4、ガイ――双紅――6
オーレリアの寝室を出たウィルフレッドはジョナサンを呼び出し、ガイのことを問い質した。
「……あの紅髪はどこから湧いて出てきた」
「…………貧民街でございます」
「――は……?」
ウィルフレッドはオーレリアが貧民街へ行ったことを知り、絶句した。
「何故…………」
「占術師エーギルさまより予言をお受けになられたからでございます」
ウィルフレッドは眉根を寄せた。占術師の予言は絶対だ。運命を覆すには相当な努力がいる。
「リアはそれに抗おうと……?」
「エーギルさまは貧民街を気に掛けるようにと仰せでございました」
結果、初めて足を踏み入れた貧民街で二人の子供を拾って来た。
「……ガイは双紅、その妹のニーナは双桃でございます」
「…………!」
二人の特徴にウィルフレッドは息を飲んだ。先ほどはオーレリアのことしか目に入らず、碌に二人の子供を見ていなかった。
髪と瞳の色が揃うのは稀で、それは魔力が強い証。赤系統は炎で、桃色は魅了の魔力だ。
「そんな二人が貧民街に?」
基本的に高位の家柄ほど魔力が強い。王家を筆頭に貴族がそれに次ぐという形で、平民はほとんど魔力を持たないのが普通だ。
「彼らの素性はまだ調べておりませんがもしかしたら貴族の落とし胤である可能性も」
「…………そうだな」
ウィルフレッドはガイを見極めてやろうと思った。
「ガイは今どこにいる?」
「…………すぐ連れてまいります」
「いや、いい。まずは離れたところから見てみたい」
ガイは庭師と一緒にいると聞いて、ウィルフレッドは足早に部屋を後にした。
「チャドさーん、これ、こっちでいいの?」
「…………」
良く通る声が庭に響き渡る。庭師の老人は無言で頷く。元々無口なだけで別に怒っているわけではない。ガイは気にせず幾つかの鉢植えを小屋から運んで次々に花壇の前に並べていく。
そこへ離宮のメイドがトレイに載ったお茶と菓子を持って来て二人に声をかけた。
「チャドさん、ガイ。それ終わったら少し休憩にしましょう。お菓子があるわよ」
「やった!」
少年はこの離宮に来てまだ三日程しか経っていないが既に使用人たちと打ち解けているようだった。
少し離れたところからガイを観察していたウィルフレッドは優雅な足取りで三人の元へ近付いた。
ウィルフレッドに気付いた庭師とメイドは丁寧に頭を下げた。
ガイはきょとんとしていたが、二人の態度に倣い頭を下げようとした、その瞬間。ウィルフレッドは猛然とガイの前まで走り寄り、間髪入れずに鳩尾に拳を叩き込んだ。
ガイは見事に後ろに吹っ飛ばされた。
「な…………」
せき込みながら身体を起こしたガイは紅い瞳で強くウィルフレッドを睨んだ。
瞳も髪も纏っている服さえも黒い少年は昼間の明るい光の中に突然現れた闇のようだった。彼の存在だけが異質だった。
「まともにくらってすぐに起き上がれるのは褒めてやる」
ウィルフレッドは口元に笑みを浮かべていたが目は観察するように冷静でガイから一瞬も離さない。
「…………べつに、あんたの軽い拳程度ならなんともない」
ガイもにやりと笑ってウィルフレッドを睨んだまま立ち上がった。
両者の間で火花が散った。
直後にゴツンと音がしてガイの目の前に星が飛んだ。庭師のチャドがガイの頭に拳骨を落としたのだ。
ガイは無言で呻いて蹲った。
「殿下、失礼いたしました」
滅多に喋らないチャドが口を開きウィルフレッドに頭を下げた。一緒にガイの頭も下げさせる。
「いや、いい。今のは僕が挑発した。だからそう睨むな」
ガイはチャドが頭を下げながらも内心納得できずウィルフレッドに強く問うような目線を向けていることに気付いて驚いた。自分のために怒ってくれているのだと感じてウィルフレッドへの怒りの感情が薄れる。
「…………どうやら魔力は発現していないようだな」
ウィルフレッドの言葉にガイは首を傾げた。意味が分からない。
ウィルフレッドは本当はもう二、三発殴ってガイを追い詰めて確かめたかったが、先にチャドが止めたためそれ以上の手出しができなくなってしまった。
ガイが一人の時を狙えばよかったと物騒なことを考えながらウィルフレッドはガイに視線だけ向けて言った。
「…………殴ったことは謝らない。人の婚約者と同衾した罰だ」
「…………婚約者…………」
ガイはポカンとしてウィルフレッドを見つめた。ガイは娼館育ちなので同衾の意味は知っている。しかしその相手がオーレリアで、目の前にいる少年が彼女の婚約者だと理解するのに数秒を要した。
「…………いや、あれは…………!!」
瞬時にオーレリアの可愛らしい寝顔を思い出して顔が真っ赤に染まった。それを見たウィルフレッドは不穏な笑みを浮かべた。
「…………まさか邪なことをしていないだろうな?」
「するわけねぇだろ!!ニーナも一緒だったんだ!ただ一緒に眠っただけだ!!」
「二度目はないと思え」
ガイは本能的に危険を感じて一歩下がった。何か禍々しい気配が辺りに充満している。
「…………いい勘だな。精々錆びつかせぬことだ」
口元に冷ややかな笑みを刷いてウィルフレッドは踵を返すと、優雅な足取りで屋敷の中に姿を消した。
ウィルフレッドの姿が見えなくなって漸くガイは詰めていた息を吐いた。
(……なんだあれは……)
本気で殺されると思った。冷汗がどっと噴き出す。心拍が激しく脈打っている。
オーレリアに近付くなとはっきりと警告された。
(……姫さまの、婚約者…………)
ちくりと胸の奥に針が刺さったような痛みを感じた。それは、きっと――。
(――姫さま、考え直せ!!)
ガイはウィルフレッドを腹黒の凶悪嫉妬男と認定した。
(ヤバいだろ、あいつ!!あの禍々しさはなんだ!?下町のヤクザだってもっとさっぱりしてたぞ)
命の恩人のオーレリアの婚約者があんな腹黒では姫が不幸になる。そんなことは断じて認めない。
ガイは強く思った。オーレリアを守りたいと。強くなりたいと。ちっぽけな自分が酷く悔しかった。




