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蒼黒のオーレリア  作者: 桐島ヒスイ
第一部 出逢い編

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14/14

5、アーネスト――艶美――





 結局土曜日までオーレリアの具合は良くならなかった。だがその間中ずっとウィルフレッドが側に居てくれた。

 うつらうつらと眠ったり起きたりを繰り返してオーレリアが目を開けるたびにウィルフレッドが優しく微笑んでくれた。

 オーレリアは嫌われたと思って泣いたのが何かの間違いだったのかと思うほど幸せだった。

「リア、本を読んであげようか。何がいい?」

 ウィルフレッドの言葉にオーレリアは瞳を輝かせた。そしてガイとニーナのことを思い出す。

「兄さま、ガイとニーナも……」

 言いかけた途端ウィルフレッドの機嫌が急降下したのを感じてオーレリアは漸く学んだ。

(二人のことは禁句……!?)

「…………リア、ニーナならいいが、ガイはもう大きい。読み聞かせは必要ないよ」

 オーレリアは瞬いた。確かにガイは自分より年上だが、今まであまり本を読んだことがないのか初めて聞く物語にとてもわくわくしている様子だった。だから読み聞かせてあげたかったのだが。

「…………それにガイはいろいろと忙しそうだからね」

 にっこりと有無を言わせない笑みにオーレリアは引き下がるしかなかった。


 侍女にニーナを呼んでもらい、寝台の上でオーレリアの膝の間にちょこんと座ったニーナの腹部を後ろから抱きしめて二人の少女は椅子に座るウィルフレッドの口から物語が紡がれるのを期待の籠った瞳で見つめて待った。

 ウィルフレッドは苦笑して絵本の頁を捲った。



 日曜日になり、漸くオーレリアは起き上がれるようになったが、既に今日はウィルフレッドの帰る日だ。

「兄さまごめんなさい……折角来ていただいたのにずっと寝ていて」

「…………リア、無茶をするからだよ。…………突然貧民街に行くなんて…………」

 急に低くなった声のトーンにオーレリアはびくりと震えた。どうやらウィルフレッドはオーレリアがずっと臥せっていたため叱るのを我慢してくれていたようだが、回復したので遠慮がなくなったらしい。

「…………どんな予言を言われたの?」

 オーレリアはぐっと言葉に詰まった。ウィルフレッドに関することなので言い難い。

「…………ひ、貧民街を気に掛けろと」

「…………それだけ?」

 こくこくと頷くオーレリアを疑わしそうに見つめていたウィルフレッドだが、オーレリアが言わないのを察すると小さく息を吐いた。

「リアが僕に隠し事するなんて…………哀しいな」

 ウィルフレッドが滅多に見せない淋しそうな表情をするのでオーレリアはどきっとした。

 だが言うわけにはいかなかった。言葉にしてしまえば本当にそうなってしまいそうで怖かったのだ。

「それだけです。本当です」

 ぎゅっと目を瞑ってふるふると首を振り続けるオーレリアにウィルフレッドは降参した。手をぽんとオーレリアの頭に置いてこつんと額と額をくっつける。

「……わかったよ、リア。そういうことにしておいてあげる」

 オーレリアはウィルフレッドが引き下がってくれたことにほっとした。

 ウィルフレッドが内心ではいつか絶対聞き出してやると不穏なことを考えているとも知らずに。



 ウィルフレッドを見送り自室に戻ったオーレリアはふと何かを忘れている気がして数拍沈思した。何だろう、貧民街に忘れ物でもしただろうか、と考えて窓の外を見ると近衛の制服を着た騎士たちが離宮を警固していた。

(――!!馬車を降りてからコリンに一度も会っていない!!)

 嫌な予感がしてオーレリアは自室を飛び出し近衛の詰所へと走ったのだった。


 近衛の詰所は離宮の建物の前広場を囲うように広げられた棟の両翼にある。東棟と西棟、どちらにコリンがいるのかは分からないがどちらかにはいるだろうとオーレリアは東棟から探してみることにした。

 詰所に突然現れた王女に騎士たちは驚いた。

「コリンはおるか」

「――コリンは謹慎中です、王女殿下」

 オーレリアの背後から返事が届いた。オーレリアはぎくりとしたが面には出さずゆっくりと振り返った。

 詰所の入口にはすらりとした長身の騎士がいた。この離宮の警固責任者、アーネストだ。

 アーネストの見た目を一言で表すなら「色男」だ。整った顔立ちは華やかで唇には常に甘い笑みを浮かべている。顎までの長さのふわりとした灰銀色の髪に、社交界の女性たちに色っぽいと絶賛されている少し下がり気味の瞳は魅惑的なダークチョコレート色。年は責任者を務めるには若すぎる二十代前半だがそれに異を唱える者はいない。

