時の魔法
中に入ると、しばらく長い廊下が続いた。壁のあちこちには紙が貼り付けてあったり、今は作動していないであろう監視カメラがあちこちに備えてあったりなど、一昔前の極秘施設のような様子がうかがえた。
とくに、多くの張り紙は2人の目を止めるのには十分であった。アナログな方式で、紙に沢山の事柄が殴り書きされていたり、途中度中で紙が破り捨てられていたりなど、少し乱雑な雰囲気であった。
「研究資料…? たくさん貼り紙が貼ってあるよ」
「…誰かの住居というよりは、研究所みたいな所なのだろうか……」
イブキはその中でも特に見覚えのある、タイムテーブルのようなものをなぞるように見ていた。ここにいたであろう研究者の名前は書かれておらず、大きな紙に縦線が1本仕切るように引かれていて、それぞれ「C」と「M」の字体がガサツに書かれていた。
徐々に内部が開けてきて、廊下の両端には研究室に続く扉が多く連なっていた。1番奥は辛うじて見える距離にあり、廊下の先に大きな扉が1つ備えられていた。
「ナオ、ここからは二手に別れて探索しよう。…思ったよりも広そうだ」
「オッケー。じゃあ、一通り済んだら入口前に集合だね。
依吹が吹っ飛ばした破片で、どうにか汚染も防げそうだし、ゆっくり調べてみようか」
入室前、こじ開けた扉の前に、1度寝泊まりした時と同じように爆破で飛ばされた破片を並べてきてある。頑丈に見えて意外にも軽量だったそれを、2度目の汚染に対策して壁の代わりにしてる為、ここが汚染で潰されることは有り得なかった。
「了解。…じゃあ、また」
了承の声を聞くと、ナオは直ぐに1番奥の部屋へと向かっていった。イブキは手前の扉から順に開けていき、長い長い探索が始まっていった。
〜〜
(ナオside)
「本当に沢山の部屋があったな…何の研究していたんだろう?」
ここに来るまでに、何枚もの扉を素通りしてきた。各自にこれといった目印はなく、均一な扉が均等に配置されていただけであって、しっかりと確認はしていなかった。前列の扉は相棒が確認してくれるだろう、と呑気に捉え、1番奥にある、他とは違う存在感を持つ扉の中へと入ってきた。
この部屋は特に広く作られているように感じた。広々とした面積の中、角の方には何本もの空洞の柱が液体を通していて、そこから無数の管が地面を這っていた。管の先には大きな機械が設置してあり、何かを検出しているように思えた。
対角線上には実験に使った資料が多く並べてある机が置いてあった。細々とした文字列に、一瞬だけ嫌気がさしてしまうが、何か得られるかもしれないと懸命に文章に目を通していく。
「あっ……なんだか見覚えのある式だ…なんだろう…」
とある一文がナオの目を奪った。今までとは別色で描かれていたからというのもあるが、数式に似た複雑な文字列は、普通なら人が目にするものではなかった。これは、ナオたち魔導師だからこそ理解出来る、独特の文化の表れであった。
「……魔法式だ。しかもこれ、時の魔法…?」
時の魔法とは、魔導師達にとっても幻のような存在である。時を自在に動かしたり、人類の夢でもある時間紀行をも可能にする、非常に高度なものである。この世の中に時の魔法を操る時の魔導師はたった一人しかいないと言われていて、実年齢だけでなく、容姿までもが時魔法の影響で定かに覚えられていないという不可思議な存在でもある。分類的には光属性で、ナオの知人ではユアが光魔法の使い手であった。
その魔法をここで研究しているということは、恐らく塔の人間がここに居たのは間違いないだろうと考えられる。街や界隈では滅多に話題にされることも無いが、塔の情報量と研究機関は絶大な力を持っている。ナオは一心不乱に資料を読み漁っていた。そんな機密な研究部隊が、この場で時の魔法のことを研究していたのだ。
魔導師達の間では、時の魔法と同じくらいに力を持つ魔法があると言われている。その力と時の魔法を合わせることによって、誰にも到達できない魔法の力を体感することが出来るという、魔導師達の中に伝説があるのだ。もしも、この機関がその事を知っていたらと考えると、資料があってもおかしくないはずだった。
「………やっぱり、あるよね」
資料の山から2〜3枚ほどの羊皮紙を取り出し、ゆっくりと文章に目を通す。一文一文を読むにつれて、彷彿と力がこもっていく。無意識に水が自身の周りを取り巻き、突き刺さるように研究室中に飛び散っていった。
ふぅ…と一息、怒りを外に浄化してから、音色のない声でぽつりと呟く。
「…見なかったことにしよう。別の部屋で何か、あるかもしれないもんね」
先程まで手元に収まっていた羊皮紙たちは、水魔法によって粉々に切り裂かれてしまっていた。




