30話_娘の勇姿
採掘場へと着いたサナは、採掘場らしからぬ蛇の装飾が施された柱の間をどんどん奥へと進んでいく。
壁は平らに、床は中央から両サイドに少し斜めになっており、気にならない程度ザラザラにされていた。
「はぁ...まるで近世か2000年以降の豪勢な地下施設って感じだな...」
問題があるとすれば、鉄筋が入っていない事だろう。などと考えながら道なりに進む。
途中に分かれ道などがあるが、使われていなそうな方には、大蛇が口を開けたオブジェクトが置かれており、わかりやすくなっていた。
しばらく進んでいると、ミシの怒る(と言ってもそこまでの剣幕は無い)声が聞こえてくる。
「そこ! 脆くなってるので気をつけて下さい!」
「はい!」
「あなた! 柱は私たちの生命線ですよ! 装飾に拘りたいのは分かりますが、結合の向きを間違えないでください!」
「はい!」
「あなた! さっき休憩しなさいって言ったわよね! なんで休憩してないの!」
「はい! 作業が気になってしまって...」
「わ、私の監督じゃ、不安ですか?」
「い、いえ! ゆっくり休んできます!」
最後は少し涙目になっていたが、概ね順調そうだった。現場監督がだいぶ板に付いて(たぶん)来たように見える。ついでに、プンプンという文字も頭上に幻視できる。
ココで働く娘達も、怒られたと言うのにどこか和んだ雰囲気がある。
「ミシ、お疲れ様」
「わっ、蛇神様⁉︎ どうしてココに?」
「視察がてら、採掘班に仕事を頼みたくてな。鉱石のストックは、そこそこあるらしいじゃないか。明日、明後日で掘って欲しい場所があるんだ」
ミシは少し思案するが、直ぐに返事を返す。
「な、なるほど。それでは明日、全員で向かいますね」
「あぁ、よろしく頼む。集合場所は第4格納庫前だ。場所は分かるか?」
「はい! 蛇神様専用格納庫ですよね」
「なんでも分かりますっ」と言わんばかりミシに、微笑んで答える。
「あぁ、そうだ。今日は余り無理せず、早めに切り上げるように。明日から急ピッチで進めて貰わねばならんからな。もちろん安全第一で、な」
「はぁ〜い」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を瞑って間延びした返事をする。周りから「か、可愛い♡」「...よき」「尊死ぬ!」等の声があがっているので、職員達との関係は概ね良好と言えるだろう。
後で知った事だが、採掘班には『ミシ様を愛でる会』なるものがあるらしく、ちょっと抜けたところ等を影ながらサポートし、その貢献度に応じて『休みの日に、2人きりでカフェに行ける』などの特典があるらしい。因みにミシはこの事は知らないそうな。
街に帰って来たサナは、学校に寄った。名前は『帝国学園』である。何の捻りも無ければ、拘りも無い名前だが『鼠蛇帝国蛇神様最強学園』よりはマシである。
立地は、街に入って大通り右側。ちょうど住宅街の反対側で、研究所より離れており、大通りに面した位置に校門が設置してある、という場所だ。その校門からコソコソと侵入し、幼稚園区画に移動する。
(うぅ...ちゃんと馴染めてるかなぁ?心配すぎて来ちまったが、バレなきゃ大丈夫だよな...)
はやる気持ちを抑えて、ヌルヌルと音を出さずに移動すると、ちょうど外で遊んでいるところのようで、子供達の声がはしゃぐ声が聞こえて来た。
「さぁ! じゅんちょーに勝ち進んでいるナナ選手! ヨユーのヒョージョーです! 」
「とーぜん! 鍛え方が違いますから!」
「しかし! 次の相手は蛇神様のゴソクジョ、大会初参加にしてレンセンレンショー中、期待の新人っ! キクレ選手!」
「がんばりますっ!」
窓から少しだけ覗くと、幼稚園区画の園庭には、作った覚えのないリング(レスリングなどで使用するような物)が設置されていた。レスリングの床には毛皮が敷かれており、思い切り倒れても痛く無いように作られていた。
(えぇぇぇ⁉︎ 何? 何故? どうして? リングがあるの? っていうか今からまさかのボクシングとか始まっちゃうのぉ?)