 アーネストは一歩前に出ると優雅な動作で片膝を付いて王女に礼をした。

 それに倣って周りにいた騎士たちも素早く跪く。

「謹慎中とは?」

「王女殿下を誘拐したと思われても仕方のない行為をしたため牢に繋いでおります」

「…………牢!?……誘拐ではない!」

 オーレリアは驚いてアーネストに一歩近付いた。

「青の侯爵家のご令息、エリスさまよりご指示があったことは聞き及んでおります」

「ならば」

「ですがコリンは王家の近衛に所属する騎士。国王陛下に忠誠を誓った身。それを侯爵家のご令息に従うなど言語道断なのです」

 口にする言葉は厳しく情けの欠片もないがその口調は優しく、表情は甘く麗しい。色気すら漂っている。社交界の貴婦人たちの間でフェロモンと呼ばれているそれをまだ幼いオーレリアはよくわからないが、アーネストは他の騎士とは違うという印象だけはあった。

 アーネストの言うことは正しい。オーレリアはぐっと押し黙って俯いた。けれどコリンを巻き込んだのはオーレリアだ。

「妾が命じたのだ。……エリスも妾の命令に従った」

「…………殿下がお命じになられたと」

「そうだ!だから――」

 オーレリアはもう一歩前に出た。

 オーレリアはコリンを守ろうとするあまり龍の逆鱗に触れたことに気付かないまま近付き過ぎてしまった。

「…………何故私にお命じ下さらなかったのです?殿下」

 低く艶やかな声は甘く、怒っているようには聞こえない。けれどちらりとこちらを見たアーネストの瞳を見たオーレリアはぴしりと固まった。

(―――!!)

「…………何故コリンなのです、殿下。あのような青二才では殿下の御身に降りかかる万難を排しきれるとは思えません。殿下に『もしも』のことなど『万が一』にもあってはならないのです。殿下は我らの光。突然殿下のお姿が見えなくなって私がどれ程苦しんだか、お分かりいただけますでしょうか…………」

 切なげに見つめられてオーレリアは何故か冷汗が吹き出した。獰猛な獣の前に立たされた気分だ。「喰われる」――そんな言葉が浮かびそうになる。生き延びるためにはアーネストの気を変えなければ――。

「わ、悪かった!……妾が間違っていた」

 にこりとアーネストが美しい笑みを浮かべた。オーレリアはほっと息を吐いた、が。

「…………では今後は私をお連れ下さい、殿下。殿下のお側で御身を守らせて下さいますね?」

 熱の籠った瞳でうっとりと見つめられてオーレリアは再び命の危険を感じた。

(あれ!?何か間違った!?)

「このアーネスト、誠心誠意殿下に御仕えしておりますれば」

 頷かなければ殺されそうだ、と蒼白になったオーレリアだが、ふと気付いた。

「…………アーネストは、妾が貧民街へ行ったことには反対していないのだな」

 するとアーネストはふっと優しい笑みを浮かべた。

「…………それは勿論です。殿下が見聞を広められることは有意義かと」

「…………突然黙って行ったことに、怒っているのだな…………?」

「コリンだけをお連れになったことに対してです。…………妬ましいですね」

「え」

 にこやかに言われてオーレリアは固まった。

「何故コリンだったのです?数日前からコリンと二人きりで内緒話をしていましたね。報告によれば殿下は貧民街でずっとコリンと手を繋いでおられたとか。…………赦し難い」

「報告!?誰から…………いや、内緒話のことまで…………」

 アーネストはくつりと笑った。

「殿下に関することでこのアーネストに知らぬことなどありませんよ」

 何それこわい。オーレリアは急に室温が下がった気がした。

「ですがコリンに関してはノーマークでした。殿下が特定の近衛に御執着されるなど想定外……コリンには王城への出向を命じましょう」

「待て!コリンはたまたまだ!偶然そこにいたから付いてきて貰っただけだ」

 オーレリアが必死に弁明するとアーネストはふむ、と頷いた。

「たまたまですか。……偶然……それならば仕方ないですね。大した強運だ。妬ましいことに変わりはないが」

 コリンが聞いたら絶対に凶運だと叫んだだろうとオーレリアは思った。

「コリンは牢から出せ。今すぐに」

「…………わかりました。コリンには外周10周で赦しましょう」

 その場にいた騎士たち全員が蒼褪めた。

 オーレリアにはよく分からなかったが外周とは離宮の門の外、壁の周りを走る訓練の一つ。ちなみに1周約10キロメートルである。

(100キロ!?隊長容赦ねぇ――――!!!)

 オーレリアは神妙に頷いた。

「そうか……。だが妾にも責のあること。妾もその罰を受けよう」

(えぇぇ!!殿下――――!!?)

 騎士たちの声にならない悲鳴が木霊する。

 アーネストはこれ以上ないくらい甘やかな表情でオーレリアを見つめた。騎士たちは慄いた。

(隊長、どうする気ですか……!?)

「素晴らしいお心がけです、殿下。では私もご一緒しましょう」

(はぁぁ――――!!??)

 その場にいた騎士たち全員の顎が落ちた。すごい光景だ。

「コリンは私の部下ですからね。隊長である私も責を負うべきでしょう」

 騎士たちは思った。

(絶対殿下と一緒に走りたいだけですよね隊長――――!!)



