「無茶しないでください、姫さま」
人波を器用に縫ってコリンは道の端へと移動する。それ程間を置かずエリスも駆け付けた。
「リア。一人で行くのは反則です」
「……エリス、コリン……すまぬ。……だがガイが」
一人で泣いているのだ、とか弱く呟くオーレリアに、エリスは怒りを解いた。
「……火事の起点に向かおうとしているのですか?」
こくりと頷くオーレリアにフードを被せてその姿を覆う。オーレリアはドレス姿の為、この下町では酷く目立ってしまうのだ。人目のあるこの場で幻惑の術をかけることは出来ない。
「コリン、行けそうですか?」
「……ここからなら、それ程距離はないですからね」
コリンは目を眇めて前方を睨み、多少人混みが落ち着いたのを見計らって頷いた。
コリンはオーレリアを抱き上げたまま火事の起こった地点であろう、人身売買会場へと向かう。
近くまで行けばアーネストたちがいるはずだ。
エリスは念のため、脇道に入り人目を避けてからそっとフードの中のオーレリアに幻惑の術をかけてその姿を変えた。
三人は人の流れに逆らって火事の中心部へと進んだ。




