8話_進化
(うぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
まずは足の先から徐々に頭の方まで激痛が昇ってくる。その過程で、激痛が走った個所はバキボキと骨の折れるような音が聞こえてくる。
体の4分の3まで激痛が昇ってきたところで、今度はゆっくり時間をかけて激痛部分が昇ってくる。
(はぁぁぁ!うぐぅ!あぁぁぁぁぁぁ!くそがぁぁぁぁぁ!)
その時、頭に電流が走って、自分の体に全力で幻覚魔法をかける。すると、先ほどの激痛が嘘のように収まっていく。感覚的には、ささくれを常に刺激されるぐらいの痛みまで抑えることができた。が、体の変化は留まることを知らず、変な感覚が体を襲い続けていた。
(グッ、うぅぅぅ。はぁ、はぁ、一体何が起こっているんだ?)
体が、内側から肥大化したり作り変えられていく感覚にのたうちまわりながら、痛みが治まるのを待つ。
すると、顔が膨れあがる感覚の後、顔の皮が弾け飛んだ。
パンッ!
その直後に目の前の景色に色がついた。
(...うぇ?なんだ?洞窟が...なに?)
気づけば痛みは消えて、とくに何も感じなくなっていた。ようやく激痛が治まったと思った俺は、幻覚魔法を切り起き上がろうとしたが、目の前に細く小っちゃい腕と手が映り込んできた。腕は健康的な白さに少し赤みがかったオーラみたいなのが一緒に写っていた。どうやら温度以外の色も目で拾えるようになっているようだった。
(なんだこの手は?...俺のか?)
手を、握ったり開いたり、中指を立ててみたり、カエルを作ってみたりして、ようやく自分の体の一部だという事が分かった。腕をたどっていくと肩と黒髪、腹、それから柔らかそうに膨らんだ胸があった。
(......ラミア?っていうか、俺...雌だったのか...)
ぽよぽよと自分の胸の感触を確かめながら、自分の性別を確認し忘れていたことに気が付く。そして、腹に飲み込んだ人間が消化しきれていないせいか、まるで妊婦のような感じになっている。しかしながら、そこまで苦しくなかった。
少し深呼吸をして落ち着き直し、先ほど自分がかなり暴れたりしていたことを思いだした。町の方に向き直ると、門の上から兵達が此方に槍を向けて待機していた。その少し後ろに、巫女が両手を合わせているのが見える。
「(蛇神様!大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?)」
とても焦っているのが伝わってくる。それと当時に心配してくれているのもわかる。
なるべく優しく返してあげないとな。
「(...驚かせてしまってすまない。俺の体がこのように変化することは初めてだからな。もう大丈夫だ。皆にもそう伝えてくれ。)」
念話を早々に切って門の前で眠る体制に入る。今日はいろいろありすぎて疲れた。体の変化について考えるのは起きてからにしよう。
今度こそ安らかな眠りに着くのであった。
手が無くなって、初めて手の有用性に気付かされた。生まれたときから手があって、細かい作業ができる人類は恵まれているのかもしれない。
そんなことを、自分の小さな柔らかい手で脱皮を剥がしながら、鼻歌混じりに考えていた。
「(...蛇神様、楽しそう、ですね...)」
すると、いつのまにか門の上にいた巫女から、とても残念そうな念話が飛んできた。まぁ俺とネズミたちの関係は、脱皮を手伝ってもらうのと、広い場所を借りる代わりに、剥いた皮は好きに使っていいし、蝙蝠や蛸などの食料を取ってきて、家賃替わりに収めている程度だった。いわゆる大家さんと住人的な感じだった...はず。
「(...脱皮が欲しいのか?俺は特に使う機会無いから、お前たちにこれからもあげるつもりなんだがな...)」
そう返答すると、苦笑いとともに「(うぅ~ん、ありがとう...ございます...)」と何とも歯切れの悪い返答が帰ってきた。皮が欲しい訳では無いのか?