どうするべきか分からず、サナがあたふたしていると、チンッという金属音が鳴り、子供達の歓声が聞こえてくる。
「たぁぁ!」
「やぁぁ!」
サナがギョッとして園庭を覗くと、キクレとナナがお互いに組み合って、相手を転けさせようと足を掛けようとしたり、左右に揺さぶっていた。
見た限りだと、力はキクレの方が上だが、技量ではナナが優っていた。
(ま、まぁあれぐらいならいいか。子供だものな、有り余る体力を使って、お互いに怪我さえしなければ...)
ハラハラしながら見守っていると、後ろから足音が近づいて来る。
「...蛇神様がいらっしゃるなんて...何の連絡も有りませんでしたが、緊急事態ですか?」
「いや、抜き打ち視察だ」
「抜き打ち視察...」
振り返れば、ナキが神妙な面持ちで...いや、少し泣きそうな顔で立っていた。
「わ、私、何か変な事してましたか?」
「そうじゃ無くてだな、抜き打ち視察は各所でやってるんだ。さっきもミシの所に行って来たばかりだ」
「そうなんですね、私がなんかやらかしてしまったのかと思いました」
そういうと、ナキはホッと胸を撫で下ろした。
サナはナキに向き合いながら気になった事を質問する事にした。
「所でナキよ、アレは何だ?」
「あぁ、アレは私たちの真似をして『戦闘訓練ごっこ』をしているんですよ。あ、安全も確保できるように、付き添いの先生が居る時しか、してはいけないというルールにしてあります」
ナキはリングの方を指差しながら、「2人は見ている様にしてるんです」という。よく見ると、確かに2人だけ、顔つきが違う者がいた。しゃがんでいるようで、パッと見身長差では分からないが、首からアズライトがはめられたネックレスが下がっている。
「...の、ようだな。と言うかお前達、戦闘訓練していたのか?」
「はい、もしもの時に時間稼ぎぐらい出来る様に」
意識が高いと褒めるべきか、戦闘好きの種族特性のせいかと嘆くべきか、サナがかける言葉に悩みながらリングを見ていると、試合の決着が着いた。
「1回戦目はナナ選手のショーリです! とても綺麗な抱き落としでしたね!」
「私に、必殺技を、使わせるとはっ! 流石です、キクレ!」
キクレの対戦相手は、息を切らしながらリングの支柱に捕まっていた。対するキクレも少しだけ息が上がっていた。が、その表情には誰に似たのかサディスティックな笑みが浮かんでいた。
「ふふっ、私に本気でかかってくる人は初めて...」
「っ! あ、貴女が蛇神様のゴソクジョでもヨーシャしませんわ!」
キクレの不敵な笑みに、少し後ずさるナナ。それでも、気丈に振る舞い、闘志に燃える瞳を見せるナナに、サナは関心していた。
将来キクレを支えてくれる、良い近衛になるだろうと。
「さぁ、皆さんオマチカネ! マホー剣をシヨーした2回戦の開始だぁぁぁっ!」
司会進行の子が、試合開始の合図を出すと、ナナとキクレが同時に、魔力の塊を変形させて円柱状の棒(魔力棒)を作り出した。
「いやぁ、キクレ様の魔力操作能力は、とても高いですよね。びっくりしましたよ。蛇神様と血が繋がっているから、当たり前なのかもしれませんがね」
ナキのお世辞を聞いたサナは、試合を見るのを辞めて、ナキをゆっくりと返り見る。
その瞳は絶対零度のように冷たく、視線だけで気体すら凍りつかせる様だ。
「今の言葉...キクレの前では言うなよ?」
「っ! っ!」
いつもより、ゆっくりと紡がれる言葉は、口調や声のトーンがいつもと同じだからこそ、重く鋭く、ナキの肝に刻まれる。
ナキは、若干過呼吸気味になりながら、首を縦に振り首肯することしかできなかった。