 急遽オーレリアのために騎士の鍛錬用の服が仕立てられた。動きやすいズボンにシンプルな長袖の襟なしシャツ。

 髪は後頭部に纏めてお団子にしてある。

 オーレリアが走るのは離宮の建物の周り、約2.5キロメートルを3周だ。これはアーネストがオーレリアの責任を受け入れて、部下と罰を半分ずつ分け合うことに同意した形である。アーネストも走るので三分の一になった…………表向きは。

 オーレリアが走るのは内周で、コリンの10周をアーネストと三人で分けたことになっているが実際にはコリンの罰は外周5周である。(アーネストの分は含まれていないがオーレリアの分は渋々差し引かれて当初の半分になった)オーレリアはそのことを知らない。

 騎士たちは心の中で滂沱の涙を流した。

(コリン……5周でもマシと思え。殿下が御身を犠牲にしてもぎ取って下さった成果だぞ)


 ちなみにエリスについては貧民街から帰って来てすぐにアーネストにこってりと叱られている。何を言っても馬耳東風といった感じだったが、最後にアーネストがオーレリアの家庭教師の任を解くよう陛下に進言すると伝えると、僅かに眉根を寄せて悪かったと謝った。

 アーネストは思わず瞳を見開いた。

 プライドの高い侯爵家の神童に謝らせることが出来ただけでも偉業だった。そしてちゃっかり次のお忍びは自分を連れて行くよう密約を交わした。エリスには半眼でじとりと睨み付けられたけれどアーネストは気にしない。



 コリンは六日ぶりに牢から出されてはぁと深い溜息を吐いた。

 完全に隊長の八つ当たりによる嫌がらせだ。

(まぁ……仕方ないか……)

 軟派な外見からは想像もつかないがアーネストはめちゃくちゃ硬派なのだ。王女への忠誠心が半端ない。崇拝とか絶対服従というレベルで慕っている。その隊長を差し置いてオーレリアの護衛として貧民街へ行ってしまったのだ。隊長からすれば「大切で至高で唯一無二の麗しの姫と抜け駆けデートした不届きな部下」というところだ。

 コリンは地下牢から出て離宮の中庭に来ていた。鍵を開けてくれた先輩騎士から罰則が走り込みと聞いたが何故か中庭に行くように言われたのだ。

(外周じゃなくて内周?……隊長にしては甘い……)

「――コリン!」

 コリンが訝しんでいると、可愛らしい声が聞こえ、建物の角から小さな人影が走り寄って来た。

「――え、姫さま?」

 騎士の鍛錬服を着たオーレリアだ。勢い余ってぶつかるように飛び込んで来た王女を両腕に抱き留めると、オーレリアは顔を上げた。

「すまない、牢から出すのが遅くなった」

「姫さまのせいじゃないですよ」

「妾のせいだ。…………コリンのことを忘れていた」

「……ひど!そりゃ酷いですよ、姫さま」

 オーレリアが眉根を寄せて言うと、コリンは爆笑した。

「…………楽しそうだな、コリン」

 背後から低い声が響いてコリンはびくっと震えた。

「た、隊長…………」

 コリンは慌ててオーレリアから一歩下がって直立する。そして気付いた。アーネストも鍛錬服を着ていることに。

「おまえと殿下と私で無断外出反省マラソンだ」

 それなんの罰ゲームですか!ていうか反省マラソンでしたね!とコリンは内心絶叫した。


「殿下。準備運動は入念に行ってください」

 アーネストはオーレリアに丁寧に指導した。普段あまり運動をしない病弱のオーレリアを気遣った当然の行為だが、それなら走らせるなよと騎士たちは思わずにはいられなかった。

 騎士たちとは逆にアーネストはオーレリアが病弱だからこそ、身体を鍛える必要性があると考えていた。だからこれはいい機会だと考えたのだ。

「疲れたら無理をせず仰ってください。私が抱きかかえますので」

 にっこりと言われてオーレリアは生真面目に首を振った。

「それでは罰にならぬ」

「殿下。いきなり長距離はお身体に毒です。ですから今日は本番のための準備運動だとお考えください」

(えっ…………)

 周りにいた騎士たちが沈黙した。(元々何も喋っていなかったが)

(隊長は毎日愛しの殿下と走る気だ…………)

 オーレリアはアーネストの説明に素直にそうかと納得した。

(妾は身体があまり丈夫ではないからな)

 こうしてオーレリアの日課にしれっとアーネストとのランニングが追加されたのであった。


 結局その日オーレリアは1周でギブアップした。

 アーネストは上機嫌でオーレリアを抱き上げて私室へと連れて行った。

 コリンには横目でしっかりと「おまえは外周を走れ」と容赦なく命じて。

(……ですよね――)

 コリンは内心滂沱の涙を流した。



***


 その夜のコリン☆

 50キロマラソン完走しました。





第一部(完)

続きは 1/20予定です。

よろしくお願いします。

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