「(どうした?返事の歯切れが悪いが、何か気に食わなかったのか?)」
特に怒っていたわけではないが、巫女は一瞬ビクッと体を震わせて。震える念話で返答してきた。
「(あ、いえ、そのぉ、蛇神様の脱皮を剥くという、栄誉ある仕事ができなくなるのは残念だなと...)」...マジか、脱皮を剥くのって栄誉ある仕事だったの?脱皮を祭事か何かにしないでくれますか?恥ずかしいったらありゃしないよ。まぁでも、仕事を急に奪ってしまうのは良くないな。新しい仕事が見つかるまでは、巫女達に剥いてもらうか。
「(そうか、仕事を奪うのは良くないな。分かった、次からは今まで通り巫女達に剥いてもらうとするよ。)」
すると、あっという間に元気を取り戻して「(はい!)」と元気よく返事をし、今回の脱皮を持って帰って行った。
他のネズミ達に新しい姿を見てもらう為、門を越えて街に入ろうと、背を伸ばす。
門から人間の胴体が見えるや否や、ネズミ達が此方を見て、絶望的な表情をしているのが分かった。念話を広域化して俺が蛇神様と同一人物である事を伝える。
『(皆、落ち着いて聞いて欲しい。俺は昨日進化を遂げて、人間の胴体を手に入れただけで、皆の知る蛇神様と同じ生き物である。)』
自分のことを神と名乗るのは、とても恥ずかしい。が、そこまで言うと、体の蛇の部分を門の上に晒して、ネズミ達を安心させる。
街のあちこちで、(なんだ)(そうだったのかぁ)と言う安堵の思念が聞こえてくる。
これでみんなから警戒されないだろうと、門を越え、自宅まで移動していると、ネズミ達の中に他よりも一回り大きく、毛の色が暗い個体が、ちらほらと混ざっているのが見えた。おおかた、生活水準の向上によって、成長の幅が増えたとか、その程度だろうと思っていた。日本も昔に比べると、平均身長が上がってるらしいし、食の安定は成長には不可欠な要素であることは間違いなかったはず。
「(コホン、衛兵の、お前に聞きたい事がある。町の中にチラホラと見える、少し体格の良いネズミがおるようだが?)」
なるべく威厳を保ちつつも、やんわりと近くにいる衛兵ネズミに念話で語りかけてみる。
衛兵は少し焦ったようだが、膝をつきながら、巫女がいつもやっていた様に両手を握り目をつぶる。それに合わせて、念を受信できるようにそのネズミに集中する。
「(蛇神様、僭越ながら説明させていただきますと、かの者達は、進化した種だと思われます...)」
「(ふーん、進化...ねぇ。個人的には、しっかり栄養のある食生活を送った結果に見えるのだが?)」
自分の意見を言わせてもらうと、衛兵は目を見開き、涙を流しながら(蛇神様とお話しが出来るとは!)と心の中で呟いて、もう一度目をつむった。
「(た、確かに蛇神様のようなお強い方には、微々たる成長だと言われても仕方ないですな。)」
両手を握ったままウンウンと頷く衛兵だったが、そう言われた本人は、そうじゃない、と心の中で訴えていた。
(...ごめん、別に馬鹿にしてるわけではないんだ。多分俺の進化が劇的ビフォー◯フターだっただけだと思う。いや、そのはず。あらゆる進化の過程をすっぽかして、蛇からいきなりラミアになるぐらいだもんね。本当だったらきっと、トカゲっぽくなってから、ラミアになるぐらいの段階を踏むはずだよね?...ネ?)
誰にともなく問いかけるが誰からも返事が来るはずもないので、衛兵に言い訳する事にした。
「(そ、そうではないのだ、俺の進化が特殊過ぎるだけだったのだ。故に、本来の進化の形というものを見るのが新鮮でな!ワハハハ。)」
そう念話を送りながら衛兵に笑いかける。自分の歯を見せるような感じの、笑顔を作ったと思ったんだが、そもそも衛兵は目を閉じているのをすっかり忘れていた。だが、周りで見ていたネズミ達は笑顔を作った途端に、硬直して青い顔をしていたのを横目で確認し、ある事を思った。
(アレ〜?俺の笑顔って恐怖を誘うような感じなのか?っていうか、俺自身の顔見た事無いな。良いところで話を切り上げて豚蝙蝠の池まで行くか...)