「...あの子は、初めからあんなに出来が良かった訳じゃないのだ。あの子に魔力塊を作らせるのは、お前より苦労したんだぞ?」
「あっ...はい」
サナはナキに緩く微笑み、娘に教えるのがどれだけ難しく、娘がどんなに頑張っていたのかを懇々と説明していた。
すると、園庭から一際大きな歓声が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ、っ流石の魔力リョーっね!」
「そっちこそ! さっきの戦いでっ、体力をソコソコ消耗したと! 思っていたけどっ⁉︎ アレは演技だったの?」
ナナは、キクレの重い攻撃を基本的に回避する事で、魔力棒同士の衝突による、魔力の霧散を避けていた。対するキクレは、魔力棒の大きさはナナより小さいが、片手で拳大の魔力の塊(魔弾)を作っては、棒の攻撃に合わせて逃げる方向に撃ち出していた。
「魔力量対技量、と言った所か。はてさて、勝つのはどちらになるのやら」
「キクレ様を応援しないのですか?」
「はぁ...娘の成長の為には、時として敗北も必要だ。常に勝ち続けられるので有れば、まぁ、それで良いのだろうが...何事にもハプニングは付き物だ、それに対処するには敗北した経験が活きるという事だ。それとは別に、応援はするがな。心の中で」
「なるほど...」
ナキは少し腑に落ちていなさそうな返事を返してきた。
本殿内では、娘を溺愛するあまり、本殿内を散歩したり1人で特訓しているキクレに、バレないようコッソリ尾行して、可愛い娘の観察記録を脳に焼き付けている、サナの姿が度々目撃されていた。
その噂は、街の中にも広がっていたので、ナキは報告(噂)を聞く限り、もっと必至に応援したり今すぐ飛び出して助けたりするものだと思っていた。
(ふふふ、キクレが負ければきっと落ち込むだろう。それで、家に帰ってきた傷心のキクレを慰めれば、キクレの中での俺の株は爆上がりよぉ。唾液付きのスプーンは俺のものだぁ)
「ひっ、蛇神様、今ものすごく悪い顔していますけど...」
「...何、この経験を経て強くなっていくキクレの将来を考えると、面白くなりそうだ、と思ってな...」
「はぁ...」(絶対そんな顔して無かったけど!)
キクレが見せた(サディスティックな)笑みよりもより加虐的な(本家)笑みをしていた。
ーーーしっかりとサナの血を、キクレは受け継いでいるのだった。ーーー
「っ! 今ぁぁぁっ!」
「くっ! はぁぁぁ!」
試合では、ナナがキクレの近距離攻撃を回避して、魔弾が飛んでくる位置を予測して攻撃を仕掛け、その動きに合わせて、キクレが魔弾に使用する予定の魔力塊を、棒に作り変えて向かい打っていた。
「おぉ、よく頑張ったな...それじゃナキ、私がここに居た事誰にも言うんじゃないぞ。もちろんキクレにもな」
「はっ! 承知しました!」
結局、勝負はキクレが勝った。
キクレは咄嗟に作成した魔力棒を、ナキの魔力棒とぶつけて破壊し、片方の魔力棒を突き付けて降参させていた。
「くっ...参りました」
「決まったぁー! 2回戦ショーシャはキクレ! という事は⁉︎ まさかの引き分けです!」
「ふぅ...はぁ〜勝ったぁ〜」
キクレは、魔力を体内に戻すとナナに手を差し出す。そして、先ほどとは違い柔らかな笑顔を見せる。
「対戦ありがとう、ナナちゃん!」
「...はい、キクレ様」
「違うでしょ! ちゃん付けで呼んでって言ってるのに! もう一回!」
「えっ! キクレ...ちゃん!」
ナナはキクレの手を取り立ち上がると、その場で手を握り返してしっかりと握手をした。
キクレは不意にサナが覗いていた窓を見るが、そこにはナキが立って、キクレ達に向かって微笑んでいるだけだった。