「(...お前たちの成長は嬉しい限りだ。俺も追いつかれぬよう、少し運動してくるとしよう。衛兵の、説明大義であった。)」
「(ハハッ!ありがたき幸せにございます!)」
早々に話を切り上げて門の外に向け踵を返す。傭兵は立ち上がると「チュー」と鳴いて頭を下げていた。これは念話を使わなくても何を意味するのか分かる。
門の上にいるネズミ達に見送られ、豚蝙蝠街道の池まで全速力で向かう。
体重が増加したせいか、急ブレーキが効かず少しスリップするが池には落ちずに済んだ。息を整えて湖を覗き込むと、黒目黒髪の幼女が映っていた。
(はぁ〜、カワエエなぁ。ツリ目だけど。そこが良いな。我儘幼女キャラとか似合いそうだな…)
湖に映る自分を見ながら、眉を寄せて怒ってるように見せたり、半目になるなど自分の顔で遊んでいて、ふと気がついた事があった。
(く、口が耳元まで裂けてる...)
ニッと笑った時に、口の作りが蛇の頃のままだという事に気がついた。口を開けてみると確かに蛇そのものであった。
二股に分かれたピンク色の舌に、鋭く生え揃っている牙に、他より長い牙が2本。その牙の根本には、毒を分泌するであろう小さな窪みがある。
(...コレはコレでアリだな。一見カワイイ幼女だが、実は口裂け女ならぬ、口裂け幼女ってか。)
他愛もないこと考えながら、口を指で押して無理やり笑わせて見たり、頰(口の両側)を膨らませていたりして自分の表情にデレデレしていた。
側から見たらナルシスト全開のイタイ子であるが、周りに誰か居るわけでも、見られてるわけでもないので気にすることではない。
(そういや、腕の関節とかはどうなってんだろう?)
意識して曲げようとしても肘や手首、肩以外が可動する事は無さそうだ。しかし、体を動かしていると、人間とは違う体である事を気づかされた。
(ムゥ〜、皮膚では無く、鱗か...)
体を覆っていたのは、柔らかい皮膚では無く、かなり小さくて硬い鱗であった。手の甲で壁を軽く叩くと、カツッと小気味よい音が聞こえる。
硬貨を壁に軽く当てる様な、そんな音が手の甲からすると思えば、皮膚は強靭な鱗で覆われていると言うではないか。
(...ま、まぁ、防御力が無いよりは、あった方が良いもんな。)
そんなこんなあって、自分の可愛さに酔いしれた後、豚蝙蝠を2匹鷲掴みにして町へと帰ることにした。
町に戻ってくる途中でネズミの一団と出会った。彼らは、下の階からそこそこの数の木ノ実を大きな籠に入れ、スクワッド(4人1組み)で3組が持って帰ってきている途中らしかった。
「(お前たち、下の階で人間を見なかったか?)」
声をかけると、護衛のネズミ達が前に出てきて、巫女がやるように祈りの姿勢になる。籠を持っていたネズミ達は、籠を置いてその場で祈りの姿勢になっていた。訓練されてんなぁ...
「(ハッ、蛇神様、我々は人間を見ておりません!)」
隊長と思われる1番前にいるネズミの念を読むとそう言っていた。因みに他のネズミ達も同じ反応であった。
(下の階層に転がした彼は、奥に向かったのか、「あなぬけの綱」的な物を使用して脱出したのか…はたまた違う魔物に丸ごと喰われたのか。何にしても、彼がこの世の理から解放されている事を願おう。)
「(そうか、人間を見ていないのであればそれで良い。食糧調達ご苦労である、もう行っていいぞ。)」
そう言いながら、籠に豚蝙蝠をソッと忍び込ませる。ネズミ達はチュッと短く鳴き声をあげ、荷物を持ち上げて町へ帰っていくのだった。
それを見送ってから、実際に自分の目で現状を確かめてみることにした。
ネズミ達が昇ってきた坂を見下ろすと、やはりどことなく怪しい気配が漂っている。そして、時折「ギャー、ギャー」といった鳥?の鳴き声のようなものが微かに聞こえてくる。
(...女は度胸、だったか?...大丈夫だ、階層ボスが通常モンスター如きに、パワーで負けるはずがない。それに攻略するわけじゃないんだ、チラ見するだけだ、先っちょだけだから何も心配いらない。)
心の中で大丈夫!大丈夫!と呟きながら緩々と下っていく。所々急な坂道になっているが、ココを登ってきたネズミ達は相当な力自慢なのだろう。筋肉ムキムキのネズミが現れる未来は直ぐソコまで迫っているのかもしれない。
(でも、運んでたのは全部雌のネズミだったような...)
そこまで考えたところで、足(正確には胴)が草に当たったのを感じとり、下の階層にたどり着いたことを知った。
次回更新も土曜日です